決起

棲み込み・食卓・目

 『覇者の迷宮』を攻略し、連盟からの呼び出しをブッチしてから三日が経った。


 ダンジョン改造の犯人は大体アタリがついていて、その人はめったに動ける身分ではないだろうからと、しばらく放置することに。

 その人があの人なら、こちらにこれ以上危害は加えないはずだ。


 で。

「なァリセ、今日もここで待つだけかよ」

「ねえ、吾輩のハンカチどこ?」


 ……。


「おいリセ、聞こえてねェのか?」

「サングラスもない。ねえ、昨日寝る前にこの辺に置いてなかったか?」


「リセェー?」

「リセ、聞いているか」

「もうそろそろ帰ってよ」


 リオンちゃんとベルさんは、あれからずっと居着いている。

 『赤の夕暮』に加入したいのだそうだ。実力も折り紙付きな七大貴族の娘さん二人が見込んだギルドだ、さぞ素敵なギルドマスターが運営しているのだろう。――ボク? いやぁ、ボクなんかが二人の上の立場になるなんてナイナイ。


「必要ならいくらでも他のギルド紹介するからさぁ……」

「吾輩のネクタイもないぞ? シャツもスラックスもだ。下着しかない! あっはっはっはっ!」


 退屈で拗ねるリオンちゃんとアホのベルさんをほっといて、顔を洗って歯を磨いて、キッチンでテキトーに卵とベーコンを焼く。

 表面をこんがりさせたパンにバターを塗って、焼いたやつを挟む。三人前出来上がり。


「今日も食べていいのか⁉︎」

「いいよ。二人とも朝ごはんまだでしょ」

「ウダついてた甲斐があったな。いただきます!」

「お腹が空いては探し物できんしな。ありがたい。いただきます」


 お嬢さまモグモグタイム。

 すごい。この光景は健康商材になりうる。

 素行がちょっと荒い子とアホの子なのに、一体どうしてこんなに食べる所作が美しいのか。生まれか。生まれがいいからか。そりゃそうだ。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

 しかも食べ終わったらめっちゃ笑顔! 料理に自信がない人でも、こんなことされたらキッチンの達人ルートまっしぐらになってしまう。そこそこ自信あるボクですらちょっとグラグラしてるからね。


「どォにかして、このまま毎日リセのご飯食べれねェもんかな」

「ね」

「しょうがないなぁー!」

 ボクはいつの間にか、ギルドメンバー登録申請の書類にペンを走らせていた。



◆◆◆



「マクスウェル、久しぶり……だよね?」

「リセじゃないか!」

 連盟本部併設の酒場には、帽子を被ったマクスウェルがほとほとくたびれた様子でテーブルに突っ伏していた。


「いい帽子だね」

「だろう? 『密やかな大森林』に棲むハガネカイコの糸で編んだ試作品でね。マジックアイテムとしての効果は"硬い"ことだ。オシャレに気を遣う冒険者にはおすすめの逸品さ」

「ふーん」

 値段次第では購入も視野に入れよう。

 でもなぁ。ボク帽子似合わないんだよなぁ。


「それよりこれだ、これ! このマフラー!」

「マフラー?」

「そうとも! 龍樹ドラドレイクの樹皮をほどいて編んだマフラー! 素材の堅牢さを残しつつも滑らかで柔らかな手触り! なによりドラドレイクの"魔力喰い"の性質を受け継いでいるからね。これより大きいものを被れば、魔力探知を掻い潜ったりもできるだろう!」

「あぁ、マフラーね。…………魔力探知に映らないって、そんな不自然なことがあったら逆にバレない? 空間にぽっかり認識できない空間ができるわけだし。それが人くらいの大きさで動いてたら、めちゃくちゃ怪しいだろ」


「なるほど! ありがとうリセ。止まっていたインスピレーションがまた溢れ出してくるようだ」

 穏やかな鼻歌を唄いながら、マクスウェルは去っていった。


 ……空間に、ぽっかり。

 ボクの目にもそう見えていた。

 精霊銀の置換による修復と、発生する前の魔術を判別する能力。この頃いやに霞む視界。


 ………………。

「そうだ、書類。書類出しに来たんだ」

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