チュートリアル・異常・シンボル
「はじめまして。アサナ・マゼンタスカイです」
立ち上がり、しゃなり礼をする少女。
「ご丁寧にどうも。リセ・ヴァーミリオンです。あ、『赤の夕暮』のギルドマスターで、」
「連盟に干されていて、メンバーがいないのでマスター兼勇者、ということですよね?」
「お恥ずかしいことに……」
どうやらこの子、こっちの事情は大体知っているようだ。
ギルド内の筆頭冒険者を勇者という。
もっとも果敢に挑む、勇ましい者。ボクはそんな大層な冒険者じゃないが、ほかにメンバーがいないので繰り上げである。
「え。ってことは、一度連盟を通して来てくれたってこと、ですか?」
困ったことがある人は、基本的に連盟に相談し、その中で条件に合うギルドを斡旋される。基本以外だとリピーターとか、ふらっとその辺のギルドに顔を出して直接交渉するとかだ。
「えぇ。えっと、頭髪のすこし爽やかな方から、『赤の夕暮』ならきっと、と……」
えぇ……? あいつ直々に……?
「……それでアサナさん、ご依頼というのは」
ちゃちゃっとお茶を用意して、向かいに座る。アサナさんの豊かな黒髪からか、簡素ながら質の良いドレスからか、花の香りを煮詰めたようないい匂いがする……。
「はい。あるダンジョンに同行し、あるものの回収に協力していただきたいのです。依頼料はこれほど……」
指で提示された額は、なんというか、子どものおつかいの駄賃みたいなものだった。
いやなぁ……、とは思ったけど、アサナさんはとても困ったように唇を結んでいたので、ボクは請けることにした。
「いいよ」
「あ、もちろん達成のあかつきにはもっと、たくさん……え?」
「いいよ。請ける。請けます。……達成の、え?」
◆◆◆
出発!
主義として、ボクはほとんど手ぶらである。お父さんがくれた短剣と、塩や香辛料、ロープとマッチ、あと自決用の毒が腰のポシェットに収まっている。
「で、どこのなにが欲しいんですか?」
「いいですよ、敬語。私の方が歳下……みたいですし」
「じゃあアサナさんも。依頼主なんです……だし」
「うん。改めてよろしくね、リセちゃん」
ふんわりとした笑顔だ。
ボクもなぁ……こんなふうに笑える人間になりたかったなぁ。ま、悔やんでも仕方ないけど。
「よろしく、アサナちゃん」
「リセちゃん」
「アサナちゃん」
「……ふふっ」
「……ははっ」
「……やっぱり慣れてるので、敬語で話しますね、リセさん」
……道中。
目的のダンジョンについては教えてくれたが、目的のモノについては秘密とされた。なにか事情があるのだろう。
で、そのダンジョンなのだが。
「ホントにここなの?」
未踏最前線フロンティアから少し進むと、ダンジョンの入り口が無数に連なったほら穴に着く。
ほら穴の中は入り口からは想像もつかない巨大な空間が広がっている。
岩肌には扉(のように見えているだけで、実は違うらしい。なにを言っているんだ)が無数に連なり、それぞれのダンジョンに入れる、という仕組みだ。
で、このダンジョン。
「ここ、初心者冒険用のダンジョンだよ?」
「はい! ここに用があるのです」
「慣らし? いいね。慎重なのは大事だよ」
ダンジョンっていうのは、ほぼ例外なく"膨大な魔力で屈折した空間"だ。
織り込まれ折り畳まれた澱おりの檻。
そんなもんだから、慣れてない冒険者は魔力中毒とかで気分が悪くなる。
中でも負担が一番少なく、ほとんど魔物のいないこのダンジョンは、初心者のチュートリアルには打ってつけというわけだ。
「いいえ」
と。
アサナちゃんは力強い眼差しをボクに向けてきた。
「慣らしとかではなく本番です。マジのやつです」
「そっか。ごめん」
「いえ、こちらこそ……。こんなとこに用があるとは思いませんもんね。では、改めてよろしくお願いします」
頷きあい、二人で扉を開く。
瞬きをすると、今までいたほら穴と同じ質感の洞窟にボクたちは立っていた。
「これが……」
吸って、吐いて、よしってするアサナちゃん。いいなぁ、初々しいなぁ。
「大丈夫? 目眩とかない?」
「はい。うん、うん、うん……平気です」
「ならよかった」
顔色も悪くないみたいだし、進んでみよう。
「で、まだなにを取りに行くか教えてくれないの?」
「すみません。でも、行けばわかりますよ」
「うーん。ま、いいや。任せるよ」
ダンジョンにはそれぞれ攻略条件がある。
入口のとこに戻ればいいやつもあれば、特定の条件をクリアしないと出られなかったり、色々。
ここは"一番奥に辿り着くこと"。それ以外での脱出は不可能だ。なので、ここから出られれば冒険者としてとりあえず一人前である。わかりやすい。
「あやあ⁉︎」
変な声を上げてボクに跳びつくアサナちゃん。うーん、柔らかい。
「あー、ネズミだね。ちょっと気をつけながら下がってて」
ボクたちと出会した数匹のネズミは、通り過ぎるでもなく引き返し――ダンジョンの奥へと帰っていく。
コイツらは斥候だ。彼らのボスに新しい獲物の発見を伝えるための遣い走り。
やがてのしのしと太々しい足音。じゅうじゅうと鳴く無数の声。
体高一・五メートル(四足歩行)、重量二百キロ(平均)。ラージラットのお出ましだ。
チュートリアルとはいえ出るもんは出る。逃走が勧められているが、腕に覚えのある初心者は倒したコイツの尻尾を持ち帰る。そうなったら期待の大型新人だ。
特徴らしい特徴はないものの、デカくて重くて俊敏かつ狡猾、更に獰猛! フツーに死ぬ相手、ラージラット。戦闘が長引けば長引くほど不利なので……
「せー、のっ――」
術式励起。
心臓から全身へ、血液に魔力を乗せて。
「必殺パーンチッ‼︎」
まだ彼我の戦力差を計りかねているやたら広い額に、腰の入った右ブロー。
別に、殴り殺すのが目的ではない。
ラージラットをはじめとする魔物が持つ構成核。体内にあるそれを目がけて、振動を打ち込むのだ。
ボコボコと肉体を沸騰させるようにして膨れ上がるラージラット。爆発すると同時、核もまだ砕け散り、巨体が霧散していく。先に核を潰しちゃうと尻尾は取れないから、スーパールーキーの称号が欲しい子は気をつけよう。
「よっし。行こ、アサナちゃん」
「は、はい!」
返事がいい。可愛いなぁ。
チュートリアルの攻略ルートは二つ。時間をかけて迂回するか、ラージラットを倒して近道を進むなどして、一番奥に辿り着くこと。
「そういえばアサナちゃん。向かうのは、一番奥でいいんだよね?」
「ええ。一番奥です」
ぽやぽや歩いていると、さっき聞いた重めの足音。
「二匹目⁉︎ なんで⁉︎」
「リセさん……!」
さっと下がるアサナちゃん。
しかし。一度の探索でラージラットが複数出るというのは、前代未聞だ。
そもそも作り出すための魔力も、維持するための魔力も、生息するためのダンジョンの広さも足りない。無理無理無理の助、存在できない、しないはずなのだ。それがなぜ。
「必殺パーンチ!」
ともあれ必殺である。
「必殺パーンチ!」必殺!」必殺パンチ!」必」必・殺・キック!」
立て続けに五匹。合わせて七匹いた。どうして……。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
「リセさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。へーきへーき。あと二、三匹なら余裕だよ」
……。
「ウソだろおい!」
十八匹目……!
だんだん慣れてきたアサナちゃんも魔術でお湯を出して休ませてくれてるけど、そろそろ限界だ。
「え、なんでこんなに棲んでるの……」
「普通どのくらいなんですか?」
その辺にへたり込んで、お茶タイム。いいな、水生成と火炎生成の魔術……便利だろうな……。
「普通は一匹……。ダンジョンの魔物は、ダンジョンの魔力量とかに左右されるからね。すごい美味しい。ありがとね、アサナちゃん」
「どういたしまして。やっぱり、リセさんに頼んで正解でした。とてもお強いんですね」
キラキラした憧れの目線。
「ボクはまぁ、それこそ普通だよ。血統術式も、魔術特性も他と比べたらそうでもないし」
「それで干されてたんですか?」
「失礼だな! そうかもしれないから困るんだけど!」
「う、ふふっ。リセさん、面白い方なんですね」
ひとしきり笑い合って休憩終了。
さらに二匹目倒して、もうメッチャ心臓バクバクだけど最奥へ。
「なにこれ」
本来『おつかれ』って立て看板(チュートリアルなので、気を利かせた先駆者が立てたらしい)があるのだが。
「これがこの度回収を依頼させていただいた、シン=スカーレット家の家宝……血統術式のシンボルです」
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