出発・竜車・親近感

 竜車。

 ダンジョンから連れ帰ったドタドラゴンに荷車を引かせるもの。

 ドタドラゴンのメスは腹と膝が硬く滑らかに発達しており、オスはメスに尻尾を噛ませて、引きずって走ることで求愛するのだ。


 で。

 荷台をドタドラゴン好みの形にしてやると、牽引してくれる。卵から育てたドタドラゴンは、教育によって普通の荷車に求愛するようになり、物言わぬ思わぬ木組にガチ恋し、忠誠を誓う主人に見守られながら愛を示し続ける――。


「あっはっはっはっはっ!」

「リセさん、何が面白いんですか」

 ボクはいま、アサナちゃんに手配してもらった高級竜車に揺られている。

 陛下に挨拶したいと言ったら二つ返事だった。いつもありがとね。


 しかし、だ。


「ひ、っふふはははっ! いや、だって……っ」

 黒光りする鱗が美しいドタドラゴンが、時折熱っぽい視線を幌付きの荷車を向けているのだ。


「ドタドラゴンは真剣なんですよ!」

「っァッ!」

 アサナちゃんの純粋さが追い打ちをかける! 美味い肉に塩をかけるとより美味いのだ!


「〜〜! このままではケーベツです! この、素晴らしいドタドラゴンの恋物語を知れば、リセさんも竜車の素晴らしさを知るでしょう!」

 と、絵本を渡された。


 あとで聞くところによると、竜車の隅には必ず置かれているらしい。


「えー、ヘッヘッヘへ」

 笑いを軟着陸させながら、表紙を見てみる。


 『ドタドラゴンとりゅうしゃ』。まさしく子供向けの絵本だ。


「フふ」

 鼻息で笑い声を逃しながら、本編へ。


 車輪の壊れた荷台。主人に打ち捨てられた木クズに、寄り添い続けるドタドラゴン。やがて死んでしまい天に昇るドタドラゴンの隣には、いつも微笑みあっていた『彼女』がいた……。


「…………」

 え。

 ヤバ。


 もう動かない荷車と添い遂げるドタドラゴンにかなりのページが割かれていて、雨の日も風の日も富めるとき貧しいとき、健やかであったり病むころであったり――の情景が、子供向け特有の柔らかく直接的な絵によって描かれているのだ。


「ふんす、ふんすっ」

 いつのまにか裏表紙を撫でていたボクに、アサナちゃんの視線が注がれる。


「…………ね?」

「…………え?」

 ね? ってなに。


「"よかった"ですよね?」 

「ま、」

 まぁ、そこそこ――と口を突いて出そうになった。ボクは読んだ本の裏表紙を撫でる癖があるだけで、アサナちゃんが期待してくれてるほど感動したわけではない。


 回答を間違えたらどんなことになるか、……想像したくない。コレはアサナちゃんの聖典なのだ。うまく答えないと戦争になる。


「ぁー、えっと……」

 視線を泳がせた先。ドタドラゴンの強くしなやかな尻尾が、艶めかしく荷台に絡んでいる……。


「フん……ッ、ゲホゲホっ」

 笑っちゃいけない、っていうのは、何よりも実る笑いのタネだ。


「ステキだと、思いますゥー……」

「ですよね!」

 手を掴まれた。


「私も死ぬならこんなふうに死にたいです」

「いや、ダメでしょ」

 ヘンなことを言い出したので、振りほどく。


「リセさん?」

「……アサナちゃんが死んじゃうと、寂しいよ」

「! リセさんっ!」

 がばっと抱きついてくるアサナちゃん。


 やったぜ! 隣にいるだけでも幸せになるほわほわのお花畑スメルが、いま直接ボクの鼻腔にフレグランス!

 ボクの叡智の勝利だッ!


 ……ドタドラゴンの視線が、浅ましいボクを笑いものにするように刺さる。

 こいつ、案外気が合うかもな。覚えたぞ。これからもよろしくね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る