DAYS2 -4- 『ノッカーデートしましょっか!』
長い廊下を美女と美少女に連れられて歩く。そう言ってしまえば聞こえは良いが、一方の手には剥き身の青い刀、もう一方の腰にはホルスターに収まってはいるものの銃がある。かくいう俺だけが手ぶらで、ポケットの中に自己強化の薬液はあるものの、一番戦闘に適していないのは自分なのだろうなと思いながら、ボウっと二人の後ろを歩く。
代わり映えのしない長い廊下は距離よりも長く感じた。短いながらも奇妙な行軍。初めて驚異を感じずに眺めた部屋の外の風景。長い廊下の印象は、無機質で冷たい物だった。電気はしっかりと通っているようで光こそあるものの明るく元気な、なんて口が避けてもいえないような雰囲気が漂っている。充分な光があるのに暗い。不気味さだけが続いていて精神的な明るさは毛程もない。
所々にドアがあるものの等間隔ではないのが不思議で、だからこそホテルのような印象も持たなかった。廊下と呼ぶよりも通路と呼んだ方が良いかもしれないような場所だ。カーペットすら引かれていない冷たそうな床をコツコツを音を慣らして歩く。
「何だか、気持ち悪い所だな」
思わずに口に出してしまいたくなるくらいに同じ景色が続き、沈黙も気まずくなっていた俺は思わず率直な感想を口に出す。
「んー、まぁ慣れかな。ドアとの距離感を覚える必要が無くてラッキーだよね、にーさんは」
「あぁー……、そんな頃もありましたよね……」
ヨミが少し嫌そうな顔をして呟く。ドアとの距離感とは一体何のことだろうか。この廊下の曲がり角からの事を言っているのだろうが、歩数の事なのだろうか。そうしてそれが何の役に立つのかも理解出来ない。頭を悩ませていると顔をしているとナムが無感情を装った風に呟いた。
「私達は部屋開きの順番がかなり早めだったからさ、部屋開きの時にはすぐ駆けつけられるようにドアとドアの間隔を覚えておこうなんて頃があったんだ。向こうも化け物だしね、そんな事を考えるくらい必死だった頃もあったけど今はもう、いらないかな」
「残った部屋、もうあと二つですしね」
なんとなく言うその台詞達に、彼女達の苦労が垣間見える。何部屋あるのかは分からないが、少なくともナムが七十六番だとするならば十や二十で済む話では無かっただろう。
あえて俺は何も言わずに天井を見上げる。時折見える何の意味があるのかいまいち分からないが、うんざりする程度に多く設置されている、絶妙に人では入れない程度の大きさをした排気口。そうして天井に沿って何が運ばれているのか分からないがずっと何処かへと伸び続けている金属製の太いパイプ。時折床に置いてある大きい黒い箱は、ゴミ箱か何かだろうか。
無機質さの応酬にうんざりして横を見ると時々視界に入るドア。そのドアを見ても気分は上がるという事は無かった。何故ならその殆どには、切りつけられたようなバツ印がついていたからだ。
「なぁ、このバツって……」
「あぁ、分かりやすいでしょ? もう二度と開かない部屋だよ。一度開いて、もう二度と開かなくなった部屋達」
「やっぱりそうだよな、聞くんじゃなかった」
余計に気分が悪くなり、視線を落とすと隣でナムが苦笑する声が聞こえた。
「山程あるんだから、それくらいで気を落とすのは損だよ。笑えるくらいでいなよ。私達だって笑ってあげるし、その日には笑ってほしいもんさ」
少し細い目をして彼女は少し微笑む。その微笑みは決して優しい物ではなく言葉からも分かる通りに、半ば諦めの気持ちのようなものが見て取れた。三年という戦いの日々で、まともな精神をしていられるだけでもマシなのだと思う。
自分の部屋を出てから、もう数分程歩いただろうか。何度か曲がり角を曲がったが、分岐路は一度も無かった。変わらず床は足音をよく響かせ、絨毯などで足に負担をかからせないような気遣いの無い施設だという事はハッキリと分かった。三人分の靴音だけがコツコツと鳴り続ける。
「部屋、沢山あるな」
「そーですねぇ、百部屋くらい? まあ、もうほとんどは開きませんけど……」
つまりは、具体的には聞いていないものの、生存者の数にも期待は出来ないという事だ。淡々と物語るヨミの表情は、それでも少しだけ憂いを帯びていた。
「部屋開きの時に部屋主を殺したノッカーはどうしてか部屋主を連れて部屋に引きこもったキリ出てこなくなるんだよね。その行動にも意味があるはずで、いつか此処を出るヒントになればと思ってるけど、さっぱり」
こちらを見ずに背筋を伸ばして歩くナムが、少しだけ肩を竦めてボヤく。ヨミに見せる温和で少し呆けた態度や、俺に見せた冷酷で容赦のない行動を見ても、尚この女性の印象は変わらず"凛々しい"の一言で済むだろうと思う程に、歩く姿が様になっていた。
「でも、部屋主が死んだら開かないんだろ? ノッカーはどうやって部屋に……」
言いながら、方法なんて知れた事だろうと気付いてしまっていた。
「手首を切り落とすか、引き摺って手をドアノブに押し付ける。結局はドアノブの仕掛けも固有武器の仕掛けも、私達の手を認識して作動してるみたいなんだ。だからあいつらは部屋主を殺した後、その殺した人間を連れて無理やり部屋を開けて、一緒に引きこもるんだよ。その理由は分からないけどね、でもそれをやる為にあいつらは部屋開きの時にノックをしてくるんだろうなって」
思った通りの答えでげんなりする。だがその言葉から導き出される情報からヤツらはやはり目的意識がハッキリしている事が分かる。壁を治すノッカーがいて、食料を見張るように現れるノッカーがいて、そうして部屋主を殺して引きこもるノッカーがいる。それぞれがそれぞれの目的をハッキリと理解しながらも、化け物として存在しているのだ。
「部屋から出てくる事は?」
無いのだろうと思いながらも、聞いてみる。
「無いね。……今のところは。でもさ、出てきたらお終いだろうなって思うよ。余程化け物じみた力でも無けりゃ一体一体をどうにか出来ても、大量には処理出来ない。そのくらいに引きこもったノッカーは多いよ」
ため息混じりにナムが通りすがりのドアを刀で軽く触る。その部屋もまたバツ印が付いていた。
「性格の悪い場所だな」
「はは、言えてる」
俺とナムの話を聞きながら、ヨミが頭の後ろで腕を組みながら「ほんとーに、あいつらは何考えてるんでしょーね」なんて気の抜けたことを言っている。
「そういえば、今の生き残りの数を教えてもらってないよな。まだ開いてない部屋の数は二つだったか?」
何となく会話からあぶれていたヨミに向かって質問を投げかけて見ると、頭の後ろで組んだ指を頭の上に上げ、何かの耳のポーズでもしているかのように大きくパッ開いた。
「五人と三部屋。いや違うな、おにーさんが無事だったから六人と二部屋?」
「八人になればいいけど」
ナムがやや皮肉混じりに呟く、けれど少しだけ強い口調に希望のような物が聞き取れる気がする。勿論ヨミもそうだとは思うが、この状況について諦めざるを得ないとある程度理解していたとしても諦めきれないという意識はまだしっかりと残っているのだろう。ヨミは開いた両手の指をグニャリと動かした後、改めて拳を握り直して頭の後ろで組み直す。
その間にも幾つかのドアの前を通った。この開かずの間――バツがつけられた全ての部屋は、俺が目覚めるまでにノッカーによって殺された人達の棺桶なのだ。つまり俺達は墓場の中心で生きているような物なのだろう。そう思うと亡霊と戦っているかのようにも思えた。
開かないドアの向こうに死体と一緒に消えたままのノッカーがいるのだ。ナムの言葉が時間差で恐怖心を煽ってくる。
「まぁでも、部屋の中からノッカーが出てきた事はこの三年間で一度もなかったから、きっと大丈夫ですよ。ノッカーは倒せても誰かが死んじゃったみたいな事も沢山あって、そんな時はちゃんとお弔いをしているんで、開かないだけで誰もいない部屋もそこそこに多いはずです。数は数えて無いですけど……」
「それもそうなんだよね。最初の頃は数えてたけれど、弔いにも慣れちゃった。念の為に数でも数えときゃよかったね。まぁもう遅いけどさ……でもまぁ半分はノッカー入りだと思っていーよ」
ドアを見つめている俺の表情が強張っていたからだろうか。ヨミが取り繕うように言葉を足し、ナムは脅かしたいのか安心させたいのか分からない言葉を続ける。
「あ! そういえば!」
ナムが急に思い出したかのように声をあげると俺をからかうようなにやけた表情を作る。見慣れない表情に少しドキリとするが、良くない事を考えていそうな顔だとも思った。
「そういえばにーさんは此処じゃハーレムだった! 思えば男は今にーさんだけ! まあ例外みたいなのもいるけども」
笑いながら俺の肩を軽く叩くナム、見た目と初対面からは絶対に想像出来なかったが、意外と話す事は下世話というか、なんというか。
「ハーレム……、でもナナミちゃんって……」
ヨミが言いかけるのを笑顔のナムが遮る。
「ナナミは女って事でいいと思うな」
ナナミということは、七十三番なのだろう。呼んじゃいけないような語呂合わせは考えてみても無さそうなので、やっと呼びやすい名前が出てきた事に心の隅で少し喜ぶ。
『女って事でいい』っていうのは何とも気になるところだが、会ってみないことには判断もつかない。
「まぁ……、ナナミちゃんは女の子でいっ……かなぁ……。でももうそれ以外には見えないし……。そもそもバスルームは自室にあるんだから判断も出来ない……なんてて事言ってたらほら! もうちょっとでホールですよ! 結局はナナミちゃんに会っちゃえば早い話です」
ゴニョゴニョと何やら言っていたヨミのトーンが少し大きく、明るくなる。どうやらこの無機質な廊下を進む奇妙な行軍もそろそろ終わるようだった。目の前にあった角を曲がると、奥に開けた空間が見える。
「流石に見飽きちゃいましたけど、それでも誰かとお話しながらゆっくり歩くのが一番ですね! ほら、アレがホールです」
グワーっと大きく伸びをしながらヨミが待ちかねたと言わんばかりの声を上げる。
「おにーさんの部屋は遠かったですねぇ。まぁ私の部屋も遠いんですけど。 結構手間なんですよねここ来るの。でもこのホールは唯一の拠点というか、集合場所なんで、ほぼ毎日来る事になると思いますよ。部屋以外だとあそこが一番の安全ポイントでしょうね。昼時間なら誰もいないって事も無いでしょうし……ってそうだった! そこ足元気をつけてください!」
ヨミが地面を指差すので視線を落とすと、何やら平らな板の様な物が沢山落ちている。振り返ってみると、どうやらそれはホールが見えるようになった曲がり角あたりから散らばっていたようだ。気づかずに踏まずにいられたのは運か、それとも彼女たちの足取りを無意識で追っていたのだろうか。
「言わずとも分かると思いますが、ノッカー用の罠です。こういうのを作れる固有武器? の子がいまして……。まぁ私達が踏んでもビリビリするだけで死にはしないですけど、かなり痛いし使い捨てらしいのでなるべく踏まない様に気をつけてくださいね。踏むと作った子にそこそこ怒られます」
言う通り、踏みつけると電気が流れる装置のようだが、ノッカーのような生身の肉体というか、人型の肉塊のような姿で動き回っているし、思えば何処か滑り気も感じる生物にはより効果的なのだろう。
最初は散らばっているように思えたが、よく見ると規則的に置かれている罠を避けながら、少し進むと、待望のホールに付いた。自室の前からはゆっくり話しながら歩いて五、六分歩いていただろうか。そう考えるとこの施設はそこそこに広いという事が分かる。
「あ、ほらナナミちゃんだ。おはよー! 新人さんだよー!」
ホールの中央に置かれているソファに座っている少女にヨミが手を振ると、その少女は勢い良く立ち上がり、こちらに全速力で駆け寄ってきた。先程、俺の近くにいる長身の綺麗な女性がの同じ絵面を見たような気がする。
その少女もまた、ヨミを抱きしめようと飛び込んで来た。
ヨミはまた避けるのかと思いきや、スッと避けるのは変わらず、けれどその少女の手をタイミング良く握って二人でグルグルと回っている。
「おっはよー!」
「うわん目が回る! って、あ!!」
ナナミ? の勢いに負けて思わず手を離してしまうヨミ、遠心力による力で廊下の方へ飛んでいくナナミと呼ばれた少女。その後彼女は「おっとっと」の「と」のタイミングで思い切り電子板を踏みつけ、骨まで見えるような気がする程の電撃が一瞬彼女を足元から脳天まで伝った後、彼女はバタンと倒れた。
ビクンビクンと体を震わせながらも、引きつった笑顔で「新人さんだぁ……!」とエヘエヘと笑う姿に少し恐怖すら覚えたが、ヨミはその女性の手を引っ張ってホールの中まで連れ戻す。
「あーもー、ナナミちゃん……、使い切りだから気をつけてねっていつも言ってるのにぃ……」
「ご、ごめん……、じゃなくてヨミちゃん! 手ぇ離さないでよね! それにすっっっっごい心配したんだから!」
おそらくはナムから状況は聞いていたのだろう。であってもあの状況でナムから伝えられる事はそう多くなかったはずで、安否すら怪しかったはずだ。ならばその飛びついてくる反応も頷けるという物。尤もナムの場合はそれに輪をかけて何とも言えない棚ぼた狙いの雰囲気が見え隠れしていたが。
しかし、彼女が踏んだ電撃罠はかなり痛いという話だったはずで、実際かなりの電流が走っているように見え、気絶でもする程には痛そうに見えたのだが、その割にもう既にナナミと呼ばれた少女は頬を膨らませながら普通にヨミと話をしていた。ヨミの口ぶりから言って、この罠を踏むのは始めてでは無いのだろうが、それにしたって頑丈すぎやしないだろうか。
「それは……、ごめん。部屋が近い私じゃないと間に合わないんじゃないかって思って……。これからは気をつける。なむちゃんも改めて、ごめんなさい……」
横でナムが「私はもういいよ」と言いながら温和な表情で頷く。その後に俺の目を見たのは、同時に俺も少しは許してもらえたという事なのだろうか。
ナナミと呼ばれた少女も膨らませていた頬を戻し、キラキラした目でヨミに向かって質問責めを始めた。
「ん、許すよ。それで、ね、ね、これが新しい部屋の人でしょ? 男の人なんて連れてきてくれちゃってぇ! 名前は? 二十三番? おにーさん? うーーーん、なんかピンと来ないけど、まぁいっかー!」
ナナミと呼ばれる少女はヨミに俺についての質問を矢継ぎ早に繰り出しながら、好奇の視線と呼ぶには少しテンションが高すぎる視線をこちらに送ってきている。と思えば、こちらを品定めするようにじーっと見つめてくる。
その瞳は見たことも無い碧眼で、髪の色も見事なまでに綺麗で長めの金髪だった。日本人では無いのかもしれない。簡単に言えば、お姫様のような、もしくは人形のような。
年齢はヨミと同じくらいかほんの少し下だろうか、口調もヨミよりも少し幼い感じがする。とはいえ、これは性格の違いもあるのだろう。ヨミとそう変わらぬ背丈で、同世代の雰囲気があった。
出会う前にナムとヨミが何やら男だの女だのと怪しい事を言っていたが、明らかにその二人よりも身だしなみが整っていて、彼女が女性であることは見た目上もその明るく高めの声から考えてもあり得ないと感じた。
ナムの長髪も綺麗だったが、ナナミの金色に輝く長い髪はこんな施設でその状態の維持が可能なのかと思う程に煌めいている。
「背は高いけど、髪はボサボサ! 髭もそらなきゃー! だけどそれもワイルドでいっか。整えればいいかもだけど……、ヒゲはまぁ……好みか! ちょっと顔は怖いけど、うん! まぁ及第点! 合格合格!」
どうやら本当に品定めをされていたようだった。俺自身、自分の容姿に自信等は持っていないが、この娘にはどうやら許される見た目ではあったらしい。それにしても及第点と言われるは少し残念な気分だが、不合格を突きつけられるよりはマシだろう。そうこう考えていると、向こうの方から手がグイっと伸びてきた、どうやら握手をしろという事らしい。
「えっと、よろしくねお兄さん! 私は七十三番のナナミちゃんね! 固有武器は今は内緒! 知る為には私の好感度を上げてね! 私はチョロいけど!」
明るく笑う少女の手を取り、挨拶を返すとその手を二、三度ギューっと握ってから耳元でコソコソと話しかけてくる。
「で、お兄さん的にはヨミちゃんとナムちゃん、今んとこどっちがイケます? ナムちゃん狙いならビシっとした感じが似合いそうだし、ヨミちゃんなら軽い感じでまとめてあげちゃいます」
下世話すぎる、そもそも会ったばかりなのに話す話題なのだろうかと思いごまかしてみる。
「いやいや……、何の話?」
「見た目! 見た目の話です! 私、散髪担当なんですよー! 久しぶりに自由に髪切れそうな人いるから嬉しくって! とりあえずどっち狙ってるかだけでも教えてください! それによってどんな髪型にするか決めるんで! あ、それともまだ保留? ちなみに私狙いはNGですよ!」
まさかこの施設でこんな話が飛び出してくるとは、本当に此処は脱出不可で化け物が彷徨う施設なのだろうかと訝しむ、だがそうだからこそ明るく振る舞っているのかもしれないとも思った。
「なーんか、お兄さん暗いですねぇ。ちゃんとご飯食べてます? ってさっき起きたんじゃご飯もまだかぁ。ねー、ヨミちゃんナムちゃん。なんか備蓄の缶詰出してあげようよー」
ナナミのマシンガントークについていけなくなりかけていたのもそうだが、単純に疲れたし空腹だったので食事にありつけるのはありがたい。何だかんだでこの施設で目覚めてからは何も食べていなかった。とはいえそれはヨミも同じなので彼女にも何か与えて欲しい。
「ヨミも何も食べてない筈だから、頼めるか?」
「もっちろーん! ヨミちゃーん、ヨミちゃんも好きなの取っていいよー!」
ナナミからはヨミとはまた違った元気さというか、ヨミから礼儀をすっぽ抜いたような感覚を覚える。幼いのでは無く、この娘にはおそらく礼儀という物が欠如していそうな雰囲気があった。だが、この異常なテンションの高さには違和感を覚える。もしかすると、わざとキャラクターを作っているのかもしれない。
呼びかけられたヨミは少し離れた所にある棚を開けて、何かの数を数えて返事をする。
「おにーさんにあげるのは勿論良いよー。でも、んー、私は我慢しよっかなぁ。やっぱり取りに行かなきゃ足りないやー。ちょっと休んだらコンテナまでひと頑張りしなきゃかも……」
「うぇー、あそこのノッカーまだそこそこいるんだったよねえ確か」
ナナミが嫌そうな顔を一瞬してから、思いついたように俺の肩を叩く。
「よし! じゃあお兄さん、出会った記念にノッカーデートしましょっか!」
「え、えぇ……?」
未だに俺の手を握ったままのナナミは、作り物かと言わんばかりにキラキラさせた目を向けて俺の顔を覗き込んでくる。正直かなり可愛いが、どうしてか胡散臭さが拭いきれない、そもそも造語であれどノッカーデートなんて言葉があってはたまらない。
そんな事を思いながらも、その可愛さには思わず目を逸らしてしまい、俺は話題を変えようとする。
「ナムの強さを見たけど、あいつに任せたら楽なんじゃないのか?」
握られたままの手を離そうと少し引っ張りながらナナミに聞くと余計に力を入れられて、俺は少したじろぐ。
「あ、話を逸らすのは減点対象ですよ。行くか行かねーかって話ですよ! でもそうですね、普段のならナムちゃんのおさかなさんでバッサリなんですけど」
おさかなさんはあんまりだろうと思いながらも、俺は黙って話を聞く。
「相性ってヤツですねー。今回のコンテナ部屋にいるのはすっごい硬いのなんです。壁なんかよりも余裕でガチガチみたいな感じで、ナムちゃんの刀も弾いちゃうみたいなんですよねー。最初は勿論それを知らずにナムちゃんとヨミちゃんが行ってくれたんですけど、残念ながら撤退でした。全力なら切れるかもですけど、刃こぼれでもしたら大変ですし、やむ無しって感じです。それでまぁ、その時の為のナナミちゃんってわけですな! がははー!」
最後にギュッと手の平に力を入れた後にナナミはやっと俺の手を離し、ヨミの方を向く。
「ごめーん、ヨミちゃん。自己紹介がてらお兄さんとパパっとコンテナ周りのノッカー叩いてくるから、携帯食料だけ投げてくれるー?」
まだ棚の前で何かを確認しているヨミにナナミが語りかけると「りょうかーい」という声と共に小さな箱が飛んでくる。ナナミはそれを受け取ると、箱の中から透明なパッケージに包まれた色の違う二つに棒状の食べ物をこちらに見せた。
「味、プレーンとチョコ、どっちが良いですか? 始めてだからお兄さんに選ばせてあげましょう!」
「じゃあ……、チョコで」
単純に疲れからか甘い物が食べたかったのでそう言うと、ナナミは無言でその黒いクッキーのような物が入ったパッケージを渡してくる。しかし、それをもらおうと手を伸ばして掴んだはいいが、ナナミの手からそのクッキーが離れない。
顔を上げるとナナミが『分かってますいよね?』と言わんばかりの満面の笑みで手に物凄い力を入れている。
どうやらこの娘は俺に味を選ばせる気が無いらしい。
「いや、やっぱりプレーンで」
「じゃ、私はチョコもらいますね! 嬉しいなー! 好感度上がっちゃうなー! 私チョロいからなー! 噂されるのも恥ずかしくないから学校から一緒に帰ってあげますしー! 放っておいても爆弾付きませんしー! ただ余計なイベントは増えますけど!」
何やらわけのわからないことを言っているが、もしその話が俺が覚えている恋愛シミュレーションゲームの事を言っていたとするならば、彼女の歳は一体幾つなんだと思い、プレイした記憶こそないもののそれを覚えている自分にも少し溜め息がでかけた。
ナナミは包装を破り、黒いクッキーを口に咥える。
「ひゃあ、こんへなはほっひはんで、ふいへひへふだはい!」
『コンテナはこっちにあるからついてこい』みたいな事を言っている、はず。
俺は彼女に呆れながらも、その仕草もまたヤケに作り込まれた演技のようで、やや警戒を強めていた。
ナナミは携帯食料を口に咥えながらスキップするように、先程通った道とは別の方向の通路に進みだす。『ついていっていいのか?』とヨミに視線を送ると彼女は笑顔で頷き、ナムもいつのまにかドッシリとソファに寝転びながらこちらを見ずにヒラヒラと手を振っている。残念ながらその見た目以外に清楚感など欠片も無い。
こんな緩さで良いのだろうかと考えながら、遠足にでも行くような足取りで死地にもなり得る場所へと向かう不思議な少女を追いかける。味があまりしない携帯食料を齧りながら、チョコの方が良かったなんて事を考えている自分も自分ではあったが、とりあえずナナミへの警戒はヨミとナムの反応を信じて解くことにして、これからの事へと考えを移した。
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