開幕・試作・約束

 帰ってきたらお小言をもらう、という約束をして、ボクたちは陰謀渦巻く『剛破死獣の園』へ。


「で、それは?」

 第一階層を歩きながら、リオンちゃんがボクの手元を覗き込んできた。


「んーと、『アリアドネの糸玉』だって」

 マクスウェルら『紫の波間』から提供された三つの試作品。の一つ。


 嫉妬深いと噂のウタヒメグモの糸を使った、“すでに通った道を通り直すと鳴る“マジックアイテム。長さは所有者の魔力に左右される。って、説明書に書いてある。


「どういうことなのだ?」

「……嫉妬深いって、もしかして自分の糸にも嫉妬すんのか?」

「ウタヒメグモ、知能はそんなに高くないからね」

 腰から上は美女揃いだし、歌声も綺麗なんだけど、ジェラシーで狂う魔物だ。そのうち一匹を口説いて連れ帰ったマクスウェルの運命やいかに。


「バカの糸、ってことか」

「バカの糸、であるな」

「バカの糸、だけどさぁ」

「〜〜♪」

 自然と頬が緩む美声。

 心地よいリズムと音程が、ともすれば眠気を誘うようだ。

 ボクたちから伸びる糸がすでに撒かれていた糸と共振して鳴っているだけなのだが……素晴らしい。


「……これ聴くためにこの辺ぐるぐるしてるボクらの方がバカだよ」

 なんだかんだ二時間くらいこうしていた。時間に余裕はありそうだけどさ、さすがにね。



◆◆◆



 木々が鬱蒼と生い茂る第二階層。


「足跡……」

 規則正しい歩幅のものが、五人分……くらい?

「ほかのギルドとルートが被ったらどうするのだ?」

「マナーを守って楽しく追い越し、が推奨だね」


 歌を聴くために攻略そっちのけになるし、そもそもここの攻略は階段の鬼畜ランダムのせいでもう通ったはずの道も軽視できないしで、結局糸玉はポーチにしまった。


 このポーチも試作品。スレンダースネークの胃袋を加工した、超収納ポーチである。どれだけ丸呑みしても細いボディラインを維持し続けるスレンダースネークの胃は疑似的な収納空間魔術が発揮されており、抱えて余るほどのリュックサック三つ分はウエストポーチくらいのに収まるのだ。取り出しには専用の手袋が必要だが。


 多種多様なクマの魔物をリオンちゃん・ボク・ベルさんの縦列陣形で突破。なんらかの方法で魔物とのエンカウントを避けているチームに接触した。


「騎士団……?」

 ダンジョンに挑むにはお行儀のいい甲冑連中が、こちらを振り向いた。


「――抜剣!」

 先頭を行っていたトサカ付きが戻ってきて、ボクたちとの間に割り行って号令。

 彼の合図で、一糸乱れぬ動きで剣を構える騎士団たち。


「アイン! 彼奴らはなにか!」

「ハッ! ダンジョンに棲む魔物と思われます!」

「んなわけねェだろ!」

「ニノ! 聞こえたか!」

「ハッ! 魔物の鳴き声であります!」

 おいおいおいおい!


 やり合うのは覚悟してたけど、建前がおかしいだろ。


「騎士団の誇りにかけ、討伐せよ!」

「「ハッ!」」

 それぞれの剣が魔力を帯びていく。

 精霊銀を鋳込んだ鋼に火属性の魔力を通すと、威力マシマシの魔剣になるのだ。


「殺すか、リセ」

「ダメだベルさん。リオンちゃんも。この人たちが用があるのはボクだし、魔物が割って入らないとも限らない。警戒の方をお願い」

「……チッ。ヤバくなったら、すぐ加勢すっからなァ」

 頷き合い、短剣を抜いて逆手に構える。


 さすがに刃物相手だと、素手で無傷は厳しい。左手の短剣で受けて右でパンチ。これがベター。


「かかれッ!」

 一人目。大きな振り下ろし。ガード――競り合うことなく、退いて二人目⁉︎ 押し返す。僕の体勢が崩された。


「波紋剣!」

 三人目を受け止めたとき、変なカタチの魔力が流れ込んできた。衝撃がボクの体を突き抜ける。


「――ッ⁉︎」

 とっさに『血騰』で相殺させたそれは、ボクの必殺パンチと同じ性質の攻撃だ。


「ぐっ……」

 一瞬の硬直。


「豪剣!」

 一際強い魔力のこもった斬撃。受けきれない……なら、


「"輝け"『銀の腕アガートラム』!」

 出し惜しみする理由はない!


 精霊銀の右腕で受け止め、剣を破壊。

 スライムのように変形させ、五人全員に伸ばして、彼らの剣も粉砕。ちょっと精霊銀を拝借……。ついでに兜を弾き飛ばし、ゆっくりと顔を見回す。


「――――」

「殺すなら殺せ……リセ・ヴァーミリオン」

 赤い口髭の、深い皺が刻まれた貌のリーダーさんが膝をついた。


「殺さないよ。なんでそんな面倒なこと」

「だから、部下のことは見逃してくれ……!」

「隊長! くっ……、なにが望みだ! リセ・ヴァーミリオン!」

「おいおい、殺さねェって言ってんじゃんか」

「待て、リオンちゃん。どうやら彼らも本気らしい」


 ……そう。本気の顔だ。

 怯えたような、諦めたような――絶望したような。逃げ道が、ボクを倒すしかないような。

 ……ガオレオン・ゴルドプラウドのことを思い出す。


 くそ。

 こいつらもかよ。


「あー、もう!」

 ポーチから収納されたテントを取り出す。


 カクシグマの毛皮をなめした、ステルスハウスである。

 それから通信魔術のスクロール数枚。


「みんながなにに怯えてるかは……はっきりこうだってまではわかんないけど、コトが落ち着くまでこれで隠れてて」

 それらと、この第二階層でしばらく暮らせるお役立ち知識をまとめたメモをリーダーさんに押し付ける。


「リセ・ヴァーミリオン……?」

「魔物……人を襲うっていうのに、その顔は卑怯だろ。ほかにボクのこと狙ってるヤツっているの?」

「………………言えるわけないだろう」

 ま、だよね。


「この先に王子が三名、待ち構えております……」

「アイン! 貴様、叛逆に値するぞ!」

「しかし、リセ・ヴァーミリオンは事情こそどうあれ、次期王位継承者です。……懸けてみませんか」

「懸けて懸けて。悪いようにはしないから」



◆◆◆



「このお人好しがよォ」

「着いてきてはいないようであるな」

 第三階層。

 入ってすぐ、小言を頂戴した。

「あはは。でもありがと、ワガママに付き合ってもらっちゃって」

「あー……いや。そうじゃなくて、なァ?」

「あぁ」

 え、なに。


「いい気分だなァ」

「であるな」

「…………うん。ありがとね」

 二人がウチのギルドに来てくれて、本当に良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る