022 鹵獲作戦 その4

 ミロウは車両を走らせて干上がった窪地へと入る。

 先ほどまで走行していた川では堆積した砂の目は細かくサラサラであったが、それとは違い長年の年月を経てカチカチに固まっている。


 (野盗に追われて・・・・・・・馬を得る・・・・、だな。この場所ならシャクニクは最大性能を発揮できる)


 シャクニクが通常使う程度の砲撃であればホバー状態でも反動を相殺できるが、最大威力となれば話は別だ。ホバー状態を解き、脚部から出るアンカーを地面に固定して撃たなくては狙いも定まらない。

 その点で言えば、アンカーが固定できる硬さのあるこの窪地は、先ほどの川よりも好条件である。


 ちなみに、『野盗に追われて馬を得る』とはこの世界のことわざであり、『地獄に仏』と同義で、どうしようもないピンチの最に突破口となる幸運が訪れるという意図である。


 ミロウはエンジンを唸らせて硬い地面を通り抜ける。シャクニクの攻撃の射線上にいては邪魔になるので最奥へと陣取るためだ。

 遅れてシャクニクが器用に後ろ向きでやってくる。


 ホバーを吹かせて移動する巨体。その割には俊敏な移動が可能なのは、吹き出す排気量が桁違いに多いからだ。

 巨体を浮かせるほどの激しい空気の振動、それが地面へと伝わっているのだ。


 窪地の中央程を過ぎたあたり。

 滑るように機嫌よく移動していたシャクニクの巨体が、突如地面に沈みこんだ。


「なんだっ!?」


 さすがのミロウも驚きを隠せない。

 なぜなら硬い地面がまるで液体のように変わり、シャクニクの足を捉えているからだ。


「まさかこれは!」


 ――――――

 ――――

 ――


 (そうだ。液状化現象。強大な振動によって、硬い地面がまるで液体のように形状を変える現象だ。その場所はかつてあった湖が干上がった場所。だが、その名残で地下には水分の多い層が残っている。そんな所に超振動を起こす重機士がやってくる。液状化の条件を満たすには十分すぎる)


 思惑通りに敵が動いたことに、キジャン大佐はほくそ笑む。


 ――

 ――――

 ――――――


「サリダ君! 出力を上げて一気に脱出するんだ!」


 『だ、脱出できません! ホバーの出力を上げれば上げるほど沈んでいってしまいます』


 吹き出す空気の反動を受けて、液状化した地面が温泉のように吹き上がる。

 ふんばるための地面が必要なのに、吹き上がれば吹き上がるほど地面を構成する土は減り……下へ下へと振動が伝わり、さらに液状化していく。

 結果、ジワジワと沈み込んでいくのだ。


 (まさか、ここまで読まれていたというのか? 私たちが直線の川を避けてこの場所に来ることまで……。となると!)


 ミロウは車体の窓から身を乗り出し、頭上を、つまりは左右にそびえ立った崖の上を見る。

 ここまで読んでいたと言うのなら崖の上にも重機士を配置しているはず。そう思ったからだ。


 予想に反して、望遠鏡で確認しても重機士は見つからなかった。


 だが――


「まさかっ!」


 ヒュルヒュルと空気との抵抗を示す音を立てて飛来する物体。

 一つではない、いくつもの物体が崖を超えて飛来してきたのだ。


 ――どぉぉぉぉぉぉぉぉぅっ!


 その正体は砲弾。いくつもの爆弾が撃ち込まれ、爆発し、激しい爆音と爆炎が盆地を包む。


 ――――――

 ――――

 ――


 (どうだ? 我が帝国軍の砲弾の嵐は。どうすることも出来まい。重機士はお前達から見えない場所に配置しているんだからな)


 ――

 ――――

 ――――――


「こ、この砲弾は崖の向こう側から撃ち込まれている! 直接ではなく、崖の裏から空中に向けて放物線を描くように撃ち込まれているのかっ!」


 それはつまり崖を利用した天然の防壁。崖の上にいたならばシャクニクの砲撃で容易く撃破出来ただろう。シャクニクの砲撃は直線なのだ。実体弾ではなくエネルギー兵器であるシャクニクの砲撃は直線。それを分かった上で、直接砲撃できない場所。つまり城壁のような崖の向こうに配置し、それでいて自分達は重力を味方につけた実体弾ならではの砲撃を行ってきている。


『きゃぁぁぁぁぁっ!』


 携帯スピーカーからサリダの悲鳴が聞こえる。

 爆炎でシャクニクの姿は見えない。だが大量に砲弾が撃ち込まれているのだ。無事でいられるとは思えない。


「サリダ君! サリダ君!」


 マイクに向かって呼びかけるが、反応は無い。内部の音を伝えるはずのスピーカーからはザーザーという雑音が聞こえるのみ。


 ――――――

 ――――

 ――


「さあ、とどめだ。全機、一斉射! 最大火力で紫電の巨山を破壊しつくせ!」


 帝国の昔年の怨み。長年苦汁を飲まされてきた紫電の巨山シャクニクを倒すことが出来るとあっては、やる気が家出していた中年司令官の声も高ぶると言うものだ。


 ――

 ――――

 ――――――


 爆音と射撃音とが崖で反響し合って、もはや方角も弾数も音から割り出すことが不可能な状態。


 ――ドォォォゥ、ドォォォゥ


 シャクニク内のサリダは、絶えず撃ち込まれる振動にどうすることも出来ないでいた。

 そもそも、もがけばもがくほど液状化した地面に飲み込まれて行く。その上、上空からは火の雨が降ってくる。未だ直撃は受けていないものの、この火力量であれば時間の問題であるのは確実だ。


「どうすれば……どうすればいいの。どうすれば……」


 爆撃のダメージによってモニタの光は消え、音声も拾ってはこなくなっている。

 絶え間なく続く振動だけが外の状況を伝えるものだ。


「教えてください……カムさん、先代、マイちゃん……副司令っ!」


 ――ブンッ


『繋がった! サリダ君! 無事か!』


「へっ?」


 サリダは目を丸くした。消えて暗くなったはずのモニタに、ミロウの姿が映ったからだ。


『よかった、サリダ君、無事のようだな』


「こ、これは?」


『ああ、こんな時のために増設しておいたカメラだ』


「か、かめら?」


『そうだ、感度は良好だな。無事な姿を確認出来て嬉しいぞ』


「み、み、み…………見ないで、くださぁぁぁぁぁい!」


 サリダは操縦桿から手を離して自らの胸の前で腕を交差させて体を後方へと向けてしまう。


『おい、サリダ君、サリダ君! 何をしているんだ正面を向きたまえ』


「だめぇぇぇ、見ないで、見ないでくださぁぁぁぁぁい!」


『グラビトン機関作動。減圧シークエンスニハイリマス』


 サリダが半狂乱で叫ぶ中、高音のマシンボイスが響いた。

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