雨にうたう
第八階層まで何事もなく来た。
「へェー……すっげェなァ……」
「大きいというのは映えであるな……」
巨木の立ち並ぶ、見渡しがいいのか悪いのかわかんない空間である。
壁はない。柱が成す正方形の空間は二十メートル。前後左右はまっすぐどこまでも見えるけど、斜めには直径五メートルの大木の幹に阻まれて見えない。
下は低草。木の根元は栄養を分けてもらってるのか少し伸びている。
ぼんやりと薄暗いのは生い茂る枝葉のせいだが、それでも日差しはあるようだ。ダンジョンにしては珍しい。
「これは……」
ベルさんが顔をしかめた。
熊々の死骸。ぶすぶすに腐っていたり、一部だけ肥大していたり、自らの首を切り裂いていたり。
「リオンちゃん、『ライオン』で毒焼けてたよね」
「あァ」
「死骸を餌に毒が増えてる。……お願いできる?」
「任せろ!」
雷音が轟き、骨まで焼き尽くす。
パリパリと電気の糸が伸びて、周囲の毒性も破壊。少し、空気が良くなった。
「やってんなぁ、あの針金細工……」
この階層で待ち構えているのは、毒使い・ヴァルハラさまだ。
クマたちの死に方がバラバラなのは、使った毒が違うからだろう。
「二人とも、『血騰』は使えるようになってるんだもんね」
「ん? あァ」
「使わない方が強いから使ってないが、ギルド参加の時に使えるようになっておるな」
「……まぁ使い勝手は悪いけど。毒とか入ってきても吐き出せるから、用意してて」
正方形のマスごとに、魔力の探査がジャミングされているようだ。マスの外から毒の奇襲があれば、ともすればリオンちゃんの『ライオン』で対応できないこともあるだろう。
「用意? 無駄だよ」
木の陰から、ヴァルハラ。
膝が、カクンと折れる。
「――麻痺毒だ。さすがに七大貴族の家の者は殺すと面倒だし、僕の勝利の証明者になってもらおうかな」
……『血騰』が働かない……!
魔力の循環を阻害している――のか。
「っ……『デザイア』!」
解析、排出。
まだぼーっとした感じはあるけど、ボクだけはかろうじて立ち上がることができた。
リオンちゃんとベルさんは……よかった、生きている。ステルスハウスを取り出し、二人を匿う。
「仮にも王位継承者、だね。どうかな、僕と決闘でも」
「勝ったら二人の分の解毒剤を出してくれんの?」
「君を王と認めたら、ね」
オールバックの金髪を撫でつけ、ヴァルハラは鷹揚に歩き出した。
二メートルの間合いを維持したまま、ボクもそれに続く。
「ごめん。少し我慢してて」
◆◆◆
十ブロックくらい離れて向かい合う。
「なんでボクを試すの」
「試す? ふざけるなよ。僕は君を倒して、王位継承権であるその血統術式を手に入れる。それだけだ」
その言葉に、熱はない。
「そしてそれ以上に! 僕が殺すつもりで撃った毒で死なない君に興味がある……!」
こっちが本音か! 変態だ!
「だからっ……、せい・ぜい・耐えてくれよな」
螺旋する緑と紫の液体。錐状に成形された毒液が、十本。
射出されたそれらを、魔力を帯びたナイフで切り払う。全て落としたところで、刃が溶け落ちた。
「はぁ⁉︎」
毒って言ったじゃん!
……腐食性の毒? 中には電気を通さない毒もあった? ――デザイアから所見が流れてくる。触ったら手がかぶれる食材もあるから、それのすごいやつってことか。
「チッ」
舌打ち王子である。
「"輝け"『
やっぱコレ頼りになってしまうか。
ボク個人の貧弱さがここ最近浮き彫りにされ続けている。あくまで『デザイア』頼りの、仲間に恵まれているくらいしか取り柄のないボク。
でも、ここで退いたらそれすら失うから。
「……やってやる。選ばれたボクと、選ばれなかったお前。その差ってのを教えてやるよ」
指パッチンからの指差し。稲妻が、ヴァルハラへと奔る。
「『ライオン』の再現か」
枝のような指先から滴る粘液。
射出されたので迎撃――焼けない! 全部耐電毒で覆われている!
指パッチン&指ハート。『ベルゼブル』を展開し、壁にして防ぐ。
「これならどうだ」
今度のは、後部が爆発して加速するタイプだった。壁を作るのが間に合わない。
「なんでもありかよ!」
バックステップで回避。ぶつかり合う毒針たち……が混ざり合い、また爆発⁉︎ 飛沫がボクの皮膚に触れ、溶かす。
「く、そッ」
うぞうぞ……と、精霊銀が傷を補填していく。
「うん。やっぱり君、いいね」
鉄面皮こそ変わらないが、声音は歓喜に震えている。
「僕は八種類の毒を自在に扱える。この意味がわかるか?」
「……八種類……?」
意外と少ないな。
『バカ。八つ全部そのまま使うわけないだろ』
バカって言われた。お前もボクだろ。
『組み合わせるんだよ。八種類の毒でできる組み合わせは、千六百七七万七二一六通りある』
なんて?
『16,777,216通り』
「……せんろっぴゃくまん、ってことか」
「! 素晴らしい! 誰もこの本当の意味に気付かないんだ。ああ、よかった、君に会えて」
ボクじゃなくてデザイアなんだけどね。
「だったら、僕の毒も受け入れてくれるよなァッ!」
打ち上げられる、無数の毒の玉。
……毒がなんなのかは、事前に知ることはできない。魔力で生成された毒は、すでに魔力でも魔術でもないので、『デザイア』でも判別は不能。
……触れてみる、っていうのも、さっきみたいに『血騰』『デザイア』の対応が間に合わない場合もあるとなると選べない。魔力生成を阻害する毒もあったことだし、複合されるとアウト。
――ん? 阻害されなきゃ受けてもいいんじゃない?
「やらなきゃ、ならんよなぁ!」
ポーチから取り出したるは、いつも念の為持ち歩いている自決用の毒だ。『デザイア』のせいで死にそびれることがないよう、
その小瓶を、右手で握り潰す。
「デザイア、解析急いで」
いつものめまい。――よし。
「ハ」
よし!
『ベルゼブブ』に、抑制剤を破壊する液状の精霊銀を乗せ、毒玉へ。
弾け飛んで、雨。
「ハ、ハハ」
ボクに降り注ぐ。
「フ、アハ、ハッハッハッ……」
皮膚が爛れ、肺が膿み、骨が朽ちる――それだけだ。
「ハーハッハッハッハッハッッッ‼︎‼︎」
ボクが死んでも命が絶えることはない、その矛盾。
ボクが生きているから命は続いている、その道理。
全能感。万能感。官能を堪能する。
「――バケモノめ……!」
言葉とは裏腹、ヴァルハラはひどく嬉しそうだった。
「降参だ、リセ・ヴァーミリオン」
「えェらく素直だな、ヴァルハラ!」
「僕の毒、全てを受け止められたら白旗もあげるさ。それに――」
跪き、まだ謎の煙をあげるボクの手の甲にキスするヴァルハラ。
「僕を受け入れてくれたのは、あなたがはじめてだ」
は?
「え?」
「雨にうたうあなたに心を奪われた、と言っている」
いま完全にヤりあう流れだったじゃん⁉︎ 突然降参してプロポーズって何してくれてんの⁉︎
……聞かなかったことにしたいなぁ!
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