しろがねの『覇者』
金・獅子・姫
「お、野良勇者の時期か」
連盟本部併設の酒場。
今日も今日とて特にやることのないボクは、元気に包丁やフライパンと仲良くしている。
毎年夏ごろになると、王都から来た若い少年少女が冒険者を志して集まるのだ。
彼らはまだギルドに属していない個人事業主……一人しかいないので、当然筆頭冒険者である『勇者』扱いとなる。
ボクもまぁ、零細ギルドのマスターとしては、この子たちをスカウトしたい。したいのだが……。
「やっぱ『白』かな。遠征にも積極的だし」
「オレは『緑』。モテたいからな」
うんうん。
「『 黄』って素敵よね……パーズお姉様の血統術式、わたしも恩恵にあずかりたい……」
あー、パーズさんね。いいよね。美の化身みたいな人だもんね。
「ねね、『赤の夕暮』に興味ない?」
カウンターから身を乗り出して尋ねてみる。
「『赤』……⁉︎」
「『赤』だって⁉︎」
混乱は波紋になって、野良勇者たちに伝わっていく。
それも禁忌のような、公の場では決して……みたいな波だ。
「お姉さん、冗談でもその名を口にしちゃダメだよ」
「え」
「そうだよ。王都であんまりその名前出すと、後ろ指さされますから、気をつけてくださいね。ご飯おいしかったです、また来ます!」
「あ、…………うん」
えぇ……?
ボクっていうか、『赤の夕暮』ってどうなってんの……?
料理をして気を紛らわそう……。
いや、しかしなぁ……。
うーん。
涙が出そうだ。
「……テメェ」
ひとしきり落ち着いたころ、ガラの悪い声のかけられ方をした。
カウンターから覗き込んできたのは、絢爛な金髪の美少女だった。目元口元から獰猛な印象を受ける。
「『赤』の話してた……よな?」
「……まぁ、したけど」
嘘をつく理由もないので素直に答えると、金髪ちゃんはニヤァ……と犬歯を見せて笑った。怖いんだけど可愛い、危険な魅力がある。
「アガりいつ?」
「これ片付けたら」
「そっか。な、奢るからメシ一緒にどうだ」
◆◆◆
「リセ・ヴァーミリオンだよ。よろしく」
シフトが終わり、着替えて酒場のお客さん側へ。
足を組んで待っていた金髪ちゃんは、鷹揚に手を挙げてボクを迎えた。
名乗って、運ばれてきた飲み物を一口。このために生きてるからね。言いすぎたけど。ただのオレンジジュースだし。
「リオン・ゴルドプラウドだ」
その名前に、思わず吹き出しそうになった。
「ゥ、げほっ、げほッ……! 失礼……なんて?」
ゴルド……なに?
「リオン・ゴルドプラウド、だ」
「うわ、本物じゃん」
『
「うわスゴ……顔ちっさ……脚長ぇ……」
加えてこの美貌! 幼さの残る凛々しい顔立ち、獅子と謳われるに相応しい隠しきれない立ち姿、それら全てを気品として包み込む美しく豊かな金髪!
「……オイ」
「アッ、はい!」
ぶっきらぼうに、リオンちゃんが凄んできた。
怖い……のに、可愛い。どういうことだ。あたまがおかしくなりそうだ。
助けてアサナちゃん! と、脳内にアサナちゃんを座らせてみる。あぁー、すごいカワイイ……。こんなカワイイことある? あるんだよなぁ。
――よし。天秤は危ういバランスで保たれたぞ、と。
「失礼、失礼。それで、ボク……というか、『赤の夕暮』にご用でも?」
「いや。あんのはオマエだ、リセ」
睨……んでないな。目つきが悪いだけだ。
「王都でテメェのギルドの噂は聞いてる。そンで提案なんだが、どうだ? アタシに試されてみないか?」
……。
「せっかくだけど、お断りするよ」
「ハ?」
「お断り、します。依頼にしろ提案にしろ、態度が気に食わない。『金獅子姫』がどうした。冒険者のこと下に見るのは……そういう見方もあるからわかるけど、テーブルで顔を突き合わせてまでナメるのは違うだろ」
……あっ。言っちゃった。
「ごめんなさい。言い過ぎたかもしれません」
シバかれても仕方ないな。
と、思っていたが、リオンちゃんはニコニコしていた。えっ、いいの? むしろキレが振り切れてたりしてない?
「いや、いい。気に入った。態度が、ってのも悪かったな。そんなつもりはなかったんだがなァ」
照れたように、しきりに髪を掻き上げるリオンちゃん。
「悪りぃ悪りぃ。頼みがあるのはマジなんだ。頼まれてくれるか」
「…………謝ってくれたからいいよ。ジュースも奢ってくれてるし。で、なに?」
「Cランクダンジョン『覇者の迷宮』に連れて行ってくれ」
なるほど。
Cランク以上のダンジョンは、連盟が認定したギルド及びそのメンバー以外の立ち入りを禁じている。理由は単純に、危険だから。いかに『金獅子姫』といえど例外ではない。戦闘能力以外にも様々なものが求められる魔境なのだ。
ダンジョンのランク認定は、実力派ギルドが遠征ということで調査してたりとか、そういう感じ。チュートリアルはFくらい。アヴァロンはF、丘を越えるとDという扱いになる。
「いいけど……理由、聞いてもいい? リオンちゃんほどの人なら二、三ヶ月も冒険者やってればメンバーも集まるし、実績積んで新しいギルドでも作っていけるんじゃ?」
「ア? あァ、そーだな。それだと遅いんだよ。それじゃァ……」
言い淀むリオンちゃん。これ以上踏み込んで尋ねるのは野暮だろうな。
「誰にでも事情はあるよね。悩んでくれてありがと。じゃあ、行こっか」
「な……オイオイオイ! その、なんだ、準備とか、……理由の追求とか……はしねェのかよ」
「しないよ。理由は聞いてみただけ。普段使ってる道具はいつも持ち歩いてるし、万が一のことが起きても万が一だし、いちいち用意してたらキリないもん」
「……そういうモンなのか」
やや怪訝そうなリオンちゃんを連れて、ボクはいつもの『エントランス』に向かった。
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