回廊・妹・骨

 ちょっと準備で市場へ。自決用の毒がそろそろ期限切れだし、『デザイア』が勝手に解毒するだろうから、行きつけの薬屋さんに魔力生成妨害機能付きのものを売ってもらう。


「よし、と……」

「リ、リセちゃんも荷物、少なめなんだね……ヘヘ……」

「イヴちゃんもなんだ。何があるかわかんないと、逆に少なくなるよね」


 ほかの冒険者たちから奇異な目で見られがちな、荷物少なめ同盟が結成された。


 ちなみに、ほかの人たちはやたら多い荷物をどうしているかというと、単純に人数を増やして対応している。もしくは、収納魔術が使える激レア人材を雇う。そのどちらも零細ギルドのボクには無理だったので、いまの形に落ち着いている。


「エヘ、エヘヘヘヘッ……」

 イヴちゃんはよく笑う子だ。そしていつもニコニコしている。第一印象は"真っ黒だなぁ"だったけど、ぶっちゃけていえばめちゃくちゃカワイイ。


 アサナちゃんは友達だし、エクスは犬だし、リオンちゃんと(アホだけど)ベルさんはお姉さん系だから、ちょっと新鮮である。この中だと一番年上がベルさんで、僕が二番目、アサナちゃんリオンちゃん……と続く。


「ねぇマスター、失礼なこと考えなかったー?」

 やべ。


 エクスとは『デザイア』を介してぼんやりとだが意識を共有している。虫の知らせ程度ではあるが。


「別に。エクスは持っていきたいもの、ある?」

「ないよ」

「お菓子とかは?」

「あれはね、私が美味しそうに食べてるとみんなが喜ぶから食べてるの。私は別に、美味しいからお菓子を食べているわけではないのだ」

「はいはい。エクスはそういう子だもんね」



◆◆◆



「……渦潮じゃん!」

 ダンジョンに入ってすぐ。ボクたちは、渦潮の中にいた。


「だから『うずしおの回廊』なんです……」


 だからって渦潮すぎる!


 ……渦潮の中、といっても色々あるな。

 下に向かって螺旋する海流の、その只中である。


 ぐわんぐわんと鳴る潮は、流れと流れの隙間に空間を生み出している。高さ三メートル、幅十メートルほどの異質な回廊は、魔力を伴う暴力的な水流同士の反発でできた一つの層……らしい。


「え、死ぬじゃん」

「はい……エヘヘ……ちゃんと歩かないとシっ、死んじゃいます……!」


 簡単に捉えれば螺旋階段である。

 砲弾より速く奔る水の上に、薄い膜を敷いて拵えたスロープ。

 膜を突き破ってしまえば激流によってミンチ確定。中心に向かう壁から飛び出しても、これまた底でぐちゃぐちゃにされちゃうからダメ。外側は外側で、渦の元となる海が条の形で螺旋に参加していってるので、これもダメ。


「さ、細心の注意を払って……底に辿り着けば、脱出できます……!」

「できなかったら?」

「死んじゃいますね……へへッ、へへへ……」

「いいね。即死ギミック全振りなんてロクなもんじゃないと思ってたけど、今回はサカナ獲りの縛りがある。俄然面白いじゃん、『うずしおの回廊』」


 いやがらせみたいなダンジョンは攻略のし甲斐しかなくて、発生する魔物が美味しいとかマップが面白いとかのもっと良いダンジョンに人気が集中しがちである。

 そういう意味でも、ここは絶好の狩場かもしれないな。


「りっ、リセさん、エクスちゃん、手を……! フツーにしてたら落ちてひき肉に、ヒヒッ、ひきにくになるので!」

「あ、うん! お願いイヴちゃん」


 足元はあるにしても、常に調節した魔力で触れていないと落ちてしまう。水の上に直接立つよりはまだ楽だが、それでも激流が生む魔力波形は常に揺らいでいる。

 そんなわけでいま、ボクはイヴちゃんの手を取り魔力を同調してもらって、なんとか生きていられるわけだ。


「……エクス、いつの間に鞘に戻ったの」

『こっちの方がマスターもイヴも楽でしょー?』

「そりゃそうか」

 腰に下げた鞘がケラケラ笑う。


 ――と。

 ずば、と外壁を突き抜けて、魚が飛び込んできた!


 一瞬視界に収まったのをデザイアに観測させると、……二・五メートル、流線型をした魚……、とのこと。


「あッ、ダーツ……ですね」

「ダーツ?」

 ゲームの?

「はい……。エヒヒ……回廊を歩く冒険者を見つけると、ね、狙って飛んで……きます……」

 言葉通り、二匹三匹とボク目掛けてダーツが飛んできた。


 速いけど、動き自体は直線で、しかもそのまま内側に吹っ飛んでいくから対処は楽だ。


「……これさ。もしかして、当たったら一緒に落ちてく?」

「はい! さすがリセさん……目の付け所がいい……」

 そんなこと褒められても……。


「当たるだけでも死んじゃいそうだけど……」

 外では、数え切れないダーツがこちらを窺っている。


 はっきり言って、足元は最悪だ。少しでも踏ん張れば、下手をすればそのまま挽肉になる。少し柔らかい薄氷の上なのだ。

 ……必殺パンチは使えない。


 あんまり魔力を出すと、イヴちゃんの調整が乱れるだろうし、多分ダメ。精霊銀を使ったゴリ押しもできないだろう。


「どうすっかな……」


 不思議、口角が上がる。

 ボクはダンジョンに挑んでいる。


「ハハッ」

「……リセ……さん……?」


 ――楽しくなってきた。

 できない。やれない。ありもしない。

 飢えてこそ、渇いてこその"味"だ。

 堪能しているぞ、このダンジョンを!


「――エクスッ!」

『マスター!』


 一閃。


 飛び込んできたダーツ三匹を、いつもの短剣を依代にしたエクスの剣エクスカリバーで両断。


 踏み込みは軽く、跳ねるように。

 刃先を滑らせる。力は入れない。


「すご……」

「あ。核ごと斬っちゃってる……」

 やってしまった。

 ダーツの構成核は椎骨(人間でいう背骨)にあるようだ。


 だったら……

「エクス、いけそう?」

「エクスをなんだと思ってんの?」

 いい返事だ!


 今度は五匹。

「伏せて、イヴちゃん!」

 ダーツのボディは流線型だ。下の膨らみを蹴り上げて、エクスに増やしてもらった短剣を放る。

 左手はイヴちゃんと繋いだまま。右手、両足で剣を握ったり挟んだり、踵で押したり脛に沿わせたり。

 宙を舞うダーツ五匹全てを三枚にオロして、おしまい!


「ありがと、エクス!」

 解除、納刀。深呼吸をひとつ。

「試作する分にはこれで足りそうかな。大丈夫? 結構動いちゃったけど、手首痛めてない?」

「えっ、ええ……⁉︎」

 キョロつくイヴちゃん。


 あぁ……椎骨ね。ダーツの本体はあそこだから、傷一つついていない以上まだ生きている、ので、ぴちぴち跳ねるわけだ。出汁とか……と思ったけど、これ持って帰るのは無理そうだ。


「リ、リセさんはその、……曲芸師の方、だったんですか?」

「違うよ」

 ……たまに酒場で調理パフォーマンスやるけどさ。関係ないナイ。

「違う……はず」

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