カスミソウ

@o514

ロマン

世界の偉人達は皆口を揃えてこう言ったの。

夢を持ちなさい、夢を叶えなさい、そうすることで貴方は1人前の人間となれる、と。

でも、違う。私は1人前の人間になる為に此処に来たんじゃない。


「初めまして。今日から皆さんのクラスの副担任を務める香澄遥です。」


國崎高校1年3組。此処で私は、1人前の教師となる。












「え、教師?」


朝のホームルームまで、即ち担任が教室に足を踏み入れるまで。投稿してからそれまでの時間は、大抵昨日のドラマの話か噂話で時間を潰している。今日も例に漏れず、後者でクラスは持ち切りだ。


「4組の奴が見ない顔の教師見たらしいぜ!」

「はあ、こんな時期に?」

「それは知らねぇけどさっき見てきたけどめちゃくちゃ美人だったし、男の教師なんか鼻の下伸びっぱなし!あわよくばうちのクラスに来てくんねーかなぁ」


アホくさ、と美姫が言い放った。興奮気味で話す真斗も鼻の下が伸び切っていて、その顔の緩みっぷりにまた美姫の苛立ちが募った気がする。朝から巻きが上手く行かないと言って苛ついていたのに、また。

黒田美姫。入学式が終わってたった1週間で1年3組のマドンナに降臨するスクールカーストトップ。誰に対しても優しいだとか、積極的な子だとか、そんな言葉がよく似合う彼女の猫かぶりに皆踊らされてるようだ。同じ中学出身の私や黄瀬真斗には通用しないけど。


「美人な先生がこのクラスに来たところで何にもないよ。教師と生徒って関係はずうっと付き纏うんだから」

「白百合は冷てぇな〜、こう言うのは男のロマンだよ!ロ、マ、ン!女にもあるだろ?それと似たようなもんよ」


今度は私がアホくさ、と口角を引き攣らせる番だった。女の、私にとってのロマン。たった一つの選り抜かれたそれが、下心だらけの恋愛と同じ?冗談も大概にしてほしい。そんなの全然ロマンじゃない。


⸺ガラガラ。

ホームルームを知らせるチャイムより少し早く、教室の扉が開く。入学式からクラスを嬉しそうに仕切っていた担任と、その後ろに続いて教室に足を踏み入れる若い女の教師。黒い髪をボブヘアにして、小綺麗なスーツを着て、愛想の良さそうな顔をした、美人な女。


「お前ら席につけ!いい知らせがあるから!つっても、もうわかっちゃってるか!」

「ヒュ〜!マジ?コバ先マジなの?」


調子に乗って口笛まで吹き始めた真斗が、自分の席へと戻っていく。美姫も大人しく席に戻って、クラスメイトも心なしか嬉しそうにしながら自席についた。


下心ありの、教師と生徒の関係。そう、そんなの全然ロマンじゃない。だって私のロマンはもっと浅はかで、艶めかしくて__。


「初めまして。今日から皆さんのクラスの副担任を務める香澄遙です。どうぞ末永く宜しくお願いします。」


この女のように、限りなく血腥いからだ。

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