流・酔・試食

 ロープを編んでバッグに。水属性魔術で保存状態をよくして、お持ち帰り準備完了。


「……ん?」

 トプン……と、椎骨が力なく沈んでいく。

 骨はぎゅわっと奔流に乗り、螺旋の底に呑まれていく。

 呑まれていくのだ。バラバラになるわけでもなく。


「はて……?」

「ど、どうしたの、リセちゃん?」

「いやさ、ダーツの骨がそのまま流れてったんだけど」

「そうですね」

 イヴちゃんは疑問を抱いていないようだ。


『それはだねぇ、ボク』

 ちょっと待っててデザイア。

『うい』

 せっかくイヴちゃんがいるんだし、聞こう。

「なんか知ってるの、イヴちゃん」

「へヒヒ……ッ。知ってるというか……。そもそも、ダーツはこのダンジョンで生きてますから……」

「順応してる、ってこと?」

「は、はひぃ……!」

「――なるほど」

 この環境には、というわけか。


「イヴちゃん、膜の調整に集中してもらっていい?」

「あっ、はい!」

 足元がしっかりする感覚……。さすがアッシュさんイチオシのフィールドワーカー、必要なときに必要な魔力配分と、それを可能にする知識とセンス。依頼料チャラにしてくれなかったら、ボクのギルドなんて破産するんじゃないかってくらい、イヴちゃんは優秀だった。


「『デザイア』、魔力同調おねがい」

 右手の親指から一滴、血を激流に乗せてみる。


 ……。

 ………………。


「――よし。出よう、イヴちゃん」

 食材の調達という目的は果たした。こんなジロジロ視線を感じる場所にいる必要もない。仕掛けも仕組みも手のひらの上に乗ったダンジョンはダンジョンではなく、狩場なのだ。狩場に興味はない。


 そもそも『うずしおの回廊』は、適応できなければ即アウトなのとダーツが厄介なだけで、一本道の単調な造りだ。道理さえ飲み込めば何もすることはない。


「で、出るって……? まだえっと、五分の一も進んでません、よ……?」

「イヴちゃんとエクスとボクがいれば、あとの五分の四もこの調子だろうしね。食材が痛んじゃうから、すぐ出たいの」

「でも、出るには一番底まで行かないと……」

「うん。だから、すぐ行く!」


 こうして立つ分には、イヴちゃんのように常時繊細な魔力制御が要求される。

 逆に、さっきのダーツの骨みたいに、今のボクの魔力量で十分ゴールまで着く。


「エクス、斬って」

『ホントにやんの、マスター』

「やる!」

『……まったく』


 ダンジョン側の被膜を切開。

 鞘から溢れ出す精霊銀。

 ボクとイヴちゃんを繭のように包んで、潜航――揺れながら落下する感覚!

「わッ、わぁ、へ、エヒヒッ……!」


 ――――――。


◆◆◆


 エントランス。

 ボクは情けないことに、イヴちゃんに肩を借りていた。

 まぁその、乗り物酔いである。

「うぅ……」

「し、しっかりしてください……」


◆◆◆


 夕方になって、すこしむくれたリオンちゃんと、満足げなベルさんも帰ってきた。


「おかえり。どうだった?」

「どォもこォもねェよ……。アタシはもうやんねェからな、ウェイトレス」

「吾輩は気に入ったぞ!」

 だろうね、という返答で頬が緩んだ。

 酒場のウェイトレスは、基本的にメイド服だ。すごい可愛いんだけど、ボクはこう、ちんちくりんだし、料理もできたので、着る機会がなかった。


 いいなぁ。見たいなぁ。

 高身長でワイルド系な、しかし上品な立ち振る舞いが目に嬉しいリオンちゃん。

 スタイル抜群でポージングなどの所作がサービス精神旺盛な、アホのベルさん。

「ウヒヒッ……」

 っと、イヴちゃんみたいな笑い方をしてしまった。ボクにこんな可愛い笑いは……似合わないよなぁ。可愛くなりたい。


 着いてきてくれたイヴちゃんは、お嬢様二人に気圧されているのか、ボクの小さな背中に隠れている。……頭隠れず尻も隠れず、だけど。

「……? エ、エヘヘ……」

 小柄内気メイドかぁ……!


「おい、どォしたリセ? ……ン? 来客か?」

 リオンちゃんがキッチンへ。紅茶を淹れてくれるみたいだ。

「そこでだな、吾輩がこう! ポーズを取ると、歓声が――」

 さっきからずっとベルさんは武勇伝を語ってくれている。少し耳が空いたときに傾けると、特に嬉しそうに語り口がアガるのが可愛らしい。


「今日行ったダンジョンで新しい食材獲ったんだ。試作に付き合ってくれない?」

「マジかよリセェ!」

 リオンちゃんが突進気味に抱きついてくる。あぁ〜、ボクが埋まる……リオンちゃんにうずまる……!


◆◆◆


 ダーツは脂のノリが良くない代わりに、身がしっかりしている。加熱してあげるといいだろう。


 小骨が多いのは……地道に処理する他にないだろう。口当たりは大事だ。特に魚の骨は気になるからね。


 まずは煮付け。

「あァー……染みる……。仕事終わりにコレは……なんだ、アタシの人生の深呼吸! ってやつだなァ」


 魚肉ハンバーグ。丁寧に挽く都合、小骨の処理がなくて楽だ。

「うむ! 吾輩はこれだな! 味付けのバリエーションの伸びも深い!」


 フライ。衣をカリカリザクザクにするので、これも小骨が目立たない。あらかじめ振る塩コショウの浸透を良くするため、隠し包丁……がてら骨切り処理を施す。

「はっ、ほふ……っ。ェエヒヒヒヒヒッヒヒっ!」

 イヴちゃんが溶けて黒い泥みたいになった……。錯覚であってほしい。最近、すっかり目が悪くなってきているから、そのせいだろう。


 ともあれ、試作は盛況。

 あとはこのダーツを安定して獲る方法だな。なんか上手い方法があるといいんだけど。


 それからボクたちは、リセちゃんベルさんの初給料で買ってきてくれた炭酸水で乾杯。思い通りというか、思いの外というか、美味しかった魚料理に舌鼓を打った。

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