破壊
「……セ」
声がする。
「リセ!」
ボクの肩を揺り起こしたのは、マクスウェルだった。
「え、なに」
ボクは木にもたれかかって寝ていたらしい。少し腰が痛い。
「あぁ、よかった。湖の美女さんを探して歩いていたら、リセが寝ていたものだから、心配でね」
「湖の……?」
寝ぼけた頭ではよくわからないが、……そうか、ボクはまだアヴァロンにいるのか。
「………………」
「リセ? 本当に無事なのか?」
「……あ、あー……うん。あんまり日差しが気持ちいいもんだから、つい」
「まったく。連盟に復帰したとはいえ、まだ零細ギルドなんだ。無理をするにしても、計画的にな」
「ありがと。お言葉に甘えて、もう帰るよ」
違和感のある右手でお尻をほろい、マクスウェルに手を振る。
「あ、そだ。湖の美女さん、どちらかと言うと美少女だったよ」
「……ははっ。それで、髪はピンクで料理上手だって言うのかい?」
「次はそうかもね」
腰の短剣を収めた鞘を二、三度撫でて、ダンジョンから出る。
「ム、んん……? び、美少年……⁉︎」
去り際にそんな声を聞いた。
以後しばらく、マクスウェルの性癖は破壊された上に他の泉の美女ファンももれなく壊れたのは……どうでもいいことか。
◆◆◆
「――ってことで、依頼達成です」
自宅兼『赤の夕暮』のギルドホームに帰ったボクは、そのまま通信魔術のスクロールを使って、依頼主のアサナちゃんに来てもらった。
今回の顛末を一通り報告したボクは、成果物である鞘をテーブルに置いて、疲れのあまり突っ伏す。
「お疲れ様です。本当にクリアできたんですね」
つやつやとした顔色で、アサナちゃんはニコニコとしている。朝日よりアサナちゃんの笑顔だな。浴びておこう。
「あの……お話をしても?」
「あッ、はい、ごめんなさい」
「こちら、今回の報酬です。ありがとうございました」
手提げのバックから皮袋を取り出したアサナちゃん。丁寧にテーブルの上に置く。
ゴトッ、て音がした。ゴトッ、て。
「……失礼します」
不躾ながら中身を覗くと……おぉ、二、三ヶ月はダラダラしても余るぞ……!
「こちらこそ、ご贔屓にしていただいて……へへ」
腕切り飛ばされた甲斐があったよ。腕……腕……。
「っ…………」
思わず、右腕を抱く。
「どうかなさいました?」
「いや、別に。虫刺されかなー? ハハ」
「もう。虫の一匹とはいえ、あなたの身体は次期シン王国国王のものなのです。気をつけてくださいね」
言い終えて、また一つ「もう」を重ねるアサナちゃん。
虫刺されでこれだから、もし本当だとしても腕落としましたーって報告したらめちゃくちゃ怒られそう。
デザイアの反応で先生に診てもらったときも、もしかしたらものすごく心配してくれていたのかもしれない。思い通りにならないなら手足を……とかも手段に数えているらしいし、ホントに気をつけないと……。
「あー。で、次の仕事は? どこに行けばいい?」
「とりあえず、私から急いでの依頼はございません。リサーチにも時間がかかるので……」
ずい、と皮袋が差し出される。
これでしばらく待っていろ、ということだろうか。
うーん……。
「それまで仕事はしない方がいい、ってこと?」
「いえいえ、そんな! アサナ・マゼンタスカイ、パートナーの生き方を強制しない伴侶です!」
「そ、そう……」
相変わらず圧の強いアサナちゃん。
「ただ、その……できれば、すぐ連絡ができるようにしていただけると助かります」
連絡、か。
「じゃあ……」
テーブルに置いた鞘を撫でる。
「エクス、起きて」
声をかけると、鞘がパッと光って、現れ出でる美少年……みたいな美少女。
「マスター、呼んだ?」
アヴァロンを構成していたインテリジェンス、エクスの登場である。
「は? え?」
目を白黒させるアサナちゃん。無理もない……なんせこのエクス、顔がいい。エクスの顔か、エルドラドさまの胸板か、というほどだ。
「呼んだ呼んだ。アサナちゃん、さっき説明した『鞘』のエクスだよ」
「初めまして、アサナさま。エクスと申します」
背筋をピンと張って挨拶するエクスは、ボクの右斜め後ろに着いて仁王立つ。
「こら。あいさつのときくらい頭下げなさい」
「しかし……」
「いいから」
促すと、不承不承を隠さないながらもお辞儀をしてくれた。
「マスターが礼を成せというから成したのだからな」
「エクス」
「……はい」
忠犬なのはいいけれど、見境がないあたり狂犬でもあるなこの子。犬というか剣というか、鞘なのだけれども。
「はい。えらいね、エクス」
「へへ」
「でもアサナちゃんは王族さんでボクの依頼主なんだから、ちゃんと礼を尽くすように」
「はぁい」
いい返事だ。誰に似たんだろうな。
「え、っと……リセさん? こちらの、少年は?」
「エクスだよ。女の子。アヴァロンの攻略条件で、インテリジェンスで、鞘。すごくない?」
「すごいことはわかりますが……すごすぎて飲み込みきれません」
「まぁすごいよ。驚かないでね?」
エクスに目配せをすると、待ってましたとばかりに数十枚の白紙をテーブルに並べて、手をかざした。
「通信魔術のやつ、お願いできる?」
「仰せのままに!」
エクスの手のひらから、血のように銀色が溢れ出し、白紙のそれぞれに魔導陣を描き出した。
「これ、は……⁉︎」
驚愕のアサナちゃん。ごめんね、心臓に悪いことを立て続けに。
魔導陣というのは、精霊銀を溶かし込んだインクで、…………なんというかこう、魔術的な意味を? あ、そうそう。精霊銀入りのインクで、魔術的記号、比喩暗喩の幾何学模様を書き込み、魔力を供給・循環させ、誰彼だろうと高度な魔術を実行できる代物。らしい。デザイア談。
「これ、持っててくれる?」
完成したものをアサナちゃんに手渡す。
これでヘンに待機したりとかもなく、アサナちゃんからの依頼に応えられるわけだね。
「――――あ、はい」
完全に放心してしまった。
ふらふらと立ち上がったので、エクスに付き添うよう指示。えー、とか、んー、とか言ってたけど、最後はお澄まし顔でアサナちゃんの従者として相応しいイケメンになり送っていってくれた。
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