「本当によかった」・「痛い」・「どういうことだ」
先述の通り、ボクたち探索者が挑むダンジョンというのは、めちゃくちゃすごい魔力で空間が歪んだものを言う。
当然起点となる遺物だったり魔物だったりが強力なほど攻略難度は上がるし、平たくいえばダンジョンの質が上がるのだ。
で。
「これがこの度回収を依頼させていただいた、シン=スカーレット家の家宝……血統術式のシンボルです」
シン=スカーレットというのは、
さて。そんな王家の血統術式のシンボル(王冠の形をしている。わかりやすい)だ。意味するところはもちろん、王位継承の証だろう。
「アサナちゃん……。でもアサナちゃん、マゼンタスカイって……」
「はい。それは母方の旧姓です」
うーん……。
う〜〜〜ん…………。
「ま、いっか」
偽名を名乗ったのも理由があるのだろう。きっとボクには推し量れない、深い深い事情だ。ウソをつかれてモヤっとしないでもないが、よくあることだ。気にしても仕方ない。
「話せば長くなるのですが……」
「なりそうだね」
王位争奪みたいな話だろう。シン=スカーレットの後継者候補がアサナちゃんだけとも限らないし、権謀術数とか勢力図とか難しい人間関係の話になりそうだ。苦手な部類である。
「深く詮索しないでいただけると助かるのですが……」
「いいよ」
そんなことよりゴールに着いて疲れがどっと来た。早く継承してもらって、家に帰って寝たい。
立ち止まったアサナちゃんの手を引く。が、頑として動かない。
「え」
ぐいぐい。お嬢さまはその細い足から根でも張ってるのか? ってくらいびくともしない。
「え、なになに」
「……仕方ありません。私が王位を継承したい理由……それは、ひとえに妾であった母の地位のためです」
「おいおいおい……」
勝手に話が始まったぞ……?
マジかよ。
せめて帰ってからじゃダメなのかな。
「アサナちゃん、とりあえず帰ろ? ウチでならいくらでも聞くからさ。ね?」
「私が王位を継承すれば、母は皇太后となります。そのために私は、三人のお兄さまたちよりも早くシンボルが出現するダンジョンを割り出し、……騎士団をお借りできない身空でしたので、ギルドを頼ることにしました」
祈るように手を組みながら語るアサナちゃん。面白い女だ。
「しかし、継承のことを話すわけにもいきません。先回り、横取りの恐れがありますし、お兄様たちもどこにアンテナを張ってるかわかりませんから。……えぇ。リセさん、あなたにお願いできてよかった」
話し終えたのか、アサナちゃんはゆっくりと王冠へ歩いていく。
戴冠式。文字通りのそれを想起させる厳かさである。
「ありがとうございます、リセさん。あなたにお願いして、本当によかっ痛ァっ!」
真鍮細工のような部分に指先が伸びたとき、バリアのようなものがアサナちゃんを弾いた。
「いっ、たぁー……」
手を振り、痛みを逃がそうとする少女。恨めしげにシンボルを睨み、再挑戦。ギャオ、とあられも無い悲鳴をあげて転げ回ることに。
「どういうことですか……」
「どうもこうも! お前にその資格がないからだよ、アサナ!」
よく響く、気品ある声。
「え、誰」
思わず聞いてしまった。
「よく尋ねてくれた。よくも尋ねてくれたな! シン=スカーレット王位継承権第二位、エルドラド・シン=スカーレットである!」
大きく胸を張る、毛先を遊ばせた金髪のお兄さん。なぜか腰に巻いたサッシュはたなびいている。
やや遠目で見てもわかる質のいい礼服と、やたら開かれた胸元……たなびくサッシュ。このお兄さんあってこの妹さんありか、とは口が裂けても言うまい。
「あー、すごい。やっぱ兄妹って似るんだね」
「こんな胸元男になんて似てません!」
「こんな側室の娘になんぞに似るか!」
怒ったときの目元とかそっくりだ。
「で。エルドラドさまはどのような御用向であられますか?」
「王位継承のためだ。そこのアサナから聞かされなかったのか?」
一際たなびかせ、左腕を中空にかざしてくる胸元王子。
「タイミング的には横取りってことですよね?」
「そうだが。アサナが今回の継承戦に懸ける想いは只ならないことは、火を見るより明らかだろう。だから我々を出し抜くため万策を尽くし、智恵を巡らせることも必然。ならば、誰より早くシンボルの現れるダンジョンを割り当て、必要十分な準備を整え、辿り着くのもまた当然。だろう?」
……なんか、すごい的確だ。バカみたいに胸板晒してるのに。
「随伴がキミのような無礼な小娘ひとりというのは唯一意外だったが、まぁいい。いずれにせよ愚妹はその王冠に拒絶されたのだ。拒絶されたのだ。拒絶されたのだ! ははは! お前が先にここを突き止めて、本当によかっ痛ァっ!」
「ウッソだろおい!」
バリアに弾かれた衝撃で、パツパツだった胸元の生地が弾け飛んだ。カットの立った立派な雄乳が露わになる。
「ん、っふ……」
「アサナちゃん、笑っちゃダメだよ……ング、ッフ……!」
「くそ……まだだ!」
さすがに気になるのか、サッシュで胸元を隠すエルドラドさま。なおも端の方は風に吹かれていて、胸の前で揺れている。
アサナちゃん同様、再び吹き飛ばされる美丈夫。
「どういうことだ……!」
こっちのセリフだよ。なんの漫才を見させられてんだ、ボクは。アサナちゃんは笑いすぎてお腹を抱えて悶えてるし。
「あの……帰っていいですか?」
結果はどうあれ、依頼も攻略条件も達成している。このフロアを出ればダンジョンの外に出られるはずだ。
「えっと、『赤の夕暮』を今後ともご贔屓に。いやいや、シン王国の歴史の一ページに立ち会えて、本当によかっ痛ァっ!」
フロア及びダンジョンから脱出しようとしたボクは、普段境界膜のあるところで弾かれる。
「どういうことだよ……!」
ワガママクラウンには触ってないし、なんなら背中向けて遠かったんだぞ。資格ナシのペナルティを喰らう謂れはない……ボクは無関係だ!
「……」
「……」
バカ兄妹の視線がボクに刺さる。
あと二人兄弟いるんだよな……とか思いながら振り返ると、アサナちゃんに肩を掴まれた。
「まさかとは! まさかとは思いますけどリセさん! アサナ・マゼンタスカイと申します!」
「なになになになに」
「特になにも。名乗っただけです。帰ったら報酬たんまりお出ししますね……あと、アサナ・マゼンタスカイと申します!」
「エルドラド・シン=スカーレットだ。リセ、というのか……いい名前だ。王族であるオレにへりくだらない、その豪胆な態度もいたく気に入った! 政治は得意ではないが、臣下臣民と心を交わす良い王国を作りたいと考えている!」
こっちも自己紹介を始めた⁉︎
ぐいぐいと、王位継承のシンボルに押されていくボク。
え。
まさか冗談だろ?
待て待て待て待て!
「ちょっと待ってなんかの間違いだって!」
王位継承なんだろ⁉︎ ボクには関係ないじゃん!
「やめ、やめろーッ!」
三メートルというところまで近付くと、飾り細工がほどけてボクに絡みついてきた。
「離せーッ!」
◆◆◆
継承してしまった。
細い金線がボクの心臓に刺さってきてからあんまり記憶はないんだけど、継承の間で目を覚ましたのでそんなに時間は経っていないのだろう。
「酷い目に遭ったな」
ちょっと息苦しいし。
伸びをして、お尻についた土ほこりを払いながら立ち上がると、アサナちゃんとエルドラドさまが膝をついてかしずいてきた。
「えぇ……」
帰ろ……おおごとにならないならないうちに……。
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