銀の腕・聖剣の担い手・閑かな凱旋

 観察、逆算。

 大鬼オーバードの魔力の逆位相を算出したボクは、リオンちゃんの『ライオン』を打ち破ったイナズマを右手で撫でつけ、霧散させた。


「お待たせ、リオンちゃん」

 お気に入りのパーカーの袖がズタズタになってしまったが、リオンちゃんもボクも無事だ。


「な、」


 この右腕は、エクスに切り落とされた右腕だ。あの後精霊銀で金継ぎみたいにしてくっつけてるけど、しばらく調子が悪くて、結果的に二の腕から先はヒビが入っているように精霊銀が走っている。食い込ませるようにして肉を、骨を、それなりのカタチに整えているだけなのだ。


 絶対ろくなことにならないし、思ってた通りめっちゃ痛いし、使う場面もないだろうと、今まで準備すらしていなかった代物。右腕の精霊銀を媒介に、空属性――魔力そのものを魔力のまま扱う――を発揮する、名付けて『銀の腕アガートラム』。

 あらゆる魔術に対して、あらゆる事象に対して最も有効な魔力で干渉し無力化する、しろがねの覇者になぞらえた『デザイア』の拡張術式。

 大仰な名前だが、デザイアがそう名付けたのだからしょうがない。


「なんなのだ、キサマは!」

「さっき名乗った通りだよ」


 続けてオーバードの大筒に触れる。ボクの魔力が蔦のように走り、腕と肩を食い破って、胸の構成核を炸裂させた。


「っ……! やれ、『ベルゼブル』ッ!」

「それを視るのは、三度目だよ、ベルさん」


 いかに七大貴族の血統術式とはいえ、術式は術式。魔導陣さえ描ければ再現はできる。できなくはない、ってくらいだけど。

 アサナちゃんに渡した通信魔術のように、『デザイア』は一切を看破する。エクスみたいにスクロールに転写する器用さはないけれど、ボクが真似するくらいならワケない。


「こんな感じ、だよね?」

 溢れ出す、きらきら光を反射する偽『ベルゼブル』。オリジナルに倣い、指パッチンで指示を出した。


 黒と銀が拮抗する。

 ベルさんみたいになんでも操れるってとこまでは無理だけど、相殺ならできる。


「ぐ、っ」

 魔力切れで倒れるベルさん。ここを出たら診てもらおう。


「すげェ……」


 頭が割れるほど痛い。『デザイア』で無理矢理真似てるから仕方ないんだけど。

 でも、ベルさんに勝つならこれくらいやらないと命のやり取りになってしまう。それなら……と、耐える甲斐もあったもんだ。


「よし。次は……!」


 本来の目的は救出だ。ベルさんを倒すことじゃない。


 その辺の管に触れて、偽『ベルゼブブ』を流し込み、拘束を解除。衰弱の激しい人には、同時に調整した魔力を注いでおく。精霊銀の心臓があってよかった。これだけやってもまだ魔力総量の半分も使っていない。


「――――」

 あと、最後に。




 さいご、に――、、、とだ、え、

 ――途

    絶えかけた意識に、

 冴え冴えと一閃、美少年のような少女がよぎった。



 遅いよ、もう。


「――エクス!」

 背後に感じた確かなそれに、名を呼ぶことで命令する。

「まったく。鞘遣いが荒いよ、マスター」


 エクスからなんの変哲もない短剣が手渡された。


「ここまで一直線で来て疲れたから、あとは自分でやってね」

「お疲れ、エクス」


 予定……予想通り、ダンジョンをまっすぐ切り開いて来てくれたようだ。ウゼンとサシロに頼んだあたりから、ぼんやりこの線は引いていたのだが、まさか本当になるとは。エクスが来てくれなかったらどうするつもりだったんだろうね、ボク。


 ナイフを逆手に持ち替え、床の一点を突き刺す。


 もし素晴らしい出来の鞘があったとして、その鞘から抜き払われた剣もすごいものではないだろうか――そういうわけで、鞘のインテリジェンスであるエクスが授けた刀剣は、逆説的に伝説の剣となりうるのだ。らしい。


 魔術的・儀式的価値も高いエクスの剣エクスカリバーならば、ダンジョンに施された改造魔術そのものを破壊できる――というわけだ。



◆◆◆



「出られたー!」

「……だな」

 パッと光って目を開けると、エントランスだった。


 ぶっちゃけ身体の方が全然追いついてないボクは、『白』の人たちとリオンちゃん、ベルさんもいることを確認して、腰の鞘を目一杯撫でて、倒れ込んだ。

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