ピンク・獅子・蝿

「あ、毒だ」

 相変わらず訳の分からない変化をした『覇者の迷宮』。

 罠の起動条件も変わっているが、罠そのものは健在だ。やってしまった。

 壁を超えた部屋には、毒ガスが充満している――。


「リオンちゃん!」

 ボクは体に入った時点で解毒できる『血騰』があるけど、リオンちゃんは……⁉︎


「平気だァ……」

 体の周りをビリビリバリバリさせるリオンちゃん。


「……、電気で毒を壊している?」

「――――、あァ。そうだ。見ただけでわかるとは、さすがだなァ、リセ」

 すごいのはデザイアと、毒を探知して的確に一つ一つ焼き落としてるリオンちゃんだ。


「そろそろアタシもヤルってとこ、見せとくかァ」

 いや、『覇者の迷宮』の魔力濃度に二十四時間以上耐えてるし、なんなら平気な時点で十分すごいんだけどね。ボクだって、ここの毒にしたみたいにこまめに吐き出してなんとか魔力酔いしてないだけだし。


「ゴルドプラウドの至宝ともいうべき血統魔術だ。行・く・ぜェ!」

 両腕を大きく広げ、胸の前で交差。

 上下水平に伸ばした腕。手の平は互いに向き合い、さながら牙を剥く獣だ。

「"吠え立てろ"『ライオン』ッ!」


 ――ッ!


 凄まじい光と音でなんもわかんなかったけど、だからわかることもある。

 空間を漂う悪性全てに渡る稲妻! 放射・拡散・爆烈する魔力!


 恐るべきはその威力ではなくコントロールだ。毒だけを的確に撃ち抜いたあと、発生源である七つの魔石全てを破壊している。


「……ふゥ。――どォだ?」

「ハイ……とてもすごかったデス……」

「そっか。よかった」

 さっきの獰猛とも言える魔力の主とは思えない、人懐っこい笑顔だった。



◆◆◆



「ここだけど……」

 気にしないようにしてたけど、やっぱ生き物だよね、このダンジョン。


 ぼんやりとマッピングしていた分には、胃とか消化器のあたりは魔物が多くて、内臓の隙間らしいところはポッカリしていてセーフティだった。気付いてからはかなり楽だったなぁ。


「うェ……」

 思わず嫌悪の悲鳴を漏らすリオンちゃん。

 どくん、どくんと脈打つ扉。

 赤と青黒い管が複雑に絡み合った、生物的なデザインだ。


 ……心臓だよねコレ。

 いるとしたらここだろうし、とっとと『白』の人たち連れて帰ろう。


「索敵と迎撃は任せろ、リセ」

「うん。そうだったそうだった」

 そもそも『覇者の迷宮』はボスを倒さなきゃいけないんだった。


「…………」

 勝てるのか。

 この前に来たときはマクスウェル率いる『紫の波間』の主力メンバーのサポーターだった。そのときはまぁ、大鬼みたいなのが大暴れする感じだった。雑な敵だけど、これまでのダンジョン攻略で消耗した冒険者にはそのシンプルさが沁みる。


 しかし、うん。


「まぁ、やるしかないか」

 勝たなきゃ出られないんだしね。

 ま、なんとかなるでしょ。

「開けるよ」

 キッチンが恋しくなる、生肉みたいな弾力のドアだった。



◆◆◆



 壁に埋め込まれた冒険者たち。

 彼らからは一際太い管が伸びて、青い大鬼に繋がれている。


「Grrr……」

 どこか苦しそうな呻き声。

 見れば、あいつもまた管に拘束されているようにも見える。


「なァ、ホントにアレなのかよ」

「…………いや」

 違う。違くないけど……そうじゃない。

 確かにここのボスはアイツだ……けど、いまのアイツは傀儡に過ぎない。


「そこに誰かいるよね」

「ア? あァ、いるなァ……?」

 髪先がピリピリする。リオンちゃんの電気による走査か。


「え、バレたの? リオンちゃんはともかく、先に気付いたキサマはなんなのだよ」

 物陰から出てきた小柄な女性は、大鬼の前に躍り出て、前屈みにピースサインを作った。


「ベル・グラッドグルーム……」

「吾輩こそ、ベル・グラッドグルームである――リオンちゃん! 吾輩が名乗るのだから、先に名前を呼ぶんじゃないッ! そもそもなんでここにいる!」

「なんでって、そりゃァ」

「いや、あとでいい!」


 男装の麗人は、銀髪を後ろに撫でつけ、真っ赤なティアドロップのサングラスをかけている。


 リオンちゃんに抗議したベルさんは、お尻のポケットからハンカチを取り出して手を拭き、また前屈みおでこピースをして、

「吾輩こそ、ベル・グラッドグル――」

「なにしてんの、そこで」

「〜〜ッ! おい、ピンク頭! 吾輩が名乗る! 名乗って! いる! だろうが!」

「あ、ごめん」

 もう終わったかとばかり。


「いいか⁉︎ 今度こそやるぞ! 吾輩こそ――」

 と、ベル・グラッドグルームは名乗った。


「なんか流されなかったー?」

「相変わらずうるせェな、ベル」

「リオンちゃん、知り合い? グラッドグルームって、七大貴族の名前だよね」


 もしかしてボク、また面倒に巻き込まれてない?

 冒険者としての面倒じゃなくて、王位関係の。

 アサナちゃんが根回ししてくれているみたいだけど、こういういざこざはやっぱりボク自身が前に出なきゃいけないか。


「知り合いっちゃァ、まァ」

 リオンちゃんも面倒くさそうにしている。ベルさんはまだポーズ取ったままだし、そういう人なんだろう。


「吾輩はな、『赤の夕暮』を壊滅させるようある人から任されたのだ」

「それで、このダンジョンをめちゃくちゃにしたってわけ?」

「違うが?」

「『白の岸壁』にこんなことしたのはベルさん?」

「違うが……」

「……え?」

「吾輩は『エントランス』で迷っていた。そしたら親切にもあの人が現れてな、このダンジョンの奥で待っていろと教えてくれたのだ」


 また情報が増えた。聞かなかったことにしたい。


「――そう。ボクが『赤の夕暮』のリセ・ヴァーミリオンだ。メンバーはボクひとり。で、なんで壊滅?」

「キサマか。キサマが『赤の夕暮』、王家の秘宝を簒奪し――」

「それなァ、ウソらしいぞ」

「…………」

 ごめんリオンちゃん……。庇ってもらってありがとうだけど、結果的にはそうなんだよ……。


「あのー、ですね。リオンちゃん、騙してたわけじゃないんだけど……」

 白状するときが来てしまった。


「なんだよ、リセ」

「まず約束してほしい。ボクがこれから何を言おうと、ここの人たちは助けてほしい」

「そのために来たんだ、当然だろ」


「次に、ボクはリオンちゃんを騙そうとしたわけじゃない」

「ア? リセ、てめェそれどォいう……」

 大方の流れを読んでか、しゅんとした表情を浮かべるリオンちゃん。

 ごめん。ホントにごめん!


 肝心要のアサナちゃんのことは絶対に話せないので、あくまで偶然、『チュートリアル』で一騒ぎあったこととして説明する。


 そして――


「『デザイア』、ボクが継承しちゃいました……!」

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