凍土に夢見る

髙 文緒

第1話

 人新世を憎みながら玉木は今日も七時十五分発の通勤快速に乗る。前に座る男がゲップをして、メタンガスだ、と思う。

 通勤圏内、かつ夫婦の年収で買えそうな家を探した結果、都心まで片道二時間の内房エリアに居を構えた。これからどれだけの年月、東京まで停まらない通勤快速に乗り続けることになるのだろうか。合間の駅を飛ばしてひたすら走る通勤快速は、通勤のための輸送車両だ。

 単純に通勤時間と予算を考えて自分たちで選んだとはいえ、輸送されているという感じを毎日新鮮に味わい直すことになるとまでは予想できなかった。

 職住近接がかなわない日本の現状をひととおり嘆き、都内での乗り換えの人混みに疲れ、どこに文句を言えばいいのか考えた結果、しばらく「都市計画 失敗」「日本 都市計画 おかしい」などで検索する日々が続いた。結果、なぜか都市計画に関しての本を一時期続けて読んでいた。つまり誰が悪いのか、と探る気持ちで読んだ。通勤快速は、都心の乗車率200%超えの列車に比べて空いては居る。人に触れ合わずに本は読めるが座れない、というくらいの混みようだ。

 誰が悪いのか結局分からないし、そもそも難しいので理解が出来ないと気づいた頃にクッキングパパの全話無料配信があり、その期間中にはひたすらクッキングパパを読んだ。

 博多に住んで、職場からそう遠くないアパートを借りて、スクーターで通勤する生活というものを夢想しながら、保育園への預け時間が十時間にわたる我が身と我が子を考えたりする。育休明けの時短勤務を利用してこれだ。無理でしょう、この先。と思う。

 荒岩家への僻みも持ちつつ、それでも何も考えずにただハッピーな漫画を読めるのは、都市計画への憎しみを募らせるよりも健全な感じがして良かった。全部料理で解決できたら、こんなにシンプルなことはない。生協の冷凍さば味噌煮ときゅうりのスライスにインスタント味噌汁の夕飯で解決できるものはあるか否か。とりあえず腹は満ちる。

 クッキングパパの配信期間も終わる頃、次の通勤時間のすごし方を考えねばならなくなった。もう都市計画論の本は読む気がしない、と開いたニュースサイトで、コメント欄が面白いということを発見した。以降は、コメント欄を眺めるという無為の行為に浸ることになった。

 極端な意見には返信が三桁はつく。今日はこの「愚」を見ようとタップする。そのとき玉木は興奮している。苛立ちにむけてクラウチングスタート姿勢を取っている。

 都市計画論の本は誰が悪人なのかを書いてくれていなかったし、賢い人が集まった末に失敗していま輸送されている、ということしか分からなかった。ニュースサイトのコメント欄は、愚者が愚者らしくしているうえに、玉木もその一部なのだと思えるので、こんな者共は輸送しておけば良いのだと苛立ちの末に諦められる。

 しかし流石に不健全であるという自覚はある。せめてニュース自体に興味を持てるようになろうと古い記事を漁っていた際に出会ったのが、永久凍土から解けだしたトナカイの死体についていた炭疽菌が解凍され、生きているトナカイ2000頭に感染しそれを殺し、拡大し、人間にまで到達したというニュースだ。

 到達した先がまだ幼い少年で、少年は死亡した。なんといたましい。恐ろしい。ということでニュースになって日本のニュースサイトにまで掲載されているわけだ。

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