DAYS2 -6- 『もーらい!』
ナナミと二人で彼女の部屋……というよりも誰かの部屋と入れ替えられた部屋を出る。どうやら一度移動した部屋は再度呼び寄せるまでは最後に呼んだ場所に固定されるようで、ナナミが「後で戻しとかなきゃなぁ……」と呟いてドアを閉めた時には単なる施錠音しか聞こえなかった。
「それじゃ行きましょっ。その先の角を曲がったら行き止まりに少し広めの部屋があるんで」
部屋を出る寸前に注射した力の赤が全身に行き渡り、溢れそうな破壊衝動に耐えている俺に勘付いているのかいないのか、あくまで気安くナナミは話しかけてくる。
「お兄さんのヤツもけーっこう辛そうですねぇ。見えるとこは血管浮きまくってますし、元々充血してるなーって思ってたけど目もそのせいでしたか……うん! 見た目通りのワイルド系! 分かります、分かりますよ! 私もオペルームで性別を変えられ無かったらワイルドに改造してたかも!」
力の赤による怒りのような強い感情の中で、きっとこれは彼女なりの気遣いなのだと思った。目が充血していた事についても触れずにいてくれたみたいだ。そう思えば、ナムもまた触れずにいてくれたのだと思い出し、少しだけありがたく思う。
しかし、続けざまに喋り続けるナナミに返答する事は出来なかった。何故なら彼女の『ルームズ』を出る前、自分自身に『力の赤』を注射してからというもの、言葉を上手く発せなくなっている自分がいたからだ。
「…………ッ、ア゛ァ」
口を開いて言葉を紡ごうとするが、どうしても言葉にならない。初めて使った時には言葉を話す事は出来ていたはず。とはいえ殆どがヨミを殺しかけたあのノッカーへの罵詈雑言ではあったが。
「あー……、こりゃ反動が出てますね。意思疎通は取れます?」
ナナミは俺がまともに喋る事が出来ていない事にやや困惑しながら聞いてくる。必死に声を出そうとして呻く俺を見て、固有武器の副作用で話せなくなっている事を早々に察したのだろう。彼女の言葉に対して頷くと、ならば構わないと言わんばかりに、彼女は返事が出来ない俺に対して、構わず饒舌に話し続ける。
「そりゃ強いんでしょうけど、辛いですよねぇ。私はもう慣れちゃいましたけど!」
力の赤を使った俺への反応への暖かさや気遣いは、ナナミの性格から出た物でもあり、おそらく経験談から出た行動なのだと気付く。
「あはー、何もせずとも血が滾ってる感じがしますねー。私は慣れるまでどんな気持ちだったかな……。とはいえおしゃべり出来ないのも寂しいので早く慣れて欲しいですけど!」
彼女もあのオペルームの中で何らかの力を得ているのだから、きっとあの部屋を使用する度に反動や異常が起こるのだろう。慣れたと言っているからには最初は反動も辛かったはずだ。そう思うと少しだけ、隣で笑う彼女が心強く思えた。
――先輩がいるのは悪くないな。
言いたかった言葉は濁音に消える。力の赤は依然として破壊衝動を俺の脳に伝え続けていた。自制心を保ちながら、しかし早足で角を曲がると、少し先に先程ナナミが言っていたドアの無い広めの空間が見える。部屋というより小ホールと言うべきか。
とはいえ遠目に見たところ行き止まりだ、元々は一体何の為に存在していた部屋だったのだろう。
そしてその最奥には金属製のような、黒光りしている大きな箱が床から壁に張り付くように設置されているのが見えた。
その前に、感覚の青を使わずとも脳を焼き付かせるような、赤く蠢くノッカーが二体。
俺達が部屋に近づくと、ノッカー達は俺達を検知するものの、関心が無さそうに見つめてから、それぞれが箱の周りに近寄る。黙ってこちらの様子を見ているようだった。
「なんていうか、箱を守るっていう使命なんですかね? よくわかりませんけど、ヤツらがコンテナ部屋から出てくる事ってまず無いんですよ。あー、ほら、見えます? でっかい盾みたいな腕に刀の後が残ってるヤツ。アレが新顔の盾持ちノッカーです」
雑なネーミングだとは思いつつも、見た目をそのまま言うのであれば盾持ちノッカーと言う他無いだろう。通常の赤く滑り気がある人型の化け物である事はそのままだとして、両腕の部分だけに肉肉しさが無く、その部分は硬化し肥大した骨か何かのようになっている。アレは確かに壊すのに難儀しそうだ。
おそらくノッカー達もそれぞれの特性についての知能はあるのだろう、盾持ちノッカーはその両手で守りの姿勢を取ったまま、こちらを見ている。
「残りの一体は速度型なので私は見慣れてますけど、それでも普通のよりはずっと強いので注意してくださいね」
そう言われて俺は盾持ちじゃない方の、速度型と言われたノッカーも確認したが、そちらはこの前出会った大型ノッカーよりも余程弱そうに見えた。大型ノッカーは全体的に筋肉質に見えたが、それとは違い速度型ノッカーは足回りの筋肉だけが異常に発達しているように見える。確かにその足で駆けたら速度は出るだろうが……と考えていた矢先、腕の先に鋭い爪が見えて納得した。まるでカマキリと人間を組み合わせたような出で立ち。
話もそこそこに、ナナミが部屋へと一歩踏み出す。それに続き部屋に入った途端、俺の中での自制心が揺らぐ。つまりは戦闘開始という事を、本質的に理解してしまっていたのだろう。
――ヤツら、殺してもいいんだ。
一瞬よぎった悪魔の発想に、思わず俺は立ち止まる。まるで力に支配されかけていたかのような感覚に恐怖すら覚えた。ヨミの時にアレほど恐怖していたのに、俺はもうこの力に飲み込まれかけているのだろうか。そう思いながら俺はギリギリの所で我に帰る。それでも駆け出したくなるのを抑えながら、ナナミの歩調に合わせようと努力するが、どうしても早足になってしまっていた。チラリとこちらを見たナナミと目が合うと、彼女は優しそうに笑った。
「大丈夫、私は本当に強いですからね。お兄さんがヘマしたって守ってあげられるくらいには!」
今の自分には多少の力はあれど、ナナミがさっき言っていたノッカー達の情報は一切持ち合わせていない。だからこそ先に進むのは自分では無いと思いながらも、体中で暴れまわる力を抑えきれず、ナナミよりも前を歩き始めている俺を、それまで微笑みながら見ていた彼女が少し慌てて制止する。
「ちょっとストップ! そりゃ本当のデートじゃないにしても、女の子の歩幅に合わせて歩くのは男の人の重要ポイントですよ!」
――緊張感が無さ過ぎる。
ナナミの中では、目の前にいる二体の化け物よりも、隣で歩く一体の俺という化け物じみた男の方が重要らしい。そんな自虐的な事まで考えてしまう程、俺は思考を止められなかった。
「すぐ存分に使わせてあげますよ、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
ナナミが両手を広げて、俺の前へ駆けた。
「私が燃やします、そして私が凍らせます。お兄さんは壊します。以上! 戦闘開始!」
駆け出したナナミの後ろについて、ノッカーの眼の前に辿り着くまで推定残り十数歩。
「最初の一撃、もーらい!」
ナナミは笑いながら踊るように盾ノッカーへと近寄っていく。それと同時に、速度型ノッカーが蛇のような声を上げ、彼女に向かって猛スピードで駆け寄って行く、事は無かった。
もう既に、ナナミのノッカー達への攻撃は始まっていたのだ。ナナミが真っ直ぐに駆け寄った盾ノッカーとは別方向の速度ノッカーに向けて、既に冷気は放たれていた。いくら早かろうと、足元を凍らされて上手く動けなければ何の意味も無い。彼女が自信満々だった意味がハッキリと分かった。
「最後の一撃、もーらい!」
ナナミはそれでも近づこうとしてくるノッカーの方を向きながら、左足を後ろに大きく引き、体をかがめて、左手を下から思い切り振り上げる。
「――――氷壁一閃」
彼女がニヤリと笑った瞬間、向こうが見通せる程に澄んだ一枚の氷の壁が、速度ノッカーの胴を縦に分断する。そのそそり立った氷壁は薄く見えるものの、この小ホールを完全に分断出来る程の長さと、天井まで届く高さがあった。やっとの思いで眼前まで迫りかけていたであろう速度ノッカーが、息絶えながらも勢いで氷壁にその身体を叩きつけ、絶命する。薄い様に見えて、軽い突進程度ではそうそう割れないようだ。ナナミはこんな芸当をその左手一つで、それも一瞬で作り出した。
「とりあえず速いのは無力化! ちなみにこれ、使えて後一回までなんで!」
ナナミは左手の指の骨をポキリと鳴らしながら、こちらに話しかける。先程の凍らせますという言葉は、私が倒しますの間違いでは無いだろうか。大技とは言っているものの、そのくらいに圧倒的な強さを目の前で見せつけられた。
「そんじゃ、本番です。せっかくの大技ですけど、この壁があったんじゃ正直邪魔なんで思いっきりぶん殴っちゃってください。そっからはコンビネーションで!」
コンビネーションってなんだ? と思いながら、相変わらず出ない声を出す事は諦めて、頷いた。
俺は速度ノッカーから吹き出した血液で赤く染まった氷壁の前に立つ。その向こうで、盾持ちノッカーの赤い目がこちらを見ている。だが、それはもしかすると、壁に映った自分の目だったのかもしれない。
「壊せないみたいなダサいのだけは無しですからねー」
俺をからかい続ける彼女の声を尻目に右手に力を込める。
――だったら俺も力を見せなきゃな。
そう思いながら、俺は右半身ごと後ろへ引いた後、その右腕の全力を以て、氷壁を穿つ。丁度、分断された場所が目印に丁度良いなんて事を、考えていた。
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