市場・毒殺・王都にて

「おじさん、これなに?」

「あぁ、オーク肉だよ。未踏最前線フロンティアから送られてきたものを擦りおろした玉ねぎに漬けて燻製にしたものだよ」

「擦りおろした玉ねぎ……。玉ねぎは?」

「オーク肉のエキスを吸ってるからな。どっかの店でオニオンスープになってるよ」

「おおー!」


 王都、市場にて。

 一際輝いて見える肉を見かけたボクは、思わず声をかけていた。


「えー、いいなー。フロンティアの『赤の夕暮』に送ってくれない?」

「いいけど……。姉ちゃん、『赤』の知り合いかい?」


 あ。

 やべ。

 王都だと『赤の夕暮』の名前を出すと後ろ指を差されるんだった。


「あ、ハイ」

「そっかそっか! メシがわかるやつらにゃ悪いやつァいねぇ! 『赤の夕暮』か。市場にはイケるヤツらだって話しとくからな!」

「ありがとうございます!」

 過去一頭下げた。


「えー、じゃあ、ミノタウロスのカシラの蜂蜜漬け? っていうのも欲しいな。コレもください!」

「気前がいいねぇ! ほれ、お釣りだ」

 叩きつけるように渡された伝票とお釣りが、妙に心地良かった。



◆◆◆



 王宮は、王宮だった。

 比較的白い石を切出し積み上げた、整然なる石細工。内から渡す架け橋と、どこぞの川から曳いたであろう堀。


「城じゃん」

「城ですが」

 というくらいには城だった。


 簡素な槍を持った二人の門番に頭を下げられ、橋を渡り、城壁の内へ。


「ようこそ、シン=スカーレットの王宮へ!」


 正面から入って左手側、整えられた芝生の先にある小屋(といっても、ボクのギルドホームくらいあったけど)に向ける視線から、あそこがアサナちゃんのお母さんの家なんだと想像できた。

 ボクの意識がそっちに向いたからか、手首にアザができそうな勢いで手を取られ、中へ、奥へ。


「やぁ、リセ!」

 途中、エルドラドさまとすれ違った。

 胸板の露出と謎にはためく腰布は健在だ。見るだけで元気になる、いい王子様である。


「こんにち、わ、ぁ、ァァァ……」

 ボク、フェードアウト。

 アサナちゃんに曵かれるまま、足先が地面に触れることなく、謁見の間の前へ。


「ふぅ……撒けましたね」

「撒くって……。たしかに、あの胸元を見てからだと話し合いに集中できないけどさ」

「あのバカ兄貴、あれからずっとリセさんの話ばかりなんです。鬱陶しいので、スルー安定です」

 話しながら、走って乱れた身だしなみを整える。


「じゃあ、入りましょうか」

「うん」

 これから陛下に喧嘩を売るとなると、かなり緊張するな……。


 サイズの割にスムーズに動くドアを押し、厳かな謁見の間へ。

 なんと言うか、すごい豪華な空間が――

「わっ」

「ふ、ベッ」

 突然転んだアサナちゃんは空中で一回転。ボクに降ってきた。


「いてて……。アサナちゃん、大丈夫?」

「はい……。すみませんリセさん……何かにつまづいたみたいで……」

 揃って視線を上げた先には、金髪オールバックの線の細い男性が、針金細工のような足を前に出して立っていた。


「す、すすすすみません、ヴァルハラお兄さま……!」

 すごい勢いで立ち上がったアサナちゃんは、ヴァルハラというお兄さんに頭を下げた。


「……チッ」

「はじめまして、ヴァルハラさま。ギルド『赤の夕暮』ギルドマスター兼筆頭冒険者"勇者"、リセ・ヴァーミリオンです。突然のご無礼、ご容赦ください」


「……チッ」

 二連続舌打ち⁉︎

 なんだこいつ。


 ――と。


「アサナちゃん!」

 アサナちゃんとヴァルハラの間に割って入ったボクの右脇腹に、針が数本刺さる。


「リセさん⁉︎」

「…………」

 見下ろすヴァルハラ。


 指先ほどの太さの針が三本……そんなに深くは刺さってないけど、出血はそこそこ。『血騰』の応用で止める。


 ……? ……、…………毒か! 針先――いや、針そのものが毒で出来ている! 抜き払った分はドロドロの粘液になっている。


「…………、なるほど」

 言ってヴァルハラは、踵を返した。


 ボクが毒を無効化したのがわかったからだろうか。

 仕込まれた毒は、即効性の致死毒だったらしい。少し顔を青くしただけでのたうち回らなかったから、興味をなくしたのだろう。


「なぁ」

「……二つまで許す」

「さっき、アサナちゃんに足引っ掛けて転ばせただろ。謝って」

「あそこで殺されなかっただけ感謝してほしいな」

 針金細工は陶器のマスクでも被っているように、表情一つ変えない。

「さっきの毒針もアサナちゃんを狙ってただろ。謝れ」

「当たらなかっただろ。その上庇った君にはほぼ効いてない。何も起きなかったも同然。違う?」

 なんだこいつ‼︎


「リセさん、落ち着いて……リセさん……!」

 ひどく震える手でボクの手を引くアサナちゃん。冷たい指先と深く昏い瞳が、アレに抱いている恐怖心を窺わせる。


「それともなに? どうしても僕に謝らせたいなら、結果が必要なんだけど」


 中空で緑色の液体が螺旋し、鏃の形をとる。

 水と土の二重属性。液体と固体を自在に操るわけか。毒は血統術式か? アサナちゃんも火や水を生成してたし、兄妹で生み出す系の術式が似ていると考えると合点がいくな。


「すみませんヴァルハラお兄さま! 私がよくなかったのです。ですからどうか、この場は見逃して――」

「アサナちゃん!」

「はいっ⁉︎」

 小さく丸くなっていく体を抱き寄せる。


「ボクは次期王位継承者だぞ。こんなやつに怯えるな。ボクを見ろ。ボクを見ててよ」


 継承は不本意だけど。

 でも、今回は役得だ。ヤなやつに頭下げることも、友達が謝ることもないって頑と張れる。


「……君がリセ・ヴァーミリオンか。いいね。試し甲斐がある」

「そこまでッ!」

 壮年の男が声を張り上げた。


 顎髭を蓄えた彼は、ひときわ荘厳なローブを身に纏って、玉座に座り込み、睥睨する。


「……シャングリラ兄さん」

「シャングリラお兄さま……」

 四兄弟の長兄……があの人か。


「……すまなかったな、アサナ。それからリセ・ヴァーミリオン。ヴァルハラに代わり、俺様が謝ろう」

 頬杖を突いて、シャングリラさま。


 不敵に微笑んだその眼の奥は、ボクを品定めしているようだ。


「……チッ」

 三度目の舌打ちをして、棒人形は去っていった。


 ……。


「アサナから話は聞いているよ、リセ・ヴァーミリオン。父のラヴァンドラは臥せて久しい。しかし玉座ここを空けておくのもよくないからな――俺様が代わり、ということだ」


 代わりという割には、ずいぶん堂に入った王様っぷりである。


「して。何の用だ?」

「……色々あって、友達の命が狙われてんだけど。シャングリラさまの差金だったりします?」

「……ふ」


「シャングリラお兄さま?」

「ふふ。俺様ではない」

 足を組み直して、シャングリラさまはふんぞり返った。


「そうですか。失礼しました」


 嘘はついてないみたい。

 じゃあやっぱりシン陛下……ラヴァンドラさまか。


「……陛下にお会いすることは?」

「会っても仕方ない。もう半年は床に臥せて、俺様ですらお目通り叶わぬのだからな」


 半年……。


「そもそも、それで王位継承の話になったのだ。あぁ、そう。継承おめでとう、リセ・ヴァーミリオン。用はおしまいか?」

「はい。ありがとうございました。……万が一ボクの友達に危害を加えるようなら、礼を失することになります」

「俺様の名において、約束するよ」

「……くれぐれも、よろしくお願いします」

 一礼し、退室。


 謁見の間を出てから、城下町を抜けて市場に着くまで、ボクたちの後ろ髪を引くような視線が付きまとった。

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