023 鹵獲作戦 その5

『なんだ、どうしたサリダ君! エンジン出力が低下しているぞ!』


「えっ、えっ? どういうこと?」


 多少ダメージがあるとはいえ、エンジンが停止するまでに至る程ではない。


『予備回路カラ本回路ヘノ切リ替エ完了』


 ブツリと接続が切れたときのような音がして、コックピット内の電源が全て落ちる。

 ミロウが映ったモニタは愚か、コックピット内を照らしていた照明も落ち、真っ暗となってしまう。


 静寂。

 ミロウの声も爆音も聞こえない。

 聞こえるのは自分の心臓の鼓動と呼吸の音のみ。


 一方、外では。


「サリダ君! サリダ君!」


 ミロウはしきりに車両の中の通信機から呼びかける。

 先ほどまで映し出されていたシャクニクのコックピット内、視野の多くをサリダの胸が絞めていた映像が途切れたのだ。


 致命的な不具合が起こったに違いない。それはパイロットであるサリダの身の危険にもつながる。最悪の事態を避けるために、いち早く状況を掴まなくてはならない。


 ただでさえシャクニクは液状化現象を引き起こした窪地の泥の中に完全に沈み込んでしまっていて地上からはその姿を見ることが出来ない状態だ。

 その上モニタの映像まで途切れてしまい状況の掴みようが無くなっている。


 驚異の頭脳を誇る天才科学者と言えども、今できる最善と言えばこれだけ。

 ミロウは必死に呼びかけ続ける。



 静寂のシャクニクコックピット内。

 長時間その闇に囚われているように錯覚してしまうが、実際の所は数秒程度のこと。

 サリダは我に返り、異常をきたしている機体の原因を探ろうとした、その矢先。


 ――バンッ


 主電源から予備電源に切り替わるかのように照明の色が変わった。同時にモニタや計器類も再稼働していく。


「な、なんで? え、エネルギーゲインが……-10、-50、-100%! ま、まだ下がってる!?」


 復帰した計器類の一つ、エネルギー値を示すゲージがマイナスに突入している。


 その状況は地上のミロウにも伝わっている。

 車両に積み込んだ機器にも、復帰したシャクニクのデータが伝送されているのだ。


『どういうことだ。一体何が起こっている。-500、-1000。まだ……下がるのか?』


 状況が解らないまま下がりづけるゲージ。

 サリダ、ミロウ、両者ともその現象に驚きを隠せない。


「ま、まいなす1500%!? あ、あり得ません! 故障です。ダメージを受けすぎて計器類が故障したんです」


 あり得ない。

 通常プラス値を示すその値がマイナスを示すことも、そのマイナス値が通常出力である100%を圧倒的に下回る割合であることも。


 科学者であるミロウはもちろんのこと、技術者であるサリダもそんな常識外れの現象を受け入れることは出来ない。


『ブラックホールエンジン出力上昇。対滅獣モードヘ移行シマス』


 混迷極まる中、またもやのマシンボイス。


 泥の底に沈み続けていたシャクニクだったが、その声を皮切りに、機体が球体状のエネルギー障壁に包まれて、浮上を始め……そして、地上へその姿を現した。


 爆撃収まり止まぬ窪地。

 直撃すればシャクニクとて大破は免れない。


 薄水色のエネルギー障壁。

 それを纏って現れたシャクニクは爆撃をものともせず、ゆっくりと空に向かって浮上していく。


『こ、これは!?』


 爆煙でシャクニクの姿が見えにくい中、ミロウは目を見張った。


 その特徴的な丸みを帯びたフォルムの元である装甲が破片となって本体から剥離していく、と思いきや、そうではない。

 剥離したように見えた装甲の破片は、本体と少しの間を空けてその場に留まっている。

 見えないエネルギーで元の場所からわずかに浮き上がっている、と表現するのが適当か。


 そして浮き上がった装甲はくるりと回転し表裏が逆転した状態で元あった位置へと収まる。

 パタパタと表裏が逆転していく装甲転換現象。

 それは水面に発した波紋のように機体全体に及んでいき、それに合わせてシャクニクの色は黄色から黒へと変わっていく。


 (ブラックホールエンジンと言ったな? まさかとは思うが……いや、そうに違いない。エネルギー値がマイナスを示すと言うことは、エンジンが逆回転しているんだ。正の回転、すなわちエネルギーの爆発によりタービンを回して推進力を得るのではなく、負の回転、すなわちエネルギーを吸い込むことによって推進力を得ている。その構造は不明だが、正の回転の15倍ものゲインを生み出しているとは……)


 ――グンッ


 ミロウは体が上昇するような感覚に襲われた。エレベーターに乗っている感覚。

 今いるのは車の中であってエレベーターではない。


「これは……」


 それは不可思議な現象だった。

 車の窓から見える景色がだんだんと浮かび上がっているのだ。


『ど、どういうことなの?』


 シャクニクのモニタが映し出したもの。それは、見えなかった崖の裏側に陣取っていた帝国の重騎士たちがふわふわと上空に浮かび上がっていく姿。


『半重力機構稼働中』


 荒野からミロウ達を追ってきた重機士もその中に加わり、上空には数十機の重機士がまるで風船のように浮かんでいる。


『グラビトロンカノン発射可能。敵性体ニ、ターゲット固定』


 機械音声と共に、上空の重騎士たちにターゲットマークが付けられていく。


「だ、だめっ、あれは違うの、あの車は、味方! 副司令が乗ってるの!」


 連続して付けられていく赤いターゲットマーク。その中には、巻沿いをくって浮かび上がったミロウの乗る車両が含まれていたのだ。


「だめっ、解除! 解除してっ!」


 ガチャガチャとレバーを操作していると、何とか、赤いマークがミロウ車から消えた。


 その瞬間。


『グラビトロンカノン発射シマス』


 声と共に、シャクニクの頭上に黒い重力の塊が生み出され、そこから四方八方に何かが射出される。

 黒いその何かは、まっすぐターゲットに向かっていき重機士に着弾するが、爆発したりせず、その代わりに膨張して黒い大きな球体となって重機士を飲み込むと、僅かの後に急激にしぼんで重機士ごと消えてしまった。


 そこらかしこで同様の事が起こり、数多くいた帝国の重機士達は黒い球体に飲み込まれて、全て消えていった。

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