白・黒・笑顔

「アッシュさん、いますかー?」

 ギルド『白の岩壁』。アッシュ・ウォルフの率いるダンジョン探索・遠征ギルドであり、この間『覇者の迷宮』改造事件に巻き込まれた災難なギルドでもある。


「む。リセか。先日の礼もまだだったな……遅くなってすまん……代わりと言ってはなんだが、いくらでも力になるぞ」

「いいんですか? ありがとうございます」

 奥の応接室に招かれる。

 人数も実績もあるギルドはホームも広いなぁ、とか、掃除しがいがあるなぁ、とか思いながら、やたらふかふかのソファに腰を下ろす。

「このソファください!」

「はは。ダメだよ」

「ですよねー」

 持って帰れないし。


 ……エクスが、向こうのほうでめちゃくちゃ可愛がられてる。お菓子とか持たされてるし、ほっぺもリスみたいだ。

「ここ数日、ギルドホームを空けていただろう? この間のお礼を言おうと時折寄っていたんだが、そのとき受付にいた彼女にもうみんなメロメロでね。よくないならやめさせるけど」

 そんなことがあったのか……。

 よく馴染んでるなぁ、とは思ってたけど、普段からか。飼い猫がご近所さんに良くしてもらってる気分だ。


「じゃ、『覇者の迷宮』の分はエクスとこれからもよろしく、ってことでどうでしょう?」

「ウチに勧誘してもいいってことかい?」

「ダメです。まだ引き抜きとか敏感なんですからね」

「はは。すまないすまない」

 ギルド解体一歩手前まで行ったからね……。多分死ぬまで気にするんじゃないかな。


「しかし、それではなぁ。そもそもリセ、ウチに何の用で来たんだ?」

「あ、はい。魚系の魔物が獲れるダンジョンを紹介してほしくて……」

「なら、その案内で手を打たせてくれ。どんなのがいい? 大型か? 小型か?」

 本棚から分厚いファイルを取り出すアッシュさん。『白』はそういう生業だから、当然そういうのもまとめてるんだろうけど、なんかカッコいいな。ウチも資料とか作ってまとめた方がいいのかなぁ。


「お店に卸してほしい、って依頼が来ているので……同じ種類がそこそこ獲れたら嬉しいです」

「ふむ。ではここだな。『うずしおの回廊』!」

「うず、しお?」

「うずしお。グルグルだぞ」

 雑な説明の反面、ファイリングされた資料は緻密で濃密だ。逆にわかんない。

「案内人も何人か付けようか?」

「え、いいの⁉︎」

「もちろん」

 渡りに船だ!


 さて。どんな人がいいだろう……全然考えてなかった。

 メンバーで確定しているのはボクとエクスの二人。アサナちゃんを呼ぶわけにもいかないし、リオンちゃんもベルさんも今頃萌え萌えキュンなウェイトレスさんである。

 役割分担として、まぁボクが戦闘で、エクスが探知かな。得意だって言ってたし。言ってたかな。どっちがどっちでも多分大丈夫だろうけど。


「じゃあ、知識優先で。戦えなくてもいいから、めちゃくちゃ詳しい人お願いできますか?」

「詳しいのか……」

 と、メンバーの名札に目を走らせるアッシュさん。

「お、いるな。とびきりのフィールドワーカーだ。呼んでくるよ」

「ヤな予感がするよアッシュさん」

「ははっ。実力は期待してくれていい!」

 この頃やたらと巻き込まれて(……半分くらい自分で首突っ込んでる気がしないでもないが)きたボクの勘が言っている。フィールドワーカーに"とびきりの"なんて付けるか? 付けるかもしれないけどさ。なに、"実力は"って。"は"ってさ。


「連れてきたよ」

「……エヘッ」

「あ、ども……」

「…………」

「…………」

「……エヘヘッ」


 思ってたのと違う! ――という叫びを、なんとか飲み込む。

 アッシュさんに無理矢理連れてこられたふうな少女は、ひどく猫背だった。伸び放題の黒い髪に黒のシャツ、黒のロングスカートに黒のデニム。さらに黒い手袋。顔(と言っても鼻先から下しか見えない)と首、意外にも肩甲骨と袖から覗く手首以外は真っ黒だ。そして肌は白い。


「リセ・ヴァーミリオン。『赤の夕暮』のギルドマスターで勇者、です」

「はへぇ、ギルドマスター、さん……」

 伸び放題の割にはツヤツヤサラサラの前髪から、金色の瞳がちらり。ボクに尊敬の眼差しを向けてくる。

「あっ、すみません。イヴ=マノム・アガペーと申します。イヴでもマノムでもいいですけど、イヴと呼んでくれたら嬉しいです……エヒッ」

 ぴっちり九十度のお辞儀。絹をほどいたような黒髪がしなやかに揺れる。


「うん。よろしく、イヴちゃん」

「リセさん、リセちゃん、リセさま? ヒヒッ、迷いますねぇ」

「リ、リセでいいよ……」

 ともあれ握手。


 微笑みあって、いざ『うずまきの回廊』へ!

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