第一ノニ 優しい世界で

正愛まさちか従兄にいちゃんっ」


 深夜ふかやさきを助けた、三十代前半に見える体格のいい男は、彼女の従兄妹で唯一の味方である宝新ほうじん正愛まさちかだった。


「あっぶね! もう少しで俺の顔が串刺しになるとこだった!」


 正愛まさちかは咲と共に起き上がると、振り向いた。地面にはつるが掠った事で切れた自分の髪の毛が落ちていた。


「おーおー、悔しがって蔓がウネウネしてらぁ。へへっ、ざまぁみろ! バーカバーカ!」


「……お従兄にいちゃん」


「何だー?」


 振り向いた正愛まさちかの向こうで、くろ浜茄子ハマナスが蔓を手のように振り下ろし、地面を叩いていた。それを見た咲は、小さくため息を吐いた。


「私より子供っぽいとこ、直した方がいいよ」


ひでぇなー、小さい小さい咲ちゃんは、子供っぽい俺も好きだって言ってくれたのに、よっと!」


 背後から蔓がしなり、風を切る音が聞こえ、正愛まさちかは側転し避けた。


「時と場合によるよ」


「どんな時でも場合でも、俺を好きでいてくれると思ったんだけどなー、はっ! よっ!」


 蔓は避けられ続けた事で腹を立てかのように、正愛まさちかばかりを狙ってきた。だが、正愛まさちかは体の柔らかさと身体能力を活かし、前転や、時にはSF映画のように、体を後ろに倒し避けていた。


「キリがねぇな」


 避けても、舞い散る花びらに触れ、くろ浜茄子ハマナス化する建物や野良猫などの生き物、信号機やバス停、次々と化け物花は増えていく。


「どうする咲。身を隠せる場所はー……、ねぇだろうが、探して作戦会議するか?」


「……あの人たちの家に戻る」


「……は?」


「どうなったか気になるから」


 咲は真っ直ぐ、親戚の家を見ていた。絶望の屋敷を。それを見て、正愛まさちかは深いため息を吐きつつ頭をかいた。


「咲ちゃんは優しいからなー。一度言ったら聞かないし。仕方しゃーねぇ、戻るか」


 二人は並んで走り出した。


「ちゃん付けしないで、私、高校生だよ」


「んー? そうだったかー? 俺にとってはずーっと苺パンツの可愛い咲ちゃんのままだぞー?」


「……もう穿いてないから」


 咲が少し拗ねたような声を出すと、


「ははっ、わりわりぃ」


 正愛まさちかはケラケラと笑った。









 二人があの家に戻ってくると、


「咲! 戻ってくるのが遅いじゃないか! 早く! 早く助けなさい!」


 唯一の生き残りらしい高級な白地に赤い牡丹柄の着物を着た家主の老女が、古い刀を振り回しながら振り返り、絶叫した。

 老女の周りには、家族だったであろう、くろ浜茄子ハマナス化した人の手足などが血まみれで落ちていた。


「…………」


 酷い扱いに慣れているせいか、咲からは怒りも悲しみも感じないが、


「——」


 正愛まさちかは眉をひそめ、嫌悪がわかりやすいほど表れていた。


「何ボサっと突っ立ってんだい! 早く助——」


 老女は言葉を最後まで紡げなかった。助けを求めた口からくろ浜茄子ハマナスが咲き、膝から崩れ落ちた。


「ちっ!」


 正愛まさちかは老女が落とした刀を瞬時に掴み、家主を完全にくろ浜茄子ハマナス化する前に、


「がああああぁっ!」


 口から貫いた。


「ままままままままままままままままままままさままままままままままままままままままままままままままままままままままマサチカァー!」


 かつて老女だった者は、正愛まさちかに手を伸ばし、黒い泥状になり溶けて死亡した。


「こんなもんじゃねぇからな、お前らが咲にやってきた事は」


 正愛まさちかは刀を勢いよく振り下ろし、泥のようで血のような黒いものを振り払った。


 咲は、頭を少しだけ下げ目を閉じ、


「……次は、次は、優しい世界で会えたらいいですね」


 かつて老女だった黒い液状のものを祈った。







 — — — —



 あとがき。


 安心してください、穿いてないですよ、ということで(笑)


 えー、の咲も、の咲も、願いは一つ。“優しい世界”。


 次回、第一話のあの謎の声がまた出てきます。

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