迷宮・改造・救出

「ホントにそれだけなのか……?」

「ボクはね。それだけっていうより、これでどうにもならなかったら諦める」

「イカれてんのか?」

「普通だと思うけど」


 荷物はポシェットのみ。オレンジ色で可愛くて、小さいポケットがたくさんあって便利なのでめちゃくちゃ気に入っている。


 中には鉄の空きボトルと自決用の毒、短刀、……あ、エクスに留守番頼んだままだった。仕方ない、ギルドの看板受付嬢として振る舞っていてもらおう……缶詰の冒険食が三つに針金が少し、タオルとマッチ。十メートルくらいのロープを肩掛けとして採用。

 あと必要なものはダンジョンで現地調達である。

 一般的には何人かを荷物持ちで連れて行くんだけど、ボクにはどうにも苦手だ。人間関係とか大変らしいし。


「ここが『入口』だね」

「へェ……」


 興味津々といった様子で扉が並ぶ大壁を見渡すリオンちゃん。

 『覇者の迷宮』の扉の前には、数人の冒険者たちがたむろしていた。


「え、なになに? どうしたの?」

「ん? あれ、リセちゃんじゃん。久しぶり」

「リセちゃん、久しぶり。どうしたの? そっちの人は?」

 元ギルドメンバーのウゼンとサシロもいたので、声をかけてみる。


「うん、久しぶり。ここに来たいって依頼してもらったから連れてきたんだけど……なんの騒ぎ?」


 人だかりというよりは野次馬だ。なかなか、穏やかな雰囲気とは言い難い。


「なんでも、『白の岩壁』の定期調査隊が帰ってこないってさ。さっき第一陣の何人かは出てきたんだけど……」

「前に『回廊の迷宮』のランク更新があったときも、確かこんなんだったよな」

「あー、そういえば」

「???」

 リオンちゃんがわかんなくしているので、少し離れて説明することにしよう。


「ダンジョンにランクがあるって話はしたけど、色々あって変わることあるんだよね。調べたときと違う、って」

「なるほどなァ」

 あ、わかってない顔してる。

 

 ダンジョンのランク、つまり危険度は、時折上下する。その調査を王都から委託されているのが『白の岸壁』の冒険者たち。ボクとは違い、様々な分野のエキスパートが結束して任務にあたる、仕事人集団である。


 話を聞きにウゼンとサシロのところへ戻る。

「入ってから三十分は経ってっからな。中でだと三日過ぎてるから、みんななんかあったんじゃないかって」

「第一陣の帰ってきた奴らも、何も言わないまま寝込んじまった。ヤバいってコレは」

「えぇー……」


 聞かなきゃよかった。


『白』に踏破できないダンジョンはない。攻略は元より、安全に行って帰って来るという点において彼らの右に出るものはいないのだ。

 それが、いまこうして敗走している……なにが起きているってんだよ。


「ウゼン、サシロ、頼みがあるんだけど」

「マジっすか」

「いくらリセちゃんでもヤバいっすよ」

 短くない付き合いの二人だ。ボクがなにをするか察して、引き留めにきた。

 サシロ、ヤバいって言葉に慣れるとヤバいから気をつけなよ。


「まぁまぁ。このお嬢さんを連れて、『赤』のギルドに連れてって。可愛い受付嬢いるけど口説かないように」

 言って金貨四枚を無理矢理握らせる。


「おい待てェ。オマエ、冒険者ナメんなとか言っといて、アタシのことナメてねェか?」

「……そう感じたなら謝るよ。でも、」

「危ないから、か? 中で困ってるヤツがいんだろ。連れてけ。そっちこそ、貴族ナメんな」


 目と目を合わせているのに、心の奥を見据えられているようだ。

 これが七大貴族、これが『金獅子姫』。ボクが成り行きで得た王位なんて飾りにもならないほどの、絶対的な『格』。


「うん。わかった。ごめん。じゃ二人とも、受付嬢ちゃんによろしくね」

「お、おっす」

「寝覚め悪くなるんで、とにかく帰って来いよリセちゃん」

「はいはい。じゃ、エクスによろしくね」



◆◆◆



「あらあらあらあら……」

 入った途端、異変だらけだった。


 『覇者の迷宮』は、比較的オーソドックスなダンジョンだ。

 洞窟が迷路になっていて、魔物がいて、所々に罠がある。魔力濃度、ダンジョン内時間で日を跨ぐ前提のルート、"最奥のボスを倒す"というシンプルながらハードな脱出条件がCランクたらしめている所以だが……


「……噂と違うぞ、リセ」

「だからなんかあったって言ってたじゃん。いや、こんな違うとは思ってなかったけどさ」

 壁。

 本来は石とか岩だったんだけど、いまは赤黒く湿った何かが脈打っている。足元も心なしか白いし、繊維みたいなの見えるし……やめやめ。


「とりあえず、セオリー通りに進んでみよう」

「……任せる。なんか臭ェしな」

 鳥とか牛とか解体したときの、内臓のにおいに似ていなくもない。慣れてないとキツいだろう。


 幸い、マップ自体に大きな変化はない。Cランク上位からは入るたびに形が変わってるらしいから警戒していたけど、……と。


「あっちゃー……」

 知らない行き止まりだぞー。

 規定に当てはまるなら、C上位以上は確定か。攻略ではなく生存に関わるレベルということだ。


「なんだ? 道でも間違えたのか?」

「そうだといいんだけど……」

 引き返すために振り返ると、二十メートルくらい先で壁がビャッて伸びて、道を塞いでしまった。

「そうじゃないみたい」

「だなァ……」


 うーん。

 ホントはマナー違反なんだけど、こうも露骨だと仕方ないよね。


「ちょっと離れてて、リオンちゃん」

「おう」

「――せーの、必殺パーンチ!」

 魔術で肉体を強化して、ぶよぶよした感触の壁をぶん殴る。

 崩れるというよりは千切れる、萎縮するといった様子で道は開いた。


「ギヒャー!」

「きゃー!」

「普通キック!」

 急にゴブリンが出てきたので、顎を蹴り上げて倒す。


 亜人系の魔物はボクと弱点の配置が同じだからやりやすいね。

 棍棒を振りかぶった体制のまま膝から崩れ落ちる、八十センチくらいの人型。ゴブリンは基本群れるから面倒なんだけど……うん、どうやら一匹だけみたいだ。


 しかし。

「かわいい悲鳴だね」

「うるせェ」

「さっきみたいに突然襲われるのは滅多にないから、安心していいよ」

「うるせェって」


 あんまりつつきすぎてもよくないので、この辺で切り上げよう。


 開いた通路の先は、まぁ、小部屋だった。さっきまでの道とは違って、少し広いというか意味がある広さというか、それだけの差なんだけど。

「なにここ」

「おい、大丈夫なのかよ」

「大丈夫なことなんて、基本的にないよ」

 あるわけない。


「また袋小路だね」

「さっき開けたとこも塞がってるしな」

 ズルって治ってたからね。気味が悪い。


 仕方ないので、またブチ抜く。


「それ、魔力保つのか?」

「うん。色々あって、まぁ……色々あって……とりあえず殴る分にはいくらでもいけると思う」

 聖霊銀の心臓さまさまである。


 ちなみにその前は日に五発が目安だったかな。


「ねぇねぇ」


 状況も状況だし、連盟とかに怒られたらあとで謝ればいいし――ということで、一番奥にアタリをつけて、ダンジョンを破壊しながら真っ直ぐ進むことにした。


「なんだ」

「王都で流れてる『赤の夕暮』の噂ってなに?」

 道中特にすることもないので、おしゃべりしながらだ。出てくるゴブリンもオークもなぜか一匹ずつだし、謎壁と同じく処理していく。


「あァ、デマだってわかったからいいよ」

「リオンちゃんは、でしょ。なになに、聞きたい。聞きたくないけど」

「ンだそれ。わからんでもない感覚だが。そォだな、“『赤の夕暮』ってギルドが王族を抱き込んでクーデターを目論んでる“ってさ。ホント、どこで尾鰭がついたんだか。リセがそんなヤツなわけねェのになァ」


 カラカラ、と笑い飛ばすリオンちゃん。


「う、うん。そうだね……」

「しかもシン王家の秘宝とやらも盗んだんだとか。ホラ吹くにしてももっとまともなのねェのかよ、ってな!」

「アーウン、ソウダネ」


「もしホントだったら許せねェよな!」

「ソダネ……」

 聞かなきゃよかった!


「あ、ソノー……ちなみに、噂がほとんど本当だったら……?」

「アタシの武勲の片隅に置いてやるよ」

「わー。噂でよかったナー」

「な」


 異質なダンジョンよりも、隣の『金獅子姫』の方が危険かもしれない。

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