夢見るへっポコ兵士。

玉子入りピスト

脱走兵



ある兵士は辟易していた。

今日もいつも通り将校からイチャモンをつけられて殴られた。



1度は良いのだ...何故か今日は3度も...!

彼は怒っていた。



彼は皆が寝て小を足しにいく真似をしてその建物から出た。この日があると信じて彼は小に行く回数を増やしていたのだ。

策士である...!



彼と彼の仲間が寝ていたのはなんの変哲もない灰色のコンクリートで覆われた棺桶である。



彼は方位磁針だけ持っていた。

目を凝らすと南の方角に見張り番が2人見えた。彼はその方角に向かいたかったが仕方なく一旦東に向かうことにした。



彼のいた建物にも実は見張りがいたのだが霧が入り込んで来たため見つからぬと踏んでいた。



脱走兵対策に精を出さない上が悪いのである...!



違う方角に歩くといっても小さな盆地なのでずっと見張り番が見える位置にいた。

1人が背もたれに頭を着いたりつかなかったり眠たそうな中、もう片方はずっと下を向いていた。寝ている訳ではなく、ずっと自分の靴の具合を見ていたのである。



そんな内にそんな彼らも見えなくなる程離れることに成功した。

盆地を見渡せるような高台に来た兵士は盆地が霧に覆われているのを見て、なるほど、このように不利な位置に拠点を置くような無能な将校がいちものでは無駄死にをするだけであろう...!、と思った。



幸い盆地の外では月の光が彼の助けになった。

少しして、彼は南に向かい始めた。

歩く間に彼は残してきた戦友や憎たらしい将校達の事を思い出していた。



名前は忘れたけれどもあの顎髭が生えた弱々しいゴリラのような彼もこんな状態じゃ我々の軍は負けてばかりだろうと言っていた。



どれだけ敵に押されようと自分より身分の低い者が代わりに死んでくれると本気で思っている将校がいたはずだ。



自分の軍に文句をつける中敵国の事も思い始めた。



ただ彼は殺した経験があっても敵国について詳しく知ってる訳でもなく大体は妄想の域を出ないものであった。



敵は自国の数倍の兵士でジワジワと襲って来ている、敵の飛行機の夜襲が多いのは彼らの国では寝るのが遅いからであろうなど、そんなに憎いわけではなかった。彼の仲間が殺されても戦争なのだからある事なのだと彼は思い切ったし、むしろ敵の技術の高さを感心する機会があったほどである。



だから彼は今このように脱走兵になったのかもしれない。

彼は歩き続けた。日が昇る前にできるだけ距離を稼ごうとした。



でも彼はそんなに心配はしていなかった。

彼の部隊だけでも今月で2人脱走兵が出た。しかし彼らを追いかけた、処刑したという噂すら入ってこなかった。

それ程までに追い詰められているのだ。



捕まった後にどうするか考えた。

彼が脱走しようとした一つの理由に敵国語が少し話せることにあった。

幼い時、よく休暇中に訪れた国である。

だから彼にとっては敵国は悪の象徴には見えなかったし敵兵は悪魔には到底見えなかった。



だから戦争が終わったあとは敵国に住んでも良いかなとも最初は思っていたが国に残してきた犬と母(彼は母のことよりも犬のことを最初に思い出した。)の事を思い出してナシだと思った。



そんな事を思っている内に自分が月明かりに照らされている訳でないことに気づいた。

赤白い太陽が登り始めたのである。


真っ赤っかなリンゴである...!と彼は何故か思った。


彼はもう自分の人生を他人に任せる決心を付け、持ってきていた銃、ヘルメットなどを外して寝る時のような服装で再び歩き始めた。




少し先の山の麓にポツポツと家が見えた。

自分の部隊が先月撤退する時に通った道なので彼は覚えていた。

敵兵がいるかなと期待して彼は寄ることにした。

夜の静けさと違い、鳥の鳴き声がうるさくなり彼の中の緊張も現れ始めた。どういう訳か鳥に自分が貶されているように感じるのである。

そんな鳥を見つけようと鳴き声の方に目を向けるが見つけることはなかった。



ようやく村に繋がるであろう土の道を見つけた。



村の住人に途中であったが反対方向に走っていった。敵のゲリラであろうか。



村に入った時住人達は家の中から、ドアから窓から彼のことを見つめていた。



兵士は敵兵の存在を探した。あれだけ決心をつけたのになぜか心臓が荒ぶり始めた。



ただその存在はなかった。

そんな中、青年たちが家の外から自分のことを眺めていることに気づいた。

彼らは兵士のみすぼらしい服装を自分たちの服装と比較して何かおかしく思っているのか静かに笑っていた。



ここは、敵国側か。と彼らの会話をほぼ理解出来ないことから判断した。

ただ彼は自国側のここら辺にある田舎の訛りの強さを知らなかったため敵側と思い込んでいたのである。



その青年たちのうちの1人が近づいてきて何か言った。兵士はもう理解しようとすらしなかった。だが..



「ハチ...ハヂ、ハジ!クルマ...クル..」



手の動きを見るに端のことかと理解した。

彼は理解している。なんせ自国語なのであるから。しかし、私には言語の才能、言い過ぎか、いや少しはあるはずでは..と道の端に寄りながら考えていた。



あまりに考えていたものだから道の端を通り越して水溜まりに足を踏み入れてしまった。



兵士は後ろから今まで以上に視線を感じていたが振り返る気にはならなかった。



そうこうしているうちに村外れにまで来た。

敵がいないことにホッとしながらこのままでは降参なんて出来る状態ではないなと分析した。



細道がずっと続いていると気づいた彼はそれを辿り続ける事にした。



敵に捕まった時の事を考えるつもりだったがさっきの村での会話で緊張が解れたのか村での出来事について考え始めた。



いくら自分の服装が惨めだったとしてもあんな未開の地の住人が笑う立場にあっただろうか、いやないはずである。では何に笑っていたのであろうか。兵士を笑うという行為は当然怒りを買うので命が惜しければ普通はしないはずである。自分の髪がおかしかったのか..



そう考えて考えて俯いて歩いてる彼は車両が通った跡を見つけた。一昨日雨が降ったので最近のものであり、敵軍の可能性があると考えた。そろそろ会うだろうと。



日が落ち始めて少し経った時、彼は高地にフッと見えた。隠れるように工夫されている建物の端が見えた。

それが敵軍の建物であると認識するのに時間は対してかからなかった。



彼はそのまま向かえば良いのに今までの慣れ、恐怖心の為か出来るだけ近くまで見つからないでみようとした。



兵士はその選択が死に近づくものだと気付いた、だが止めなかった。彼は自分が幸運であると信じていたからだ。

自軍の建物から気づかれずに出れたし、今まで不運な事が起きていないためである。



光が消えてゆく中彼はひたすら物陰から物陰へと移動し近づいていく。



ヒソリと近づいて、遂には見張り番の兵士の顔が見える所までバレずに来た。



あとは兵士の勇気だけである。



彼らは互いに顔を向けあって笑っていた。

自軍では見られない笑い、であった。

そう、敵軍の方が余裕があるのだと彼は思った。だからこそ彼の心を揺さぶった。



彼は前へ出た。開き切った道へ。



さっきいた位置でも気が付くには十分な距離だが話に集中していたのか彼らはようやく物音が聞こえる距離まで気づかなかった。



緩んでいた頬が強ばり、目を見開いたのに気付いた。



だが見張り番達は兵士が銃を持っていない逃亡した者であると分かると片方が建物に向かっていった。



もう片方は銃をこちらに向けながら立っていた。彼は兵士が言葉を理解していないと思い独り言を呟いていた。(兵士も全て理解出来る訳では無いが。)



「こいつ...自由になる...が来るだろう...厄介...」



彼は確信した。

自由...ようやく自由が手に入る...

兵士は苦労が報われたと確信し笑いそうになった。

ここまで上司の仕打ちを耐え、常人では食えないモノまで食わされてきたのだ。



しばらくするとさっきの見張り番ともう1人の男がやってきた。

男は見張り達よりも少々身だしなみが立派であり、右脇にノートだか報告書らしきものを持っていた。ここに脱走兵の記録を残すのであろう。上司に違いない。






彼は連れていかれた。

崖に。



ん...?何故崖に移動するのだ...

淵に立たされた彼はようやく自分の状況を正常に判断出来た。未来も予測出来た。




余裕があって戦争に勝ちそうな敵国...ではないのか...?




崖の下には自分と同じ軍服の人形ふたつが寝ていた。




敵にはマシな将校がいると...思った...独断で。




報告書を書き終えた男が見張り番に合図を送った。




ほかの脱走兵は...村に逃げた...から車で...?




2人の兵士から銃を向けられている。




なんで...敵兵は怖くないなんて思ったのだろうか...独断...。




見張り番達の不貞腐れる顔を眺めていた。






兵士は人形となった。


口角をあげて、諦めたかのように。


安らかに眠っている。



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