第22花 惨劇前夜

 その日は年に何回かある、咲の家系の親族会議だった。


 近くの料亭を貸切、行われていた。


 さきは未成年という事で、不参加でも許された。


 この年に何回かある会合が、唯一咲が解放される日だった。


 正愛まさちかは酒豪だったが、もちろん不参加だった。

 咲の傍にいるために。


 こうして、夜。

 二人は性のけだものがいない家の縁側に座り、月を眺めていた。


「あーあ、このまま時間が止まればいいのに。な?」


 正愛まさちかは月を見上げたまま言った。


「……うん」


 咲も月を見上げたまま言った。


「そうだ! 俺な、企業チームに入れる事になったぞ!」


「きぎょうチーム?」


「そ、新体操の。この間スカウトされてさ、なんかでかい企業でスポンサーもついてるらしい」


「すぽんさー?」


 まだ四、五歳だった咲は、知らない言葉をオウム返ししていた。


「ははっ、咲には難しい言葉ばっかだったな。悪い悪いっ」


 正愛まさちかは笑っていつも咲の頭を撫でていた。


「——おにいちゃん、そうやってすぐ子供あつかいする」


「俺から見ればまだまだ子供だ。けど、喜べ!」


「何を?」


「ここから出られるんだ!」


 咲は目を見開いた。


「スポンサーがな、マンションを経営していてな、そこに住まわせてくれるらしい。部屋が決まったら、お前を連れて行くからな」


「……ここにいなくていいの?」


「ああ」


「……あのおじちゃんたちとお別れできるの?」


「そうだ!」


「——……」


 咲は静かに、大きな粒の涙を流した。


 正愛まさちかは咲をそっと抱き締めた。


「スポンサーとの打ち合わせや、マンションの契約で家を離れることが増える。また辛い思いをさせるけど、我慢してくれな」


「大丈夫。さよならできるなら耐えられる」


「そうだ、さよならできる。警察にも児童相談所にも話はしといた。ここから出たら、お前との接近は禁じられるはずだ」


「……そしたら、もう気持ち悪いことされなくていい?」


「ああ」


「おにいちゃんとずっと一緒?」


「そうだ、俺と二人で、ずっと」


 正愛まさちかは、咲の小さな手に、自分のを重ねた。


「——うれしい」


「俺もだ。今から考えとけよ。俺と何したいとか、どこ行きたいとか」


「うんっ」














 月は、満月は、全てを見ていた。

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