第8話 豪邸

幼い時分の月崎ディアナは、金持ちは宮殿のような家に住んでいるものだと固く信じていた。植物などの繊細な装飾が施された鉄格子のような門扉に守られ、家屋の前には噴水を中心に置いたロータリーがあり、一度玄関の先に足を踏み入れれば高価な壺や絵画が飾られたロビーがある、そんな家に。

しかし実際に豪邸というものを目にしてみると、昨今はガルバリウムの外壁に覆われた、四角形をいくつも組み合わせたような外観の建物が多い。加えて松濤や白金台などの高級住宅街においては3mはあろうかという高さの塀を設け、邸宅をすっぽりと隠してしまっている所もある。

そういう幾何学的な建築様式が昨今のトレンドであり防犯の観点から見ても確かであろうとディアナは納得したが、しかしそれらはあまりにも地味で野暮ったい気がして、宮殿のような邸宅に思いを馳せてしまうのだった。

そんな折、ディアナの思い描いたような豪邸が東京の郊外に現れた。バロック様式が用いられたその豪邸はディアナの知人であるインフルエンサーの雪島真司が自宅として建てたもので、入居を記念してルームツアー動画を撮るという雪島からゲストとして招待を受けたディアナは、マネージャーの新堂圭介と共に雪島邸を訪れた。

3人の撮影スタッフを侍らせた雪島の案内のもとで足を踏み入れた豪邸は、持てる財力を全て駆使しましたと言わんばかりの情報量だった。

まず鉄格子の門扉から観音開きの玄関ドア、トイレまで屋内にある全ての扉が自動で開閉した。低木に囲まれたロータリーに設けられた噴水には布で局部を隠しただけの女神の彫像が鎮座していた。広々としたロビーは床が薄灰色の大理石で埋め尽くされ、壁際には絵の具を乱雑に塗り潰したような絵画や銀製らしきテディベアの置物などの現代アートが飾られていた。ロビーの奥には巨大な二股階段があり、上った先に自身の居室や賓客の為のゲストルームがあると雪島が語った。


「裏に屋内プールも作ってるし、あと僕が温泉好きだからさ、サウナとかジェットバスも作ってんの」


「やば!ほぼホテルじゃないですか!ねえディアナさん!」


「ほんと!すごいわね〜!」


目を輝かせ驚きを口にする新堂に合わせてみたものの、ディアナの心のうちでは地中から水が湧き上がるが如く、不安が込み上げてきていた。

ディアナ達が見せられてきた設備を動かすには、光熱費という名の対価を払わねばならない。300坪近く敷地に存在する全ての扉も、噴水も、風呂も、完全に機能させようと思えば大きなショッピングモールにも匹敵する程の光熱費を支払い続けなければならないだろう。

しかし雪島という男は、友人達と結成した動画配信グループの中で1番ハンサムだったという理由で人気を得てしまっただけの男である。

ディアナが知る限りインフルエンサーと呼ばれる人々の殆どは流行り廃りに左右されるもので、何年経とうと人気を継続できる人間はほんの一握りもいない。顔で人気を得ただけの雪島がその握られる側に入るかというと、ディアナの観察眼が正しければ答えは『否』である。


(宮殿の家って素敵だと思ったけど、住んでる人間がこんなんじゃ一気にハリボテっぽく見えてくるわね)


「ディアナちゃん用のお泊り部屋も作っておくからね」


「ある部屋貸してもらえたらそれで良いわ〜」


このハリボテの宮殿とはなるべく関わらないようにしよう。下心の透けて見える雪島の好意をディアナはぶった斬っておいた。

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姫はプラスチック製のバカデカ宝石がお好き むーこ @KuromutaHatsuro

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