素通り・ニセモノ・オタカラ

「いいからさ、リオンちゃんとベルさんの解毒してよ」

「仰せのままに」

 ……めんどくさっ!


「…………アサナちゃん狙ったことも、まだ忘れてないからな」

「えぇ。ここを出たら謝りますとも」

 誰だよコイツ……。


「そう。じゃあじゃあ、次の階層にいるのって誰かわかる?」

「エルドラドだな。あなたなら問題ないと思うが、ヤツは我々兄弟の中でもっとも戦闘に長けている。お気をつけください」


「一番上のお兄さんの……シャンバラさまは?」

「………………」

 陶器のように無機質な顔に、陰が入る。

「イヤなら言わなくていいよ」

「いえ……。もしかすると、あなたなら……」

 と、ボカされたところで二人と合流。

 解毒薬は即効性があるらしく、呼吸ひとつするくらいの時間で回復した。


「このくらいで許してやるよ」

 リオンちゃんのローキックが脛に刺さるが、表情ひとつ変えない。

「不意打ちで勝ったと思うなよ」

 追撃のベルさん。寸分違わず、脛を打つ。

「っ……」

 眉が動くだけか……。

「じゃあ、ボクたちは先に行くから」

「ご武運を」


◆◆◆


 第九階層も簡素な作りだ。

 大きな通りに、規則的な横道。横道は多分、全て袋小路だろう。


「なァ、ヴァルハラさまになにがあったんだ?」

「何もなかったことにしたい……」

「っ、伏せろ!」

 異常をいち早く察したのはベルさんだった。

 警告から一瞬遅れて、風が吹く。


「な――」

 顔を上げると、高さ二メートルのあたりの壁がぱっくり抉り取られていた。

「やぁ、リセ! それにゴルドプラウドの『金獅子姫』、グラッドグルームの一人娘まで」

「エルドラド……さま……」

 相変わらず胸元はオープン。腰布も謎にはためいている。

 その背後に、階段。すでに確定させていたのか。


「あぁ、そう構えるな。オレは戦いに来たわけでも、足止めをしたいわけでもないんだ」

「……さっき撃ってきたろォがよォ」

「あいさつだよ」

 あんなあいさつがあるか。


「……じゃあ、通してくれるんですか?」

「あぁ。しかし、通るのはリセ一人だ。二人はここに残ってもらう」

「ボクたち、三人で来たんだけど」

「シャンバラ兄さまは、リセと一対一で話したいと言っている。オレもそれに賛成だ」

「要領を得ん。行こう、リセ」

 ボクの手を引いたベルさんの頬を、見えない刃が掠めた。

「これは脅しだよ。脅しで済ませたい」

「足止めじゃん!」

「あぁ。だから、リセの足止めじゃない。リオンとベル、二人はその限りではないんだ」


「…………行け、リセ」

「リオンちゃん……」

「エルドラド殿が吾輩らと引き換えにリセを通してくれるなら、こちらとしても大儲けだ。お言葉に甘えさせてもらおうじゃないか」

 そういう二人の顔には、冷や汗が伝っている。

「任せたぞ。ソッコーで追いつくからよォ」

「任せたぞ。吾輩の勇姿を見れず、残念だろうがな」

「……うん。任された」


◆◆◆


 第十階層、大広間。

 子供のころ、一度だけ行ったことのある、王都の大聖堂によく似ている。

「俺様だ」

 シャンバラさまである。

 悠然と立ち、ボクを待っていた。

 …………。


「いや、偽物だよ」

 王宮で会ったシャンバラさまとは違う。

 傲岸不遜さに滲む、倦怠感。いや、……何もかも諦めきったような、凪いだ心。


「……、はぁ」

 くしゃり、と前髪を掻き上げる誰か。

「――なんでわかったんだよ」

 咄嗟に、ボクは防御姿勢をとった。


 はらり、と。両腕が落ちる。


「――⁉︎」

 不思議と痛みはない。


「それがきみの『絶望』か、リセ・ヴァーミリオン」

「『ラヴァンドラだな?』」

 と、ボクを使ってデザイアが問うた。

 ラヴァンドラ・シン=スカーレット。ちょっと前まで具合が悪く、長男のシャンバラに席を預けていたという、現国王。


「『逃げるぞ、リセ!』」

 ぐん、とボクがボクを引っ張った。

「っ、逃げない! 逃げるとしても、オタカラを取ってからだ!」

「『その何もない手で何を掴むんだ!』」

「無いなら……生やす!」

 はじめからそこにあったように。

 いつも通りの修復工程が……通らない⁉︎


「『あとで話す! とにかく撤退だ!』」

「うるさい!」

 ラヴァンドラの背後、キラキラ輝くコインに向かって駆ける。

 飛び込んで、咥えて口の中へ。

「……面白い」

 横切ったとき、そう言って銀色の涙を流して――シャンバラは、力無く倒れ込んだ。

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