褒賞/代償
目が覚めると、なんと『赤の夕暮』ギルドホーム兼自宅だった。
ボクが横たわるソファの傍らには、ひどく心配そうな顔のアサナちゃんと、パタパタ歩き回るエクス、寄り添いあって一枚の毛布を分け合い眠るリオンちゃんとベルさん。美少女のお花畑みたいだ。いや、それじゃボク死んだことになるな。生きてる生きてる。
「おや、死んでいないとはねぇ」
奥の方……キッチンから、手をハンカチで拭いながら先生が現れる。
「先生が外出しているとはね」
「言うじゃないか」
「お互いさまだよ」
「先生、冗談にしてもひどすぎます! リセさんも、なんでまたこんなことを……⁉︎」
はい。ごめんなさい。
「……反省してまーす」
「リセさん!」
アサナちゃんは、多分怒り慣れてない子だ。可愛いから少し焚き付けてみたけど、胸が痛んだのでここまで。
「えっと……色々あって」
説明すると長い。
リオンちゃんがやってきて、『覇者の洞窟』へ行くことになって。
そしたら『白の岩壁』のメンバーが大変だって言うから助けることにして。
入ったらダンジョンはめちゃくちゃ変になってて。
ボスは待ち構えていたベルさんに操られていて。
でもダンジョンの異変自体はベルさんとは関係なくて。
……。
「みんなは……『白の岩壁』の人たちは?」
「リセさんは、まず自分のことを気にしてください!」
肩を掴まれ、ソファに伏せられた。
「アサナ様の言う通りだ、リセくん。言っただろう、死んでいないとは……と」
含みしかないことを言って、先生はボクの首筋に指を当てた。
「チッ。なんで正常値なんだ……」
つまらん、と言いつつ、メモにペンを走らせる先生。
「え、なになに。なんなの。そういう話をさ、本人を前にしてボカしたまま進めるのやめてよ……」
「ですが、リセさん……」
「あぁ……」
気の毒そうな顔をするなよ。マジで不安になるだろ。
「知りたいかい、リセくん」
「そりゃそうでしょ」
「リセさん。リセさんがどんなになっていても、私はリセさんの後見人ですからね!」
ちゃっかりした王族ちゃんの後押しを受け、先生から紙を受け取る。
「……なんも書いてないじゃん」
「……っ、リセさん…………」
え?
「読めないのか……」
えぇ?
「読めないって……白紙だし……」
「そんな……っ!」
途端に泣き崩れるアサナちゃん。
「あ、すまない。こっちの紙だった」
「先生マジはっ倒すよ」
取り替えてもらった紙を見る。うん、見えるぞ。ちょっと霞んでるけど。
「よかった、リセさん……まだ……」
だからなんなんだよ。深刻そうな話なのしかわかんないよ。
なになに……?
「あー……、んー…………?」
"所見。魔力光照射実験の結果、身体の三割が精霊銀に置き換わっていることがわかった"……。
「なるほど」
実感はあるけど自覚はない。
「そうなんだ」
「そうなんだ、じゃないですよ! もう!」
抱きついてくるお姫さま。アッ、すごい柔らかい……。
「胸から右腕にかけてが顕著だったよ。それで……どうなんだ、調子は」
「調子? あー、よしよしアサナちゃん。いい子いい子。ほら、疲れたでしょ? おやすみ」
髪を撫でたり、背中をさすったりして、寝かしつける。付きっきりで診ていてくれたからか、安心して気が緩んだのか、存外すぐ寝息を立て始めた。
「調子はいいよ。寝覚めもさっぱりしてるし、適度にお腹も空いてるし」
「ではこれは?」
手をかざす先生。
「水属性、催眠の魔術?」
あれ?
「おやおや……」
『デザイア』は発動していない。なんなら、先生の魔術自体も発動する前だ。というのに。
「そういうことか……」
デザイア曰く。発動前にも魔力の流れがあって、ボクの三割だという精霊銀が受容したのだという。なんだ、風や空気の湿りで天気の変化がわかるとか、そんな感じか。
「その……どうだいリセくん、調子は」
信じられないものを前にした声音で、先生が聞き直した。
「なんで二回も聞くんだよ。割と普通、かな。どこか悪いとか不便ってこともないし」
「ならいいんだ。アサナ様もだが、リオン様もベル様も気にしていたからね。いいか、君は気にされている」
「……わかったよ。ありがと、先生。もうちょっと寝るね」
◆◆◆
起きると誰もいなかった。
「……」
エクスもいない。鞘に戻ってしまっている。
机の端に、書状。
連盟からだ。
……。
…………。
「…………なんかぼやけてるな……」
老眼にはまだ早いぞ……という冗談はさておき。
寝起きだからか、目が上手く文字を追わない。
ロクなこと書いてないだろうし、また今度でいいや。
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