乱・連・濫

 互いに立ち上がり、被った埃をほろって、三メートルほど距離を取る。


「はじめましてだろう、リセ・ヴァーミリオン」

 白衣の端のほつれを気にしながら、ガオレオンは名乗った。


「言い訳か? 聞くつもりはないよ」

 ボクは冷静。ボクは冷静だ。


 知覚感覚は全部デザイアに任せて、ボクはそれに反射する。それが一番速くて確実だ。そのくらいの判断はできる。


「いきなり暴力とは野蛮だな。このガオレオン・ゴルドプラウドがどのような人物なのか、興味がないわけでもないだろう!」

「お前みたいな下衆のこと、これ以上知りたくもない!」


 ゴン、とボクの拳が空間を叩いた。

 空気の壁……のような、なんだこれは。


「"知りたくもない""知らなくていい"ことなんて、この世にあるわけないだろう、馬鹿がッ」

 やけに断定的に言葉だ。


 連動して、何かがボクの顎を打ち上げた。


「ぅ、げッ」

 踏みとどまれた……けど、頭がくらくらする。


「今度は横に揺らすぞ」

 今度はこめかみに衝撃。


 立ってられるけど、膝が笑いはじめた。


 大した――

「――大したダメージでもないのに、か?」

 こいつ……!


 今度は肩を掴まれた感覚。

 ボクの体も、デザイアも、一連の現象に対して沈黙している。


「は、ははっ! 我ながら完璧だな……っと、あまり口を滑らすとよくないな。なぁ? リセ・ヴァーミリオン」

 またいつの間にか転んでいた。


 口に入った土を吐き出して、仰向けでガオレオンを睨みつける。


 なんだ? コイツはなにをしている?

 体の一部を飛ばしての奇襲は……もう通じないだろう。


 不可解な現象のカラクリを解き明かそうにも、脳を揺らされただかで上手く考えが巡らない。頼みのデザイアも応答なし。おそらく情報不足のせいだ。この場合、目で見るだけじゃわからないもの……。

 負荷を上げればなんとかなりそうだけど――リオンちゃんもベルさんも、ボクなんかよりもっとつらかった。痛かった――何かがひび割れる音がして、いつもの濁流がボクの意識を埋め尽くす。


「……"す……………………」


「は?」


「"統べろ"…………『ベルゼブブ』…………ッ」

 ざあっ、と、影の中から黒い砂のようなものが湧き上がる。


 小さな羽虫のように舞い漂うそれこそが、ベルさんの術式の正体だ。


 『ベルゼブブ』は本来、これら一粒一粒全てに魔力を通し、触れた対象をジャックするもの。使い慣れていないボクには当然そんな芸当できるはずもなく、体を支えるのを補ったり、空間の揺らぎを察知する助けにしかできない。


「はははっ! 妹がグラッドグルームの諸共に絆されたもんだから、どういうことかと思ったら!」

 ガオレオン、哄笑。


 同時に、ボクの周りの空間が異様に狭くなっていく。万力に挟まれるようにゆっくりと、力強く。


 黒い砂で押し返そうにも、干渉できない。……空間が、ではないのか?


「たまらない……たまらないなぁ。何が起きているかわからない者を前にして、ただ見守るだけというのはつまらないなぁ……!」

 そう言って魔術博士さんは、細身を激しく掻き抱いて、厳しく自制してみせた。鋼の精神力だ。


「ふ、ふふ。これでウソでもつける器用さがあれば、ボクに勝ててたのにな!」


 度重なる異常事態のカラクリさえわかれば、デザイアは早い。

 それよりも疾く、ボクは点と点を繋げた。


「『覇者の迷宮』をイジったお前だ。だからそうさ、ダンジョンの歪みも思いのままにできるんだろ」

「バレてたか」

 タネがわかれば……というほど簡単なものじゃ無いけど、とりあえず圧迫の解体に成功。


「ヘラヘラしやがって……!」

 悪びれもしないガオレオンに、『ベルゼブブ』を差し向ける。


「お前が改造したダンジョンに、お前の妹を行かせたんだぞ⁉︎ それでなんだ、ベルさんまで巻き込んで! ここに来たときも、二人は抵抗しなかったんじゃないか? リオンちゃんはお前のことが大切だから、だから……ッ」


 だから、なんだというのだろう。

 やってしまえ、とデザイアが囁く。


 それに頷いてしまいそうなボクがいる。

 ――欲に負けちゃいそうなボクがいる。


「ちょっと待ってて、『デザイア』」

 胸を叩く。


 やれやれ、と肩をすくめるアイツが見えた気がした。


 『ベルゼブブ』を解除。これはボク一人のケンカだ。リオンちゃんやベルさんが、この結果をどう思うかわからないけど、ボクがボクを懸けてやる戦いだ。


「はぁー……。よし。ガオレオン!」

「おや、まとまったかい?」

「もうカチカチだよ。ボクはお前が大っ嫌いだ。気に食わない。ボクの仲間を騙して怪我させた。冒険者の聖域であるダンジョンを好き勝手にイジった。許さない」


「それで?」

「ボクの気が済むまでブン殴る」


 エクスから借りたリボンをお守り代わりに、手首に巻く。


 久々の、『血騰』のみの必殺パンチ。ダンジョンの壁を叩かされた(壁とはいうけど、ただの中空である)ボクの拳は、衝撃をそのまま返され解放骨折する。


「っ……。ま、だ、まだァアァァァッ!」

 構うか。


 砕けた拳で、さらに二度三度四度と打ち付ける。


「な……」


 右、左、右! 右腕は精霊銀がイバラのように肉と骨を繋ぎ留めている分カタチが残っている。

 脳内物質だと先生は言っていたか――ドバドバジャバジャバで、不思議と痛みは感じない。わけないだろ! 限度がある! 骨肉が剥き出しの断面でやってんだから、誤魔化しが効く程度を超えている。


「うおっしゃぁああアァアッ‼︎」

 乱打! 連打! 濫打!


「なんだお前……イカれてるのか……⁉︎」

「……イカしてるだろ」

「――――――――‼︎」

 ダンジョンが一瞬、揺らいだ。


 いくら『テラス』が閑かなダンジョンだとはいえ、それを一人の人間が魔術的干渉で操るというのだから、負荷は相当なはずだ。


 そうでなくても、ガオレオンは繊細な人間だ。ボクを警戒して余計なことは喋らないよう努めたり、白衣のほつれを気にしたり、妹だろうとエサにしたり。


 だから揺らす必要があった。

 アイツの理の外。無駄なはずの自傷行為だ。

 ガオレオンの常識外の挙動行動で、ダンジョンの制御を揺るがす!


 ……いや、ウソ。感情のままやったら上手くハマったらしい、ってだけだ。


「待たせたね、『デザイア』!」

 ズタズタのボクを、精霊銀が補填する。


 宿主であるボクが死んだら困るから、そりゃ必死になって直すだろう。


「"輝け"『銀の腕アガートラム』!」

 しろがねに光る右拳が、ブレブレなガオレオンの頬を打ち抜いた。


「ぐ、く……ははっ!」

 ボクの胸を貫こうとする『テラス』。

 肉を裂き、骨を断ち、心の臓に触れたところで、ピタリと止まる。

「はははっ、……は?」


 大方、予めセットしておいた緊急対応だろう。例えば……そう、"壁を突破した対象が術者の正面に躍り出たとき、術者の胸を目指し、寸止めになるよう槍で貫く"とかだ。間違いなく必殺のカウンターである。すごいこと考えるなぁ。


「効かないねぇ……!」

 だがボクの心臓は丸ごと精霊銀だ。貫けるはずもない。


 逆に、ボクのもっと深いトコで術式に触れた。つまり、

「解析オワリだ、インテリ兄ちゃん!」


 これもウソ。ここを好き勝手するなんてできない。けど、ガオレオンの支配を受けないようにするくらいはできる。


「必殺パーンチ!」

 そんなわけで、決着である。

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