第4話

大人として

社会人として


恐怖に負けて言い訳の為に自分に招いたその言葉は、著しく自分の行動を制限した。


まだまだ幼い俺の心は、大人として、社会人として行動することを本気で望んでいなかった。


よく判断ミスをし、ドジを踏む。

社会人としてそれは恥ずかしいと心の声が自分を責める。

「何度やればわかるんだ!?」

「お前は誰よりも劣っている」

「お前に未来はない」


心の言葉通りにすれば自分がきたえられて、いつしか逞しい自分になれると信じていた。


良き社会人に

立派な大人に


心の声は父に似ていた。

母に似ていた。

従順な社員を育成しようとする組織の教育係りに似ていた。

心の声は自分を逞しく成長させるどころか、消耗させていく。

やる前に「考えが甘い、失敗する」とアドバイスし、失敗すると「それ見ろ、やっぱり失敗したろ」

と得意気に語る。

何故か、心の声と同じことを言うような人間関係に身を投じ、やっぱり自分は間違っていなかったと確信する。

俺はおっちょこちょいで衝動的だ。

だから石橋を叩いて壊すくらいのやり方が丁度いいと、自分の可能性を制限する。


心の声の言葉は痛かった。奴は一日中わめき散らしていた。

嗜虐的で容赦がなかった。

「そこまでやらなくても」

まともな人は言う。

「お前に何がわかる?」

自分に救いの手を差しのべる人の手を払い、一緒に地獄行きの片道切符を買った奴らと地獄に向かって突き進んでいく。


大人として

社会人として

望んでもいない道を正しいと信じて



また、悪夢を見るようになった。

心の中の小さな声が「このまま行くと自滅する」と伝えていた。

それはいつもの父や母の声にかきけされる。


17歳から十年が過ぎた。

一人の女性に出会った。

透き通るような白い肌

完璧な美しい笑顔


彼女はありのままの自分を受け入れ、胸を張って逞しく生きていた。

そしてずっと俺自身が嫌って受け入れられなかった素の俺自身を好きだと言ってくれた。

素の俺自身の可能性を信じてくれた。

はじめ、俺はそれを受け入れられなかった。

心の声がずっと彼女の言葉を否定していたからだ。

それでも彼女は辛抱強く俺を見守ってくれた。

俺は少しずつ人の心を取り戻した。

幸せで幸せで仕方ない

「この幸せが長く続くはずがない」

心の声

彼女が好きで好きで仕方ない

「長く一緒にいればいるほど別れは辛いぞ、今すぐ別れてしまえ!」

心の声


失いたくない 離れたくない

何年経ってもその気持ちは変わらなかった。

「やめろ!」

初めて声を荒げて心の声に逆らった!

「俺は絶対に彼女と別れない!

俺は必ず彼女と幸せになる!」

心の声がわめいている。

無理だとか諦めろとわめいている。

「諦めない!」

いつも心の声に対して俺は相談口調だった。

いつもろくな答えが返ってこなかったのに、何故か相談口調だった。

だけどこの時、はっきりと俺は自分に言いきった。

「俺は彼女を諦めない。」


タイムスリップして、30歳の俺に会いに行く。

見た目だけは貫禄がついているが、まだまだガキだった。

また、再び愛を失う恐怖に震え迷いながら生きている。


「よう、随分楽になったみたいじゃないか?

心の声に逆らうなんて大したもんだ。」


三十歳の俺は少し考えて言った。


「好きなんだ」


俺は正面から30歳の俺を見る。

恐れと決意が入り交じった目をしている。

まだ脆い。

何かの切っ掛けで、この決意は崩れてしまいそうだ。


「何があってもその気持ちは貫き通すんだ。

自分が相手と釣り合わないとか考えるんじゃない。

先のことなんて考えるんじゃない。」


伏し目がちな三十代の俺

素晴らしい出会いと引き換えに何かを置き忘れている。

「だけどこれまでだって、ずっと上手くいった試しがない きっと今回も」

言葉をさえぎる。

奴よりもっと大きな声ではっきりと言う。


「お前に未来のことの何がわかる?

お前は神様か? それとも予言者か?

そもそも彼女がお前と別れたいと言ったか?

言われたとしてお前は彼女と別れられるか?」


30歳の俺は激しく首をふる。


「俺はいつだってお前を大切にする。

お前たち二人を大切にする。

お前も自分自身を大切にするんだ。 そうすれば、彼女を今よりも大切にできるだろう。

彼女がお前にしてくれたように」


30歳の俺は頷くと、両親との思い出をその場に捨てて、胸を張って歩いて行った。

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僕はADHD 文明 @20131130

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