第9話 エグい魔法

 朝、俺は朝日に照らされて珍しく早い時間に起きた。とは言っても朝の9時なのだが。俺はお腹辺りに少し温もりを感じながら上半身だけ起き上がり、ぐうーっと伸びをする。その時、お腹辺りに感じた温もりの正体が分かった。


「……奈乃?」


 そう。俺のお腹辺りに温もりを与えていたのは奈乃が俺に抱きついたまま寝ているのが原因だった。俺はどうすればいいのか分からず、少しの間固まったが、意を決して奈乃を起こすことにした。


「奈乃、起きろ。」


 奈乃の体を揺さぶる。「んーんー」という少し不機嫌そうな言葉とは言えない声を発しながら奈乃は更に俺に抱きついてくる。

 そろそろ苦しくなってきたんだが…

 奈乃の両腕は俺のお腹を少しずつ、けれど着実に締め付けてきていた。


「おい…奈乃…起きろ…!」


 俺が苦しそうにそう言いながら奈乃の頬をぺちぺちと叩くと、奈乃はまだ意識がはっきりとしていないのか、眠そうな目を此方に向けてくる。


「…………!!!!!!」


 この状況を見て、少し無言の時間が流れたあと、奈乃はやっと状況を理解したのか、目をパッと見開いて顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。


「目は覚めたか?」


 嫌味混じりに俺がそう言えば、奈乃が恥ずかしくて泣きそうと言いたげな目で俺を見る。


「ごめん!七音!」


 奈乃は泣きそうな目でそう言った後、顔を真っ赤にしたまま一目散に外へ飛び出していった。


「…なんでごめん?」


 俺は混乱はしていたが、あの状況はあの状況で眼福だった。五感全てで楽しめるってのはああいう事なんだろうな。


「まあ、良いか。」


 今日は何すっかな〜と、つい昨日あんな事があったというのにのんびりとそう言う。


「それにしても、あいつみたいな奴がまだ居るかもしれねぇのか。いや、あいつもまだ生きてるんだったな。」


 俺たちだけしかこの世界には居ない事を願ってはいたが、昨日の一件がある以上、俺たちやあいつ以外にもこの世界に居ることは十分ありえる。それに、あいつは昨日俺の前から逃げた。つまりはまだ生きているということだ。"管理者"としての力はもう殆ど使えないだろうがな。


「さて、魔物狩りでも行くか?あれ、そういえばレベル戻ってなくね?」


 ベッドの側に置いた刀を見る。その全体的に黒を基調としており、鞘には所々に桜の模様がある。その刀は、間違いなく『妖魔刀:宵桜』だった。この刀は、本来エンドコンテンツ的な扱いをされていたが故に、装備条件に『190レベル以上』という鬼畜な条件に設定されていたのだ。もし190レベル以下であれば装備は疎か、アイテムボックスから取り出せない、正にタンスの肥やしとなる様な代物なのだ。


「"管理者"よりワールドプログラムに申請。」


 そう言って俺は"管理者"を発動し、宙に浮かぶハッカーの様なパソコンの三面モニターをじっと見つめた。


『"管理者"、皇七音の申請を却下します。』


「…は?」


 思わずそんな素っ頓狂な声が出てしまった。そりゃあそうだろう。何せ、つい先日まで使えていたはずのものが急に使えなくなってしまったのだから。


「"管理者"よりワールドプログラムに審議を申請、並びに却下の理由の開示を願う。」


 厳粛な声でそう言えば、相変わらずの感情の篭もっていない機械音声の様なものが脳内に流れる。


『申請を受理します。……審議の結果、″管理者″皇七音は″管理者″の権限を剥奪されております。』


 は…?何を言ってやがる…?俺が剥奪したのはあいつの″管理者″だけのはず。俺に影響が及ぶはずが…


『……却下の理由、改め剥奪の理由を開示します。一、″管理者″の権限を酷使し過ぎていたこと。二、格下だが、同じ″管理者″の権限を剥奪したこと。三、ワールド保全システムの発動の副作用によるもの。以上、三つの理由により、″管理者″皇七音の管理者権限を剥奪しております。』


 なるほどな。このゲームの作者は″管理者″を持つ製作陣に権限を悪用させない為にこういうシステムを組み込んでいたわけか…


「″管理者″の権限が戻るのはいつになる?」


『……審議の結果、ワールド保全システム、並びに″管理者″羽宮源太の権限悪用などを阻止する為に権限を酷使したと判断、三日後に″管理者″皇七音の管理者権限を返還します。』


 あの単細胞、羽宮源太って名前だったのか。知らなかったな。いや、あいつには殺意しか湧かなかったから名前なんぞ興味無かったんだが。


「分かった。″管理者″よりワールドプログラムに申請の終了を告知。」


『了解しました。″管理者″の告知により、申請を終了します。』


 さて、ひとまず安心だな。″管理者″の権限が使えないとはいえ、三日後には戻るのならば気長に待って経験値稼ぎでもすればいいだろう。だが、レベルの方はもうどうにもならないだろうな。これからは″管理者″の権限を酷使しすぎないように気をつけなければいけない。今までのようにバンバン使っては本当に権限永久剥奪とかになりかねないだろうし。


「よし、俺も外に行ってくるか。奈乃を探すついでに魔物狩りでもするとしよう。」


 ″管理者″が使えなくても、俺には全て使うことができるからな。色々と試すいい機会だ。『190レベル以上』の条件の最強武器もアイテムボックスに全役職分入れてることだしな。


「楽しみだなー!腕が鳴るぜ」


 1人で不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、俺は外に出てあの平原に行く。


「まずは…"魔法使い"を試してみるか。」


 そう呟いて俺は職業を"魔法使い"に変更した。ついでに、"刀"には"侍"という役職名を、"銃"には"ガンナー"という役職名を付けておいた。

 流石にモロ武器の名前が役職名というのはいささかどうかと思った。きっと"侍"と"ガンナー"も武器の名前からちゃんとした役職名に変わって嬉しいことだろう。うん。

 俺は1人でそう勝手に納得した。"魔法使い"に変更した瞬間、俺の着ていた和服はネクロマンサーのような西洋風の服に変わり、長い黒のロングコートの様なものを着ていた。性能はこの世界随一だろう。


「いくら性能が良くても、この見た目だと俺がラスボスなんじゃね?」


 思わずそう言ってしまうほど今の格好は人型のイケメン魔王だ。そうじゃなければ暗殺者だ。いくらなんでも敵側みたいな黒ずくめの格好だ。所々に赤だったり白だったたり、銀のか肩パッドとかもあしらわれているが、それでもこの格好はラノベの魔王だった。

 いや、格好良いよ?格好良いけどね?もうちょっと主人公的な感じにしてくれても良かったと思うんですが…!?


「あ、そうだ、杖も…」


 そう言えばアイテムボックスを漁って杖を取り出す。


「詳しく見てなかったのもあるけど、これはかなりゴツくねぇか?」


 恐らく、いや、確実に、奈乃のあの杖よりもゴツイ。何せ、俺のこの杖は"魔法使い"のエンドコンテンツ的装備で、この世界の最強装備の一角。持ち手には黒曜石の様に黒く頑丈な素材が使われており、先の方とは反対側に当たる部分には真紅の小さな宝石があしらわれ、奈乃の杖の先の方にあったあの天体の様なやつ、あれが俺の杖の場合は黄金に眩く光輝く宝玉があり、宝玉には付いていないが、周辺にうっすらと透けている黄金の翼が見える。あの天体のみたいなやつのインパクトはかなり強いのだが、これも同等以上のインパクトがあるだろう。


「まぁ…いいか。」


 落ち着け、と自分に言い聞かせ、俺は茂みから飛び出してきたスライムの群れと対峙する。


「良かった。ちゃんとバグは修正できてるみたいだな。」


 そう安堵の声を零しつつ、俺は今使える最大の攻撃魔法を放とうと詠唱を行う。大魔法のその先、究極魔法。こればかりは流石の俺でも詠唱をしないと発動させれなかった。詠唱は流石に恥ずいのだが、しないと発動させられないのだから仕方がない。


「我こそは魔の深淵に迫りし者。汝に魔の真髄を見せて進ぜよう。」


 短すぎる詠唱だな。そう思った人も少なくないだろう。だが、俺にはこれで十分だ。まあ?他の人なら?もっと長い詠唱を必要とするけどね??


「跡形も残さず消え去れ。〖時空界崩滅核覇〗ニュークリア・エンド・オブ・ワールド!」


 その魔法を発動すると、平原を丸ごと飲み込んでしまいそうな程の太さの滅びの光で包んだ。

 無論、俺ごと。ま、術者にはダメージは与えられない魔法だから影響は無いのだが。てか、こんなエグい魔法、序盤の雑魚モンスターの定番とも言えるスライムの群れなんかに使うもんじゃねぇな。いくら無限湧きするとはいえ。ま、思いっきりぶっぱなすのも楽しかったし良いか。


「よし、魔法の光も消えたし、次試すか…って、あれ……?」


 俺はしくじった。威力が強すぎて緑豊かだった平原が巨大なクレーターと共に焼け野原みたいになっていた。不謹慎な例え方をすると核爆弾が沢山落ちたみたいな跡。俺に影響が無いし初めて使う魔法だったというのもあり、どれくらいの威力なのかが分からなかった。これは流石に封印か…?まあ、明日には元に戻っているだろうし、無限湧きのモンスター達に影響は無いだろ。絶対、多分 、 きっと…。


「次は……もっと自重して弱めの魔法にしよう…」


 俺は誰もいない焼け野原で引き気味でそう呟くと、次はどうするか…と、俺は本来の目的である、"奈乃を探すこと"を忘れて魔法をひたすらぶっぱなして威力を確かめることに没頭した。

 因みに、ひたすら魔法をぶっぱなした焼け野原は、焼け野原よりも更にかなり酷い惨状になっていた。焼け野原の地形はクレーターの様にボコボコに抉れ、所々に地割れでも起きたのかと思うほどの亀裂が地面に入っていた。


「流石にやり過ぎた…何か無いか…?」


 ヘルプの中からひたすらに元に戻す方法を探る。"管理者"なら一瞬で教えてくれるため、"管理者"の有り難さを更に思い知った。


「"管理者"があれば一瞬なのに……あ、あった!」


 そうボヤいたのとほぼ同時に、それっぽい魔法を見つけることが出来た。それは、時間魔法の上級魔法。対象の時間を任意の時間まで巻き戻すというもの。世界全体や動物に適用させる場合は別にある最上級魔法の方を使わないといけない。ただ、今回は草原だし大丈夫だろう。


            

「よし、やるぞ…時間魔法〖時間遡在〗リワインド・タイム


 見るも無惨な姿になっていた草原全体に青白い光を放つ巨大な魔法陣が出現すると、俺の魔法によってクレーターだったり地割れのようになっていたりした場所が元の均等な高さに俺以外が逆再生されたかのように戻っていく。そして、初撃でできた巨大なクレーターと焼け野原となった草原がまた逆再生されたように戻っていき、元の緑豊かな草原へと戻った。


 




 


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バグだらけのゲームみたいな異世界に転生したヘタレは卑怯な手を使って成り上がる 星月 @erutya

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