第3話
面談を終えてウツボ山課長から、三人の誰が良いと感じたかと訊ねられ、良いも悪いも保護者つきの相手に業務説明しただけの玉木としては、良いも悪いも吟味しようがない。業務も簡単なものなので誰でも変わらないと思った。しいて言うなら素直そうな相澤さんだと引き継ぎやすい気がする。
「相澤さんはちょっとな、って思うんだけど」
課長が言う。相澤さんとは三人のうちで一番若く、緊張からか業務説明の際にいくつか行き違いがあった。そこを指してのことだというのは分かったが、見る目も堪え性もないなという感想だった。実際に引き継ぎを行う人間に同席させたのは、そういった意見をすくい上げるためでは無かったか。
谷さんは華やかで押しが強く、元生保レディで、笑顔を作り慣れている感じがあった。
もう一人の候補者の佐々野さんは、スキルに自信があり、笑顔は作らず、一番カジュアルな格好で来ていて、なぜかキャラクターものの手帳を使っていた。
どちらも癖が強く、玉木よりも歳上で、引き継ぎのイメージはあまりわかなかった。
「スキルの面で見て、佐々野さんではないでしょうか」
「そうね、俺もそう思ってた」
面談はしたって、結局スキルで取るよね、と玉木はある種安心した。玉木が別に職を探そうとしたときに、相澤さんの素直さも谷さんの華やかさも出せないからだ。
だが実際に入ってきたのは谷さんだった。バブルの香りのする、美魔女の、ヒールのない靴は持っていないという、ちょっと若すぎないかというモチーフのネイルの、甘い声の、谷さんだ。課長曰く、佐々野さんは他の会社に決まってしまっていたということだ。
とはいえ谷さんも、勤務開始予定の日から二週間遅れて入社した。家庭の事情、ということだがその日から勤務開始出来るという条件で募集しているものに応募するのが普通だろう、と苛ついたし、そこで相澤さんに繰り下がらず谷さんを待つという選択になる課長が分からなかった。要するに初手から舐められているのだと気づかないものだろうか。
谷さんの都合で勤務開始予定日がずれたことにより、引き継ぎ期間は三日しかなかった。谷さんを待つ間、新しい業務の説明を受けつつ、今までの業務の簡単なマニュアルを作った。なにしろ三日で全て伝えきれるはずがないのである。
業務が始まってみれば、同じ課だから、分からなければ都度聞いてくれとは伝えたが、谷さんはウツボ山課長にすぐに相談しに行くし、説明したはずのことを聞いていないというし、マニュアルを収めた共有フォルダもほとんど開いていないようだった。
「引き継ぎ期間が短いから仕方ないよ、玉木さんのせいじゃないから」
とウツボ山課長が言うたびに玉木は全部ひっくり返して帰りたくなった。勢いのまま飛び出して帰ったとしても家まで二時間はかかる。その道のりを思うだけで馬鹿らしくなって冷静になる。
ひと月経った頃には課長と谷さんは同世代の気安さで仲良くなっており、谷さんが就業中も机に置きっぱなしの個人のアイフォンの画面に課長からのラインメッセージのポップアップが見られるようになった。というのは玉木が特別注視していた訳ではなく、谷さんの業務を手伝っていた際に、無防備にぽこんと表示されたのを見てしまったのだ。職場で仲良くするならもっと隠せよ、と思う。
――さっきはおにぎりありがとう。愛してるよ
語尾にはハートだ。
おにぎりって何だ。マジモンの手作りおにぎりでも気持ち悪いし、何らかの暗語だったらさらに気持ち悪い。双方既婚者でバブル世代で何をやっているのか。玉木は見ないふりをしたが、谷さんは気づいていないのかどうでもいいのか、気にしていないようなのも不快だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます