決裂・期待・拮抗

「白状したな、謀反者!」

 ベルさんの、やたら大袈裟な指差しポーズ。


「リセ……オマエ……」

 リオンちゃんの視線には、意外にも敵意はない。


「悪気はないんだよ。たまたま選ばれちゃって……。でも、王位の簒奪……っていうのは、結果的には事実だ。もちろん謀反とか、そういうのは考えてないよ、全く」

「………………」

 難しい顔をする金髪令嬢。


「そっか。リセがそォ言うんだから、そォなんだろ」

「え」


 リオンちゃんの竹を割ったような結論に、声を荒らげるのはベルさんだ。


「そっか、ではないだろう! 王位継承が、そんなたまたまであってたまるか!」

 ごもっともです。


「リセからしたらたまたまだったかも知れねェだろォが、ほかからしたらどォなんだろォな」

「どう、だと……?」

「案外、上手いことやってくれるかもなってことだよ」


「……決裂であるな。吾輩は上手くやるやらないを問うてなどいない。事実がある、それだけだ。ここで待っていてよかった。リオンちゃん、謀反者共々、吾輩の靴を舐めろ」

 その言葉を合図に、大鬼が動き出した。


「悪ィ、リセ。結局こうなっちまった」

「ううん。ありがと、リオンちゃん。嬉しかった」


 そう、嬉しかった。

 アサナちゃんもだけど、ボクのことを過大評価している。


 だからこそ、責任っていうのか、そういうの。

「それじゃあ、期待に応えちゃいますか!」

 心臓に魔力を送る。心臓から全身へ、精霊銀で増幅された魔力が巡る。

 迸るようなそれを纏って、ボクは駆けた。


 リオンちゃんの指先から伸びた雷の枝が、ベルさんを牽制する。

 その隙にボクは、振り下ろされた大木のような拳に必殺パンチで応戦。ボコボコと沸騰するように、大鬼の腕が弾け飛んだ。


「シン王家の血統術式を簒奪しただけのことはある……か」

 大鬼を戦闘不能にされて尚、ベルさんはそれも承知の上と言わんばかりにポーズを崩さない。


「だが、このようなオアツラエで吾輩に負ける余地などない!」

 響き渡る指パッチン。ベルさんは指を鳴らしたまま、指ピースを作ってこちらに向けてきた。なんなんだこの人。


「"統べろ"『ベルゼブル』ッ!」


 ベルさんから溢れた黒い何かが大鬼を包み込む。黒いのは管の方に逆流し、捕えられたらしい『白の岩壁』メンバーをも塗り潰した。


「誰だか知らんが、このダンジョンごと一つの母体として、冒険者連中をコイツのエサにしようとしたらしいな。それらは吾輩のためとなったのだが!」


 さっきからベルさんの喋り方が変だ。――彼女の、グラッドグルームの血統術式『ベルゼブル』の処理に思考リソースを割いているからか。


 ダンジョン改造の犯人については……まぁいい。それよりベルさんと大鬼の攻略だ。


「――――ッ」

「おい、リセ⁉︎」

 『デザイア』を全開で発動すると、ぼたぼたと鼻血が出てきた。フロア全体に及ぶベルさんの術式に対抗するため、いまのとこ必要ない情報も全部よこせって言ったらコレだ。


「……ベルさんは….『ベルゼブル』であの大鬼を支配している……。大鬼はダンジョンの改造で、……『覇者の迷宮』そのものを消化器官として冒険者を捕え、魔力と術式を抽出している……『白の岩壁』アッシュ・ウォルフの血統術式は『記録』だったから……」


「なにブツブツ言って……ホントに大丈夫かよリセ! オイ! 目からも血ィ出てんぞ⁉︎」

 ――と、不意に地面が顔の前に来ていた。違う。ボクが倒れ込んでいただけだ。そのボクの肩を、リオンちゃんが抱き止めてくれていた。


「あ、ごめん」

 真っ赤な水たまりが……え、これボクの血? うっそだぁ。

 嘘ではない、とデザイア。知ってるよ。


「自爆か? ご苦労なことだ!」

 指パッチンから続けて指差し。


 弾け飛んだ右腕から大筒を生やした大鬼は、咆哮を上げて、凶暴な空洞をこちらに向ける。


「リオンちゃん! キサマの『ライオン』はすでに『記録』済みであるがゆえ!」

「ンだとォ……⁉︎」


 虚ろの中で、エネルギーが溜まっていく。まさか、などと驚くまでもなく、『ライオン』の咆撃の模倣だろう。問題は、この改造ダンジョンと冒険者、それからベルさん自身の魔力で以ってリオンちゃんの真似をしようとしているということだ。


「クソッ」

 自分の得意分野、雷電の魔術だ。リオンちゃんは冷静に、冷徹に、彼我の差を認めた。


「どォする、リセ」

 認めた上で、ボクを見る。


 ありがたいことだ。


「めいっぱいで撃ち合って、何秒稼げそう?」

「いま全力で魔力を編んでる。コントロールはアタシが上だ……三秒なら」

「……、五秒でお願い!」

「ハ。お安いご用だァ!」

「撃て、オーバードッ!」

 真正面からぶつかる雷と電。


 一。リオンちゃんはその先端を鏃のようにして、一点集中で効率よくぶつけている。逸らした分も丁寧に捌き、壁に張り付けられたみんなをも守っている。


 二。向こうの出力が上がった。金獅子姫の口元から余裕が消えた。


 三。リオン・ゴルドプラウド、吼える。


 四。ダメ押しとばかりに、大鬼・オーバードの稲妻に黒い何かが混じる。『ベルゼブル』の支配能力に必要なアンテナ……のようなものだ。それが激突に割って入り、リオンちゃんのナマの魔力を侵そうとしている。


 五。


「お待たせ、リオンちゃん!」

 決着だ。

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