ある小説投稿サイトの悲劇

異端者

『ある小説投稿サイトの悲劇』本文

「小説投稿サイトを我が社も始めませんか?」

 社員Aがそう言ったのは、居酒屋だった。

「はあ? そんなもの、誰が見るの?」

 上司Aは既に酒が入った顔で聞く。

「いや……だからですね、有望な新人を集めるために……」

「サイトなんて、アダルト以外に見る人居るのか?」

 今度は上司Bが言う。

 そうだった。

 上司Aはパソコンと電卓の違いすら理解できず、かたや上司Bはインターネットがアダルトサイトを見るための物だと思い込んでいた。

 ――こんな所で話してもなあ……。

 とはいえ、社員Aがこの話を切り出すのにはここしかなかった。

 2人とも、まともに仕事をしておらず、何を言っても空返事。会議の時は寝ているのが当たり前。つまり、重要な話を社内でしようとしても機会が無いのだ。

 だからこそ、一縷の望みをかけて酒癖が悪い彼らに他の社員と共に付き合ったのだが……。

「近年では、若者の小説離れが進んでいますしね」

 その時、社員Bが言った。

 社員Bは普段口数が少ない方だが、仕事はできる方だ。正直、年功序列の傾向が強いとはいえ、この上司たちより立場が下なのは理解できなかった。

「他社も、小説投稿サイトを運営して、そこで人気が出た物を書籍化という例もあります」

 社員Bははっきりとした口調で続けた。

 良かった。社員Bは後押ししてくれるようだ――社員Aはほっとした。

「それなら、とりあえずやってみるか」

 上司Bが適当にそう言って、小説投稿サイト『ヨムカク』の運営が始まった。


「いや、ちょっとこのレイアウト……見辛くないですかね」

 社員Cは言いづらそうに言った。

「はあ? どうせパソコンで小説読む輩なんて変わり者だけだから、大丈夫だろ?」

 上司Bは手で追い払うような仕草をしながら言った。

「は、はあ……そうですか……」

 場所は社内。ヨムカク運営特別チーム内。オフィスの一角をパーティションで囲ってとりあえず設置した部署だった。

 とりあえず……ということで、割り当てられた人員はごく少数。社員A、B、C、D他数人と責任者として上司Bだった。

「あの……ランキング上位がエロ小説ばかりなんですが……」

 社員Aも言いづらそうに言った。

「は? エロが売れるのが当たり前だろ?」

 そう答えた上司Bのパソコンの壁紙はAV女優のヌードだった。

「いえ、健全なサイトとしてそれはどうかと……」

「あぁん?」

 社員Aは負けじと続けたが、上司Bが不機嫌そうな声を上げた。

「ネット掲示板への書き込みでも『ヨムカクはエロ小説サイト。エロしか流行らない』とありますね」

 社員Bが援護してくれる。

「それで? 閲覧者は減ってるのか?」

「いえ、徐々にですが増えてきていますが――」

「なら、放っておけばいいだろう」

 そう言われると、社員Aはこれ以上何も言えなかった。

「念のため、火消ししておきましょう」

 社員Dはそう言った。

「火消し?」

「複数人の書き込みに見えるように偽装して、『エロしか読まれないというのは、お前らの小説が面白くないからだ。面白い作品は正当に評価されている』という旨の書き込みをします」

 社員Dがそう言うと、社員Cは「またか」といった顔をした。

 社員Dはパソコンに詳しいという触れ込みでこの部署に配属されたのだが、実際には偽装やステマが得意な詐欺まがいの男だった。

 これまでにも、何度も一般人を装ってこういった「火消し」をしていた。

 こうして、小説投稿サイト『ヨムカク』は今日も何事もなく運営をしていた。


 そんなヨムカクも、とうとう大規模なコンテストを開くことになった。最優秀賞には賞金に加え書籍化が約束されたコンテストだった。

 その機会を待ち望んでいた作者も大勢いたのか、すぐに応募数は1,000作品を超えた。

「あわわ……こんな数からどうやって選べば……そもそも、これ全部読むのに――」

「そんなの、読まなくていいよ。評価の高い奴から引っ張ってきて適当に受賞で」

「し、しかし、相互評価等で読者の評価は誤魔化されることも――」

「はあ? そんなもの、こっちの知ったことじゃない!」

 上司Bがそう言うと、社員Cは黙り込んだ。

 相互評価――誰かを評価してお返しに評価してもらうという方法だ。内容を読んだ上ならまだいいが、読まずに評価だけして「お返し」を期待する輩も少なくない。それがまだ、5件や10件やらなら可愛いものだが、100件以上そういったことを繰り返す輩も居るからたまったものではない。

「念のため、中間選考にはあえて読者の評価の低い作品もランダムで入れておきましょう。そうすれば、馬鹿な作者は読んで評価されたと錯覚します」

 社員Dがそう言った。やはりこういった卑劣なことには長けた奴だ。

「それにしても、評価の高い作品には卑猥な単語が――」

 社員Cはおどおどしながら言った。

「うるさい! 売れればなんだっていい! 受賞して、出版することになったらタイトルをちょっと変えればいいんだ! あいつら馬鹿だからそれで誤魔化せるだろ!?」

 上司Bがそう言うと、もう社員Cは何も言わなかった。

 既に各地の小中学校のPTAから、ヨムカクはあまりの卑猥さで「有害指定サイト」扱いを受けていた。作者の中でも、まともに書いても評価されないということでヨムカクをやめてしまう人が多数出ていた。

 コンテスト読者ランキング上位の作品には、相互評価とエロタイトルが並んでいる。

 社員Aは思った。こんなのはまともなサイトじゃない、と。

 確かに閲覧数は増え、それに従って広告収入も増えた。だが、その実は工作とエロで成り立っている。

 ――俺が望んでいたのは、こんな掃き溜めじゃないよなあ……。

 社員Aはポケットに忍ばせておいたをいじりながら思った。


 数日後、ヨムカク運営にはクレームが続々と届いていた。

 あの後、社員Aがポケットに入れておいたボイスレコーダーで録音した運営の内情を、匿名でインターネットに流したのだ。

 最初は捏造だと白を切っていた運営だったが、社内でもそれを聞いて言ってくる人が出てきた以上、対処せざるを得なくなっていた。

 上司Bはもっと上から「お叱り」を受けて処分されることとなった。

 そして、サイトの目立つ所に謝罪文が掲載された。

 もっとも、運営内部では上司Bと社員Dを除き、不満をあらわにすることはなかった。皆、嫌気がさしていたのだ。不健全な投稿等やそれに対する不誠実な対処に。

 それでも、一気に健全になったかといえばそうでもないが……少なくともその一歩には違いなかった。


 ――どうか『カクヨム』はこうなりませんように。


※この物語はフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません。

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