王位継承・百合ハーレム・ダンジョン

人藤 左

王位継承

勧告・ぼんやり・来客

「リセ・ヴァーミリオンに通告する」

 重々しく、ギルド連盟長のゲンナイさんが書状を読み上げる。


「貴君がギルドマスターを務める『赤の夕暮』は、長きにわたって十分な加盟金も満足な成果も残していない。先代であり貴君の父君であるソロイ・ヴァーミリオンが盛り立てた非常に有望な加盟ギルドであり大変心苦しいのだが、今月末如何によっては除名処分とさせていただく。以上」


「おい待てよハゲ、好き勝手言いやがって」


「ハゲ……⁉︎」

 ゲンナイさんがわざわざ聞き返すものだから、立ち会いに来た他のギルドマスターも押し殺した笑いを会議室に響かせる。


 しかし、理不尽な話だ。なんと理不尽な話だ。


「ろくすっぽ仕事も客も斡旋しないで何が連盟だよ。おかげでこちとら去年からスカンピンで、斡旋があったと思ったら酒場したのキッチンときた。お腹すいてるやつに美味い料理作らせて食うメシは美味いか⁉︎」

「いや、リセの料理は美味いよ」

「黙ってろッ!」

 立ち会いのマクスウェルがとぼけたことを言うので、先程ハゲのゲンナイが読み上げてくれた紙を丸めて投げつける。


「とにかくだ、リセ・ヴァーミリオン! 貴君がいかに暴言を吐こうが悪態をつこうが、滞納と実績不満は事実だ。いいな、今月末までだぞ!」

「ちくしょう! しばらくあんたの分の食べ物の塩分控えるのやめてやるからな!」

「なッ……。ええい、マクスウェル、つまみ出せ! 話は終わりだ!」

「それは依頼ってことでいいのかな?」

「やかましいな貴君も! 出来高で報酬をやる!」

「承りました」


◆◆◆


 鍋振りのコツは遠心力だ。

 鍋底を半円とし、その上の空間にもう半円を仮想して振るう。

 そうすれば満遍なく熱も通るし味も整うし、なによりボクみたいな女の細腕でも無理なくこんな鉄の塊をガチャガチャできる。


「リセー! ゲンナイさんもうすぐだから、取り分けといてくれー!」

「はーい!」

 キッチンの向こうから、酒場の店主バリスさんの銅鑼声が響く。

 ゲンナイさんは塩分とかの数値が非常にやばいので、最後の味付けの前に小さめのフライパンに移し、出汁などで仕上げる必要がある……って、さっき控えるのやめてやるっていったばかりだったな。


「…………まぁでも、それはダメだろ」

 少し迷ったが、料理で憂さ晴らしは違うだろうと思い留まり、いつも通り特製のものを仕上げた。……一口もらっちゃお。


「お、今日もリセちゃんいんじゃん」

「ラッキー! いやぁ、クエスト帰りにリセちゃんのメシ食えるなら報酬ナシでも文句ねぇよな」

 嬉しいこと言ってくれる客がきた。


「いらっしゃいませー!」

 挨拶は元気よく。気の滅入りはじめはこれが効く。

 クエスト帰りの冒険者はいい。みんなお腹が空いていて、生きて帰って来れたことを確かめるようにたくさん食べてくれる。万来万来、万々歳だ。


 と、思いきや、その二人がボクが父から継いだギルドのメンバーだったので、緩みかけた口元がキュッとなる。


「ウゼン、サシロ、久しぶり。……ね、クエスト帰りってなに?」

 非常に申し訳ないが、ギルド筆頭冒険者……つまり勇者である二人……にすら仕事が回ってこない状況だ。それもこれも、どこかで我らが『赤の夕暮』にいやがらせでクエストを斡旋しないのが問題なのだ。あのハゲめ。……いや、これはボクが解決すべきことなのだけれども。


「いやね、俺たち先日『緑の細波さざなみ』にスカウトされまして」

「事後報告になってすみません。でも、ちゃんとよそでもやっていけるって、リセちゃんに安心してほしくて……!」

「スカ、ウト?」

「引き抜きともいうけど……」

「本当にごめん、リセちゃん。でもこれで『赤の夕暮』はギルドメンバーゼロ人、ギルドマスターは酒場で大人気の料理人! いいじゃないですか。ソロイさんも、リセちゃんに苦労してまでギルドマスターやれって言いませんよ、きっと」


 少し手が震えてきた。


「ね……ねぇ! 考え直してくれないかな? 今はまだ……だけど、絶対仕事取ってくるから。ね、ね?」


 鍋を置いて、カウンター越しに二人に詰め寄る。

 ウゼンとサシロは、やれやれとばかりに肩をすくめた。


「『緑』のマスターに聞きましたよ? 連盟から干されてるらしいじゃないですか」

「今まで辞めてったやつらも、そう聞かされてたそうですよ。あ、これ教えたのは善意です。諦めは早い方がいいでしょ?」


「じゃあ……『赤の夕暮』はどうなるのさ」


「加盟金払えなかったら、ギルド連盟から抜けさせられるんですよね? 仕方ないじゃないですか。なんなら、そっちの方が俺らも都合がいいですし」

「そうですよ! リセちゃんも、慣れないギルド運営より、酒場で働いてた方が絶対いいですって!」


 二人はまっすぐ、そんなことを言った。

 確かに、ここでの仕事も楽しい。みんなボクの作った料理を美味しそうに食べてくれて、クエストから帰った冒険者たちを迎え送り出すというのはギルドマスターでも料理人でも大差ないだろう。


 ふと。首にかけた、『赤』のギルドマスターの証である木彫りのネックレスを握りしめる。


「…………そっか。教えてくれてありがと。……。よく無事に帰ってきたね、二人とも! なに食べたい?」



◆◆◆



 酒場のアルバイトを終え、夜。


 後片付けとかは正規スタッフさん達がやってくれるのと、明日は休みなのも相まって、ボクは帰ってぼーっとしていた。


 自宅兼『赤の夕暮』ギルドホームは、ひどくがらんとしている。


「お父さん……」

 ギルド運営許可証の楯。

 これを見るたびに、がんばろうって思える。

「とは言ってもなぁ……」

 より深く、ソファに体を預けた。

 楯の横の所属冒険者の名札は、ボクのもの以外全て外されている。


「…………」


 …………。

 ……。


「……いてて」

 知らないうちに寝てしまっていたようだ。体がちょっと痛い。


 あくびを一つ。顔でも洗って、今日は酒場のバイトは休みだし依頼人探しにでも行こう


――と。



「おはようございます」



「わ、ぁああっ⁉︎」

 我ながら素っ頓狂な悲鳴が出たものだ。


 いや、受付のソファで寝過ごしたボクが悪いんだけど。完全に気を抜いて大あくびをかいたボクが悪いんだけど。


「お、お、おぉおぉおぉ、お客さんっ⁉︎」

「……? はい、依頼に参りました」


 お客さんだ⁉︎ なんで? ギルドだからか!


「あ、あっはい。ありがとうございます! 顔、洗ってくるので! 少々お待ちください!」

「はい♪」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る