先生・心臓・銀色

 未踏最前線フロンティアは、西にあるダンジョン群を攻略するためにシン王国が取り仕切っている街である。

 なんだかんだ数百年くらいの歴史があるらしく、ダンジョンを攻略しようとする冒険者、それらを雇用し食い扶持を稼がせてくれるギルド、各ギルドに依頼者を振り分ける連盟が発展していって、当然そこに生活が生まれるわけだから、街も成立するわけだ。


「先生、いる?」

 そんなわけで医者もいる。


「やぁ、リセくんじゃないか」

 くたびれ果てた白衣の女性が本当に医者かどうかはさておこう。


 ボクは先生に、なるべく継承のとこを隠して事情を話した。


「へぇ……『所有者を選ぶ財宝』と『耳鳴り』ねぇ……」


 へぇ、とか、ふぅん、とか言いながら、真鍮細工みたいなのがほどけて侵入した胸の辺りを冷たい指先で撫でる先生。


「その耳鳴りは今日が初めてかい?」

「うん」


「どんなときに?」

「えーっと……」


 なんか普通に話が進んでちょっと驚いている。普段なら気のせいだ、とテキトーな診療代替わりに料理を作らされていたのだが。


「あれ? これどういうこと? って思ったとき……かな。『アヴァロン』でアンデッド倒したときは落ち着いた女の人の声もして、疑問に答えてくれた」

「………………………………ほう」


 熟考の末、先生は奥の部屋からナイフを持ってきた。


「え、なにすんのそれ先生」

「平気さ。簡単な麻痺魔術はさっきかけたから。それと……」

「いつのまに……」

「入ってきて目が合ったとき」

 触診のときじゃないのか。

 驚く間もなく、さらにもう一つ魔術がかけられる。


「体力と魔力がある程度自動で回復する魔術……これでよし。目は閉じてても開けててもいいからね」

「だからなにすんのって」


 なんかここ最近イヤな予感ばっかりしてるんだけど。ねぇ。


「リセくんはこれからできる床のシミを数えているだけでいい……」


 艶美な言葉で唇を揺らす先生。

 うわー! もっとちゃんとしたシチュで聞きたかった! これからできるシミってボクの血じゃん!


「あんまり動くなよー。動くと痛いぞー」

「切るからでしょ? なんとかならない?」

「ならないから切って開いて確認するんだよ。はい、寝っ転がって楽にしてねぇ」


 あやすように、仰向けになったボクのお腹をポンポンしてくれる先生。優しくて好きになっちゃう……だが女同士だ。しかもこれからボクの胸をナイフで裂いて心臓を直接見ようとしている。


「はい、失礼しまーす」


 ……。


「皮膚は普通か。骨もまぁ、普通だな。よいしょっと。

 ん? んん? ほうほうほう!

 いや……あぁ、これか。はいはい」


 なんか一人で納得してる。一番イヤなリアクションだ。


「ン? あ、ねぇ。ちょっともらっていい?」

 なにを。

「――、――――」

 いや、だめだろ。と言いたかったけど、麻痺魔術のせいで喋れない。


「ありがとねぇ。診察代はチャラ、ちょっとお金もあげちゃうよ」


 ボクを魔物のドロップアイテムみたいな扱いするのやめろよ。この医院は換金もやってるのか? やってないはずだ。くそ……よほどボクが被験体として面白いのか、先生がお楽しみモードだ……!


「はい、閉じまーす。おやすみー」


 あ、催眠魔術……ハイ、リセ眠ります…………。



◆◆◆



「…………酷い目に遭ったな」


 不気味なほど綺麗に繋ぎ直された胸元の皮膚。有数の治癒魔術師はすごいな。これで人格も出来てたら最高だったんだけどな……と。


「アサナちゃん?」

 ベッドに突っ伏し、寝息を立てるアサナちゃん。

 おでかけ用のドレスを着ているので、根回し帰りにボクの様子を見にきたのだろう。なんでここに? ウゼンとサシロが教えたのかな……。

 

 窓の外はすでに暗く、起こすのは忍びなかったので、ボクが被っていた毛布をかけてあげる。くすぐったそうにアサナちゃんが笑ったので、起こしてしまったかと縮み上がったが、また穏やかな寝息ちゃんになったのでよし。


 寝台が四つ並んだ救護室を出て、ランプの灯りが漏れている研究室の方へ。ちなみに先生の医院は、救護・研究・診察・処置室の四つに分かれている。


「やぁ。半日ぶりくらいかな。結構早かったねぇ」

「……おかげさまで」


 まぁ、これでも名医だからね。腕だけは確かだ。ホント、腕と……顔とスタイルだけは。


「なんかわかった?」

「…………ふふっ」

 不敵に笑われた。


 乱雑な部屋に反し、整然と並べられた十体の人形が蝋燭の灯りに不規則に照らされて不気味だ。


「キミの豊かな質問は、以後すべてこのチョーカーが応えてくれるだろう」

 ポイ、と投げて寄越された。

 寝起きで雑なパスに応えられるか焦ったものの、そのチョーカーは吸い込まれるようにボクの手に収まった。


「ん。……うえぇ⁉︎ こッ、これ全部精霊銀じゃん⁉︎」

「あぁ。キミの胸から採れた……ものの一部だ。心臓全部精霊銀に置き換わってたよ。やぁ、驚いたねぇ。そう――精霊銀。最高の魔力伝導率を誇るダンジョンで採れる金属で、最高級の魔術触媒さ。これをひと掴みでも売れば、ワタシの医院くらい十年は昼行灯だよ。助かるねぇ」


 リセ・ヴァーミリオン……ドロップ:精霊銀塊。大体その辺でウロウロしており、ピンク髪だったり酒場の厨房によく出没したりで見つけやすい。


 魔物じゃん、扱いがさ。そうなっちゃうよ。

 ヤバくね?


 ボク一人狩れば一生遊んで暮らせるじゃん。


 ……まさか。


「ボクを売るのか⁉︎」

「売らないよ。大切な友人だしねぇ。……一晩ソレを着けて寝れば馴染むだろう。お姫さまと穏やかな夜を過ごしな」

 処置が終わった患者に、先生は興味を持たない。

 厄介者を追い払うように手を振る先生に頭を下げ、まだボヤつく頭を抱えて救護室に戻った。

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