第7話 ドレス

丸く膨らんだパフスリーブと、胸にあしらわれた大きなリボン。腰から足下にかけて傘の如く膨らんで、裾からパニエを見え隠れさせたロングスカート。厚手の画用紙の上に、クレヨンを用いて拙いタッチで描かれたドレスは全面がピンク色で塗り潰されている。

左端に拙い文字でデカデカと『つきざき でいあな』と書かれたこの画用紙をホワイトオークの机に広げた月崎ディアナの美貌は涼しげに微笑んでいたが、その耳は羞恥で真っ赤に染まっていた。

木目調の什器で統一されたナチュラル系カフェの片隅。ディアナの左隣ではマネージャーの新堂、向かいではスタイリストの矢島とメイクアップアーティストの島崎が、興味深げに画用紙を眺めている。

2ヶ月後に31歳の誕生日を迎えるディアナの、バースデーイベントで着用する衣装の打ち合わせをしている最中であった。クイーンの名に恥じぬ豪奢なイベントを目論んで皆が打ち合わせを進める中、矢島から衣装の希望を尋ねられたディアナは、自らが5歳の頃に描いた理想のドレスの図を出してみせたのだ。


「紫とか黒とかクールな色の衣装を頂くことが多いんですけど、正直なところピンクのドレスが小さな頃からの夢ですの…形まで同じにしなくても良いので、ピンクのドレスをご用意して頂けたら…可能かしら」


火照る顔を煽ぎながら言葉を紡ぐディアナに対し、矢島は何やら決意した顔で「任せて下さい」と返した。島崎も「夢を叶えましょう」と力強い瞳をディアナに向けた。

勇気を出して良かった─口を真一文字に引き結んでコクコクと頷くディアナの、長い睫毛に守られた艶やかな桃花眼に、幼子のような無垢な輝きが宿された。






渋谷区内のパーティールームで行われたディアナのバースデーイベントは、来場したファンを大いに驚かせた。深紅の薔薇を思わせる色気に満ちた『お姉様』だったディアナが、これまでメディアはおろかファンにも見せてこなかった装いで現れたのだ。

線の細いデコルテラインが映えるオフショルダーに、胸元から腰にかけて細やかな花の刺繍が施されたウエスト、ふんわりと柔らかなパニエを裾から見え隠れさせたチュールスカートまで、布地の全てが甘やかなオペラモーヴで統一されたドレスに誰もが目を見張り、それから歓声を上げた。「可愛い」「最高」と称賛の声がいくつも飛び交った。

ディアナが勇気を振り絞って希望を出し、矢島や島崎など多くのスタッフが叶えた夢は、ディアナの新たな一面としてファンに受け入れられたのだった。

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