第2話

 そういえば過去に読んだ漫画では、北極だか南極だかの氷から発見されたウイルスをもとに生物兵器が作られており、恐ろしい怪物となり東京湾で暴れていた。いや映画だったかもしれない。まあよくある設定ということなのだろう。

 玉木はその記事のコメント欄を見なかった。記事を繰り返し読み、そして他のサイトでの報道を探し、さらには翻訳元となった海外のニュースページにも飛んだ。

 玉木は少年でもなく、2000頭のトナカイでもなく、炭疽菌でもなく、解け出した一頭のトナカイの死体にでもなく、永久凍土という言葉が好きだと直感で思った。

 永久という響きがまずいい。永久と言っているのに解けてしまっているというのもいい。永久凍土の定義を検索したら、二年以上にわたり継続して温度0℃以下、ということらしく、永久を謳うわりに意外とゆるい条件だ。玉木は既に五年今の職場で働いていて、凍土の条件にてらせば今の玉木は永久である。

 永久といってもたった二年か、と鼻を鳴らしかけたところで、自分が一年更新の契約社員の身分であることを思い出して、ああ解けたのは自分のような弱い部分の凍土だったのだと思い直した。深いところにある本当に永久を約束されたような凍土は、うっかりトナカイの死体を解け出させて、しかも炭疽菌を撒き散らすなどということはしないのだろう。でもどうせいつか解ける運命ならば炭疽菌のひとつやふたつ、放り出してやりたいものである。

 永久凍土、そんなクールな存在で居続けられるのは正規雇用社員だけなのかもしれない。ならじゃんじゃん温暖化が進んでもう全部解かしちまえと思ったところで、ウツボ山課長と派遣の谷さんのメッセージのやりとりを思い出してマスクの下で舌を出した。吐き気をもよおすほどではないが、「げえ」という嘔吐の気持ちが反射として表情に出る。

 車窓は東京湾をひたすらに映し続けている。そこに眉をしかめた玉木がいる。

 マスク時代に突入してから、表情筋が統御できなくなっているのを感じていた。

 玉木が、同じ課内で別の業務に移ることになった際に、業務を引き継いだのが派遣の谷さんだ。派遣会社の担当を伴った面談を、三人した。玉木は紹介予定派遣から契約社員になったクチだが、自分の時には通常の面接と同じ形式で一人で上役のずらりと並ぶ机に相対させられた。派遣法的にそれはNGだと知ってはいたが粛々と面談を受け、そして入社した。

 谷さんは派遣会社の担当者に付き添われ、小さな会議室で、課長と玉木だけを相手ににこやかに挨拶し、業務説明を受けるだけでよく、その時点でうっすらと嫌いだった。

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