【経過報告】
「――ということだよ」
『テラス』に侵入し、療養中のガオレオンに報告。
「……世話になったね」
安楽椅子を揺らし、やたら分厚い本を広げたまま、ガオレオンが答えた。
余裕あって腹立つな……とも思うけど、まだ昏い眼の奥を見てしまうと、どうにも気の毒さが強い。
「リオンちゃんとベルさんは?」
「奥で寝ているよ。三日目だし、そろそろ怪我も治って、目を覚ますころだろう」
「そう。看病ありがとう」
「リオンはオレの妹だ。看病くらいするさ」
「よくリオンちゃんの兄貴ヅラができるな。ボクはまだお前を許してないぞ」
……毛羽立った意識を均してから、修復されきったコテージの寝室へ。
寝息を立てる二人。まだちょっと苦しそうだ。
「大丈夫。大丈夫だからね」
ライオンみたいな金髪と、珍しくセットされていない艶やかな銀髪を撫ぜる。
「捕獲ーッ!」
「引きずりこむぞッ!」
「なになになになに⁉︎」
分厚い毛布が弾け飛び、パジャマ姿のお嬢様が二人、躍り出た。
そのままわけのわからないまま羽交締めにされ、抱きかかえられ、やけにふわふわなベッドへ。吹っ飛んだ毛布が降り戻ってきて、閉じ込められてしまった。
「久しぶりだなァ、リセ!」
潰れた喉も良くなったのか、リオンちゃんの声がデカい。至近距離で受けたから耳にダメージはあるけど、嬉しさの方が強い。
「吾輩と会えなくて寂しかったであろう! 熱を分けてやる!」
ベルさんは、なぜか上半身裸だった。下着すらない。熱を分けてやるって、……こんな幸せな温もりが他にあるか。いやない。
密閉空間の中でもみくちゃにされたボクは、あまりの心地よさに、いつの間にか眠ってしまっていた。
◆◆◆
「あ、起きた」
目を開けると、見知ったギルドの天井とエクス。
「固い……」
あのリゾートのベッドのあとだと、いつものソファがなんか、ね。収まりはいいよ。
「……エクスの膝、そんなに固い?」
しょんぼりエクス。
ボクの頭はいま、彼女の膝枕に預けられていた。
「エクスの膝はまぁ……普通だと思うよ」
「最高だと言いなさい、マスター」
「うん。最高だね。普通が一番」
「今回はそんなに怪我してないね」
「王都には話をしに行っただけだからね。そんな毎回大怪我してはこないよ」
……なんでボク、挨拶に行って激ヤバ毒針受けてんだろうな。
「ねぇエクス」
「なに、マスター」
「不意打ちってどう防いだらいい?」
「エクスを連れていくといいよ」
「…………お留守番が続いて、拗ねてる?」
「拗ねてるよ」
「ごめん」
「エクスはマスターの鞘なんだから」
「ごめん」
「罰として、もうしばらくここで大人しくして」
小さな手のひらが、ボクの髪を撫でる。
くすぐったくてうつ伏せになると、背中ポンポンも追加された。
「ありがと、エクス」
◆◆◆
「ほぼ四割、だ」
呆れながら簡単なカルテをトントンする先生。
「ほぼ?」
「三十……七とか、そのくらいだな」
「ほぼ四割だね」
ボクの身体を占める精霊銀の割合。
これは、ボクが傷つくたびに金継ぎの要領で補修しているせいだ。
「その『デザイア』は、リセくんに寄生している状態――が近いんだろうねぇ」
悩ましげな、しかし興味の滲む声音である。
「宿主であるリセくんを死なせまいと、健気に直してくれているようだ」
「それで四割って多くない?」
ボクが怪我するとなったら、主に右腕、それから左手とお腹とかだ。そんなにか? って印象は拭えない。
「リセくん本来の……そうそう、『血騰』とは、すこぶる相性がいいんだろう。心臓に取って代わった『デザイア』と、心臓から全身に魔力を流し込む『血騰』は、リセくんの身体に効率よく精霊銀を流し込んでいる。どうだ、このごろ魔力総量が増えた自覚はあるかい?」
「あるけど……」
え、ダメだったのあれ。
「その魔力にリセくんの身体が耐えきれていない。それで無理矢理回したんだから、全身の血管やらが傷付いてもおかしくないだろうねぇ」
「…………」
え。
マジ?
「特に頭の方は進行が早い。『デザイア』からの情報を受け取るとき、頭痛がするだろ。鼻血が出たことは? 目に不調はないか? ……それも全部、直されてるよ」
「マジ?」
「マジだねぇ」
「…………」
マジかぁ。
「ちょっと、『デザイア』とも話してみますね」
「……その、あまり気に病むなよ」
「いや、別に気にしては……。ボクはまだボクだし。四割でもへーきなら、多分へーきなんじゃない? ありがとね先生。また来まーす」
◆◆◆
「――ってことなんだけど」
手枷をしているボクと、正面に座る黒い影のボク。
記憶が再現したギルドホームの談話スペースで、『デザイア』と向かい合う。
『バレた?』
少し声が低いボクは、鷹揚に手を広げてみせた。
「バレた……っていうか、先生に教えてもらった」
『あー、アイツね。やたら精霊銀に詳しい人間』
「それでね、『デザイア』」
『……なんだよ』
やや半身になるリアクションは、ボク自身が叱られそうなときによくやる癖である。
「ありがと。ボクのこと、いつも直してくれて」
『――そっち?』
「そっちって、どっち? え、ボクなんか間違えた?」
『いや……。まぁ、ボクはそういうやつだったな』
「え、なになに」
『別に。ただ、ボクはボクを選んでよかった、って思い直したってだけだよ』
影が、笑ったように見えた。
「……なんだよそれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます