蛍怪異奇譚

玉楼二千佳

第1話 怪しい二人


夕暮れ時に、彼らは綾詩野商店街に引っ越してきた。1人は2mを越えた赤ら顔の大男と、もう1人は癖のある銀髪で左の前髪だけを伸ばした青年。


青年は、窓際にあるソファに座り込み、足をコーヒーテーブルに乗せている。


「坊ちゃん、足を退けてください。そこでご飯を食べるんだから」


大男が注意した。少しムッとして青年・蛍はコーヒーテーブルから足を下ろす。


「……地獄から一度も休まず、人間界に来たんだから」


文句を言いながら、蛍はそっぽを向いた。


「はいはい。それは私も一緒ですよ」


大男の三吉は、そういいながらキッチンに入る。


この建物は3階建てで、3階はそれぞれの自室、2階はキッチンとリビングで、1階は事務所として使用出来るようだ。


そしてまず初めに、蛍と三吉は人間では無い。三吉は鬼だし、蛍は得体もしれない。


はっきりしている事は、蛍は閻魔大王の次男という事だろう。


「さて、文句ばかり言ってないで、閻魔大王のお使いを片付けましょう」


彼らが人間界に来たのは、地獄の閻魔大王の命令である。


実は、先日地獄にある鬼門という場所の門番が何者かに倒された。

鬼門は、普段は地獄にいる妖怪達が出入りする場所で、閻魔手形がないと通れない。

この閻魔手形は、閻魔大王の審査をクリア出来た者だけが体に刻む事が出来る。

今回、門番が倒された事により、閻魔大王が審査していない妖怪達が解き放たれてしまったのだ……。


「せっかく人間界に来たんだし……」


蛍は楽しそうに声を弾ませた。


「なんかしたいんですか?」

「人間の女の子を飼いたい」


三吉の盛大なため息が部屋に響いた。蛍は窓際の方に寄って行き、窓の外を見た。


窓の外からは、隣の建物が見えていた。


「坊ちゃん。人間は犬畜生ではないんですよ」


と、三吉が蛍を窘める。しかし、蛍はまるで聞いていない。


蛍は向かいの建物の様子を見る。建物は、下は店、上の階は住居でこちらと似たような感じらしい。

上の方を見ると、エプロンを身につけた若い女性が料理をしている様子が見えた。

女性は夕飯の準備なのか、キッチンで料理をしている。鍋の様子を見ながら、何かをフライパンで焼いている。

主婦にも見えるが、まだ若い。人間より目がよく見える蛍は、女性の顔がはっきりと映る。


タレ目で長い髪をハーフアップにして、柔らかい表情に見える。エプロン姿がよく似合っていた。


そのうちに、少年と中年の男が入って来て、蛍は旦那がいたのかとがっかりしてしまう。


「……なんだよ」


旦那というには、歳をとりすぎている気もするが……。


「坊ちゃん!聞いているんですか?」

「聞いて……」


いると、蛍は言いたかった。しかし、目の前に恐ろしいものがあったのだ。






────────────────



食卓には、なずなが作った料理が並んでいた。鮭のムニエルにカラフルなサラダ、味噌汁、それと大量に作ってしまった里芋の煮物。


「姉ちゃん、まだこれ残ってたの?」


弟の弘海が口を尖らせて言った。


「仕方ないでしょ。お客様から頂いたのよ」


以前、父が撮った家族写真がとてもよかったと、客からお礼に里芋が送られてきたのだ。


「いいじゃないか。弘海。煮っころがしは美味しいぞ」


そう明るい声で言ったのは、父の良介だ。


「あ、そうだ。なずな、少し古いんだが、友達が一眼レフをくれたんだ。パパのはあるから、お前が使いなさい」


良介の提案に、なずなは目をきらきらさせる。


「やった!じゃあ、明日から私も写真撮ってもいい?」

「うーん。まだダメだ。もう少し仕事を覚えてからだ」


なずなはがっかりして、肩を落とす。父のアシスタントとし半年。まだ、デジカメ以外の自分専用のカメラは持っていない。

専用のカメラが貰えれれば、本番をやらせて貰えるかもと思ったのだが。



「あれ?お向かいさん、明かり付いている」


なずなはふと、外を見た時に向かいの部屋の電気が着いているのに気付いた。


「ああ。明日にでも挨拶……明日は朝から撮影だったな。なずな、悪いけど明日挨拶お願いしていいか?」

「え?分かったよ。お菓子も用意してあるし」


なずな達は、頂きますと言ってご飯を食べ始めていた。



(お向かいさん。どんな人だろう?)


なずなは、それが自分の運命を変える相手だとその時は気付いていなかったのであった……。







誰も知らない、誰もいない場所で人知れず菊の花は芽吹いたのであった。

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