024 色眼鏡(だいしゅきフィルター)
『空に、浮いて! 高いっ! うわぁぁ!』
『ひ、ひかって! くるなっ! くるなっ!』
『黒い玉がっ! 真っ黒に、見えない、何も見えない!』
『うぁぁぁぁぁぁ!』
通信機から兵士たちの叫び声が聞こえてくる。
「おいっ! 何が起こっている! 報告しろっ!」
キジャン大佐は通信機に向かって声を荒らげる。
明らかに異常な状況。だが、音声だけで映像が無いために状況を理解することは困難を極める。
聞き取れないほどの悲鳴が混線する中、モニタに表示されていた友軍機の信号は次々と消失していき……そして彼らの声は聞こえなくなった。
「大佐、これは……」
「何が起こったのかは分からん。だが、やられたのは間違いない。俺たちが狩るはずだった紫電の巨山に……」
◆◆◆
『排除完了。クイーングリース減少。リバースモードへ移行します』
圧倒的な力で帝国軍を排除したシャクニク。
その役目を終えたと言わんばかりにコックピット内にマシンボイスが響く。
計器に示されたエネルギーゲインが、-1000%、-300%と値を変えて行き――
「エネルギー値、0を超えます。10、20、30。40%で固定」
通常値まで計器が戻ると同時に装甲も黒い鋭角的なものから、いつもの黄色の丸みを帯びたフォルムに戻っていた。
ミロウは車両から顔を出し、窪地の上で佇むシャクニクの姿を見ながら思考に
(まさかシャクニクの高出力のエンジンが、逆にエネルギー消費を抑えるためのモードだったとは……。何十機もの重機士を瞬時に葬り去る程の過剰な力……。戦闘をこなすだけならば合理的ではない……。何のために、いや、
――ピピピピピ
敵の接近を知らせるアラートが鳴る。
「カザミラ副司令、敵の増援が近づいています。今のうちに退却を」
ミロウとサリダは後方の左右の崖の間。かつて川が切り開いたであろう隙間部分から窪地を抜け出した。
◆◆◆
『大佐、やつらが包囲網を抜けて行っちまう。後続部隊で追いかけますぜ』
キジャン大佐の乗る指揮車両。そこに後続部隊長からの通信が入る。
「いや、追わなくていい」
報告を受けたキジャン大佐は静かにそう答えた。
『どうしてです? 逃がしたとあっちゃあ大佐の首もどうなるかわかりませんぜ? そんなことになったら俺達が悲しむことになる』
「いや、そんなことにはならないさ。どのみちこれ以上は追えない」
『追えない? 先遣隊のやつらが全滅したとはいえ、俺達ははまだ無傷。まだまだ行けますぜ?』
「奴らの抜けて行った先は、シューザスのヤツが管轄する地域だ。下手に踏み込むと、手柄を横取りするのかと難癖付けられて撃たれかねん」
『あの嫌味な野郎ですかい』
「そうだ。そこまでして我々が追う必要もない。それにシューザスが討ち漏らしたとなれば、全ての責任はヤツに行く。俺たちがヤツのためにおぜん立てをしたのに、というストーリーだ。
元々俺の首が飛ばないようにするのが目的だ。紫電の巨山を打ち取るのが目的じゃない」
『わかりやした。先遣隊の生存者捜索後、全機帰投しやす』
「ああ。頼んだ。事後処理はしっかりな。こればかりは手を抜くなよ。遺族には厚い保証が必要だ」
『へいっ!』
通信を終えたキジャン大佐は深々と椅子に腰かけて、上を向き、目を閉じる。
(紫電の巨山、守護機士シャクニク。俺の部下を沢山葬った事、忘れはしないぞ)
◆◆◆
キジャン大佐の包囲網から抜けた後、ミロウ達はシューザス少将が率いる帝国部隊に襲われたが、シャクニクの性能を持ってすれば撃破は難しくは無く、追跡を振り切って無事にケイルディアへと戻ることが出来た。
ミロウの車両に詰んでいたガラーラム、そして前日にキャンプ地まで運んでいた三機のボズーを回収し、鹵獲作戦は成功裏に終わったのだった。
数日後。
事後処理に追われて徹夜明けのミロウは、日の光でも浴びるかと外へと出た。
「ん? あれは」
建物から出て背伸びを一発。体を十分に伸ばしてこの後の仕事に備えるか、とやっているところで、一人の老人と、その後に続いて建物の奥へと消えて行くサリダの姿を目撃した。
「こ、困ります、基地には来ないでくださいって……」
基地の裏、人気のない場所でサリダは老人にそう伝える。
「お前がそんなことを言える立場じゃと思っとるのか!」
「ひっ、す、すみません、すみません」
そんなサリダの様子に老人は癇癪を起こしてしまう。
「分かっとるのか! お前が来なければ、ワシの家は壊れんかったし、ワシの足も動かなくはならんかった。この足、動かんこの足を見ても、お前はそんなことを言っとるのか!」
「すみません、すみません。お金は、いつも通りお金はお渡ししますから……」
「そんな謝罪があるかっ! 金なんかで罪が消えると思ったら大間違いじゃ!」
「すみません、すみませんっ!」
「きちんとこっちを見て謝れ! 息子はおととい死んでしもうた! あの時の傷が悪化して息子は死んでしもうたんじゃぞ! お前が、お前の乗った守護機士が、ワシの息子を殺したんじゃ! え、どうなんだ、その乳か! そんな乳をしてるから操縦を誤ったんじゃろ! その乳がっ!」
老人が杖を振り上げ、サリダの胸に打ち付けようと振り下ろす。
サリダはやがて来る痛みから身を守ろうと反射的に背中を丸める。
――バシンッ
杖が音を立てる。
だが音と共にやってくるはずの痛みが来ない。
不思議に思ったサリダは恐る恐る目を開けると――
「ご老人、暴力は感心しませんよ」
そこには、振り下ろされた杖を手で受け止めているミロウの姿があった。
「な、なんじゃお前は、離せ、離さんか!」
老人が杖を取り戻そうと引っ張るが、びくともしない。
「私は彼女の上司だ。過去の話であろうと今は私の責任だ。パイロットの、彼女の責任ではない」
「なにぃ、ぐぬぬ、離さんか!」
顔を真っ赤にして杖を引っ張る老人。そして――
「ぐわっ!」
ミロウがいきなり手を離したことで、勢い余って老人は地面に倒れ、杖は弧を描いて遠くへ飛んで行ってしまった。
そんな老人を後目に、ミロウは何も無い所を見ながら、同じく何もない所でキーボードを操作するように指を動かす。
「名前は、ボサノ・シモン。なるほど、一生遊んで暮らせるほどの補償金が支払われているな」
「なっ、なぜそれを、どうして分かった!?」
「ふむ、正解か。なになに、原因はサリダ君の操るシャクニクが軍事行動中にご老人宅を破壊して、……ご老人とその息子にけがを負わせた、か」
「そうじゃ! この乳でか女には恨んでも恨み足りない! 謝罪のために多少の金をもらったからって許されると思うな!」
「息子さんがお亡くなりになったとおっしゃられましたか? それはお気の毒です。では今ここで死亡の手続きをしておきますね。なに、簡単なことです。私が今操作しているのは軍のデータベース。そこのフラグを書き換えるだけで、息子さんは死亡したことになり、補償金の支払いは打ち切られる。
どれ、ついでだ。あなたも死亡したことにしておきましょうか。生きている息子さんを死んだことにするのだ、あなたも死んだことにしても問題ない」
「えっ、生きてる?」
サリダは声を上げる。
「そうですねご老人。病院からのデータが来ています。昨日の健康診断のデータだ」
「ぐぐっ!」
「どうする? 今なら見逃してやってもいい」
ミロウの口調が変わる。
「お前の足も後遺症が残る程のケガではない。お前が偽造している診断書も調べればすぐにわかる。だが、これは医局の怠慢だ。私が口出しすることでもない。お前が今後サリダ君に近づかないと言うのなら、この場は見逃してやってもいい」
倒れたままの老人のそばにしゃがむ。
その行為に、ビクりと老人が身震いする。
「だが、次に同じようなことをした場合は……分かるな?」
睨んでいるわけではない。怯えた目をしている老人の目をじっと見ただけだ。
「ひっ、ひえぇぇぇぇぇぇぇ」
老人は脱兎のごとく背中を向けて逃げ出した。健常者のように両足で。
「あ、ご老人。杖を忘れてますよ」
一応声をかけるが、老人はそれどころではなかった。
「これで二度と同じことは起こらんだろうが、もしあったらすぐに言うんだぞサリダ君」
「は、はひぃ」
サリダは何とか言葉をひねり出した。
心臓がバクンバクンと強く速く鼓動している。
(しゅ、しゅごい。かっこいい!)
サリダの目がフィルターをかけてミロウを見始めた瞬間だった。
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ここまでお読みいただきありがとうございます!
二人目の巫女(メイデン)サリダ・ヴァーレンのお話はこれでおしまいとなります。
残すは最後の巫女、そして三機目の守護機士。
マイやサリダから三人目の巫女、カム・チャリクの名前は出てきていましたが、いったいどんな女性なのか。そしてどうやってミロウはノックアウトしてしまうのか。
と言う所で、この後は不定期更新とさせていただきます。
なお、面白かった、続きを読みたい、と思っていただけましたら、評価ポイントを付けていただけると嬉しいです。
キミのカラダよりロボ見せて!(旧題:比翼連理・朧月 ~帝国の博士が小国に亡命したらなぜかモテモテになったけど、そんな事より未知の技術の解析をさせて欲しいと申しており~) セレンUK @serenuk
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