脱出・ぼんやり・復活

 攻略者があったので、同伴のパーティメンバーは全員ダンジョンから『エントランス』へと弾き出された。


「くそ、倒しそびれたッ」

「あと二分あれば行けたらのだがな!」

「よかった、無事みたいで」

 あちこち傷だらけだけど、リオンちゃんもベルさんも元気みたいだ。


「……リセは、どォしたその腕」

「腕?」

 まだ生えてきてない……と意識した途端、精霊銀で復元された。なんだったんだ。

「どうしたんだろう。全然直んなくて……。あ、でも、ちゃんとオタカラは手に入れたよ」

 口の中からコインを取り出す。


「これがオタカラであるか?」

「攻略の証、みたいなものだからね。結果発表のとき交換してくれるみたいだよ」

「クリアしたってのに、浮かねェカオだな……?」

「え?」

 そんな顔してるのかな……。

「何かあったであるか? シャンバラ殿と話したのだろう?」

「あー、うん。まぁ、ね」

「…………」

「…………」

「…………」


 結果発表まであと四日はあるだろう。

 色々あったし、帰って休もう。


◆◆◆


「…………」

 寝て起きても、気は晴れない。

 コインはマクスウェルに預けた。上位入賞間違いなし、と見たこともないはしゃぎようだった。


「………………」

 お腹、すいたな。

 ご飯を作ろうとして、ふと手が視界に入った。


「…………っ!」

 忌避感。焦燥感。

 ……あんましお腹すいてないかもしれない。


 ソファに座り直す。

「…………」

 陽が傾いてきた。

 リオンちゃんとベルさんは、先生のとこで治療してもらっている。エクスに着いているよう言ったし、二人も大したことないって言っていたけど、やっぱり明日お見舞いに行こう。


 …………。

 夜が明けて、朝。

 着替えたり、顔を洗ったりするのにも手が見えるので、少しずつ慣れてきた。

 風邪でも引いたのか、足取りは重い。


 外に出ると、日差しが眩しい。ボクを責めているようだ。

「…………」

 きのう、行けなかったこと。

 二人は責めるかもしれない。

「…………」

 ギルドに入らなきゃこんな怪我しなかったのに、って。

 ボクが王位なんて継承しなければ、って。


「…………………………」

 気がつくと、扉のとこで引き返して、ソファに寝転がっていた。

 毛布を抱き寄せる手が震えている。


「なんだこれ」

 なんなんだよ、これ。

 デザイアは答えない。ボクが耳を閉ざしているからだ。


 …………。

 少し落ち着いて、ぼんやり中空を眺める。

 どうしよう。なにかする元気もない。

 ぼんやり視線を流した先、ギルド運営許可証の楯。


「……」

 より深く、ソファに体を預けた。

 楯の横の所属冒険者の名札は、ボクのほかに新たに二つ。

 前にもこんなことあったな、とか思いながら、瞼を下ろす。


「こんなとこで何してるんですか、リセさん」

「アサ、ナちゃん?」

 久しぶりに声を出した。


「お二人のお見舞いに行ってきました。元気そうでしたよ。リセさんの具合が優れないって言うと、とても心配してました。あと数日で退院らしいので、リセさんのお料理も楽しみにしてましたよ」

「…………」

「ほら、顔洗ってきてください! 死にそうな顔してますよ!」

 アサナちゃんに支えられ、洗面所へ。


「――――」

「リセさん?」

「アサナちゃん。ボク、ずっとこんな顔だった?」

 ひどく腑抜けた、生気のない貌が鏡に映っている。

 つい最近、よく見るものでもある。


「えぇ。リオンさん、ベルさんも、すごい顔してた、と……」

 ――――。

 冷水で顔を洗い、鏡に映る自分の口元に、水滴で笑顔を重ねる。


 雪崩れ込むデザイアからの言葉。ボクの中の疑惑を確定的なものとする、最後の一ピース。


「アサナちゃん」

「はい、リセさん」


 絶望に伏した顔を、見てきた。

 ガオレオンが言っていたことは本当だった。ボクは知っていたのに、あのとき両腕を落とされて見て見ぬふりをしようとした。


「王位継承とか、実はあんまり乗り気じゃなくて。急に言われてもわかんないんだよ。でも、でもね。ボクは個人的にラヴァンドラが気に食わない。そのためなら、なんにだって成ってやる」


 妹やその友達を吊るし、自らも死ぬ覚悟をしていたガオレオン。

 ボクたちと相対した騎士団の人たち。

 思えば、ヴァルハラもどこか虚ろな感じだった。


 アイツだ。シャンバラさまに取り憑いていた精霊銀。アレがラヴァンドラだ。


「だから、そのときは一番にお祝いしてくれる?」

「もちろん。私はリセさんの後見人ですから」

 固く握手をして、ボクはギルドホームから飛び出した。

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