DAYS1 -AnotherSide1- 『残り五発は無いつもりで』

『DAYS1 -1-』にて、ヨミが二十三番の部屋に来るまでに起こった数分の出来事。

【ヨミ視点】でのアナザーストーリーになります。


 ノックの音で目が覚める。一瞬悪夢かとも思った。事実、この三年間で何度も見続けた夢だったし、夢の中のノックで何度目が覚めた事か。

だけれど、悪夢なんかよりもずっと質が悪い状況なのは、少し遠くから聞こえるノックの音ですぐに分かってしまった。

「あっちゃー……、だから人が減っても見回りは続けるべきだったんですよ……」

 私は一人でぼやきながらも、着の身着のままベッドから飛び起きる。

パジャマなんて可愛らしい物を身に着けた事なんてもうしばらく無い、強いて言えばこの施設で目が覚めた日以来だろうか。それからはいつでもすぐ動けるように寝づらいのを堪えて私服のまま眠っていた。


 ノックされているということは部屋が開いたという事だ。物資ならば数日前届いたばかり、その時のノッカーは始末し切れなかったけれど、此処までは絶対に近寄って来ない。ということは、このノックの音は私の部屋の近くで部屋開きがあったと言うこと。


 とはいえ一回目のノックの音が目覚まし代わりだった訳ではないはず、悪夢と勘違いしかけて眠りかけていた自分を少し呪うけれど、仕方ないと言えば仕方ない事。

「もうこんな時間だし、一刻を争いそうだなぁ……。私一人、うーん……」

 時計を見ると生き残りは皆眠っている時間だ。私が気付けたのは部屋が近かっただけの事。ただし、まだノックの音が聞こえているという事は部屋主はドアを開けていない。

だからこそ急いでドア前のノッカーを処理しないと仲間になってくれるかもしれない人間がまたあっという間に殺されてしまう。


――そんなのはもう、嫌だ。


 私は、私が心から生きる為に、誰かを助けたいのだ。


「おねがいしますよ、ねぼすけさん。開けないでね……ッ!」

 机の上に置きっぱなしだった装備一式を急いで身につける。女の子らしさの最後の希望として、寝る時も解いていた髪の毛だけは戦闘の邪魔になるだろうとヘアゴムで止め、ポニーテールを作った。もし助けた相手が男の人だったら、こんな格好じゃちょっと恥ずかしいかもなあなんて思ったけれど、オシャレなんて考える時間は無い。考えていたいのは山々だけれど、そもそもこの施設に於いてそんな事を考えられる時間自体があまり無いのだ。


 腰にホルスターは付けたが、臨戦体制をとる為右手に銃を持ったまま弾倉を確認する。

「うん、ちゃんと六発。今日もぴーちゃん、がんばろーね」

 ピースメーカーと呼ばれる私の固有武器。

いつか生きていた誰かが言うには、私が撃つには仰々しすぎる銃らしいけれど、私に適応するようにカスタマイズがされているようだった。

とはいえ、毎回ちゃんと撃鉄を起こさなければ撃てないし、装填も一回に六発までしか出来ない。弾も本来は込めづらいと聞いたけれど、カスタマイズされているからか弾倉が広く開き銃弾は込めやすい。けれどこの銃しか撃った事の私にとっては、何とも取り扱いのしにくいこの銃だけが相棒だ。そして私はこの子をとても気に入っている。


 この施設で三年を共にした相棒だ。

未だに私の射撃の腕は完璧とは言えないけれど、それでも何よりもこの『平和を作る』なんて名前が大好きだ。

 

――たとえそれが、皮肉めいた意味で付けられていたとしても。


 私はぴーちゃんを構え、いつでも撃てる状態にしたまま、自室のドアノブに手をかける。解錠音と共に魔法のように口ずさんだ。

「一発で仕留める、残り五発は無いつもりで」

 いつも自分に言い聞かせている言葉を一人呟きながら、右手の拳銃を握りしめ、左手で自室のドアノブを触った。未だにノックが聞こえるのを確認し、足音が聞こえていないか一拍待つ。急ぐ必要はあるものの、一回の部屋開きで彷徨き始めるノッカーの数はまちまちだ。だから一体目はノックに夢中でも、二体目が私の部屋の前にいたとしても決しておかしくはないのだ。


 幸い、ノックの音はまだ響いている。そうして足音も聞こえない。ノックの音が途切れドアが開いた瞬間に、私達のいつ終わるかも分からない闘いに、また一つ黒星が塗られる事になる。

ずっと、ずっと負け続きなのだ。

見回りをするのが億劫になるくらいに、人も減ってしまった。

「絶対に助けなきゃね」

 私はそっと自室のドアを開け、急いで周囲にノッカーがいない事を確認する。

幸い、周りにノッカーの姿は無く、ずっとノックの音だけがただひたすら響いていた。


――いない、けれど決して遠くはない。


 まだ開いていない部屋の番号はハッキリと覚えている。

この方向ならば二十三番の部屋のはずだ。

ならば四十三番の私の部屋からならば直線方向にノッカーの姿が見えるはず。

 

――なのに、姿が見えない。


 やられたと思った。今回はきっと面倒な組み合わせで出てくる流れ。普通の部屋開きは何でも無い普通のヤツが数体だけの事が多いのに、今回は一体目からステルスタイプのノッカーが出てきているみたいだ。とりあえず二十三番部屋がある左のドアの方に向かって銃弾を撃ち込めば、そこそこの確率でノッカーには命中するはずだけれど、間違いなく気づかれる。一撃で仕留められなければそれこそ面倒な事になる。


 確実に仕留める為にドアノブあたりに照準を定めていると、ドアが思い切り廊下側に引き寄せられる。

正確な距離を測る暇も、近づく暇も無く、ドアが開こうとしているのをこの目で見た瞬間、大声で制止してしまっていた。


「ストーーーーーップ!」

 叫びながら走り、視認出来た廊下側のドアノブを掴んでいる赤い腕へと引き金を引く。走っているせいで照準がブレつつも撃ち込んだ銃弾は、なんとかノッカーの腕を弾き飛ばし、上手いこと撃ち倒す事が出来たようだった。


 ステルス型ノッカーは、絶命と共に姿を表す。腕を撃ち抜いただけで絶命する程だ。通常のノッカーとは比べ物にならない程脆いが、見えないという部分で多大なるアドバンテージを持っているように思える。


 二十三番部屋のドアの前で、いつものおぞましさを披露している死体を無視しながら、私は覗き穴を見ているであろう部屋主に向かって、人間だというアピールも兼ねて、少し自分の身長よりも遠い覗き穴に向かって飛び跳ねながら顔を見せた。

「とりあえずもう大丈夫ですよ! 開けてくださいー」

 返事を待とうと思った刹那、施錠音がして焦る。助けたのに顔も見られず会えず終いなのかと困惑すると同時に、その場に留まれば二体目以降の応戦を強いられる。それは少しだけ、いやだいぶまずい。


 鍵を開けて貰えるのを待っていると解錠音が鳴りホッとする、かと思えば施錠音、かと思えば、かと思えば。まるで遊んでいるかのように鍵のシステムが乱舞している。

「ちょっとちょっと! 開けたり閉めたり! 閉めないで閉めないで! 大丈夫ですから入れてくださいいよー!」

 向こうの人へと声をかける。ステルス型を倒せた嬉しさでややテンションが上がってしまったのが良くなかったのだろうか。少し反省しているとドアの向こうから声が聞こえた。

「でも、ちょっと状況が飲めなくて」

 男の人だ! と思った瞬間少しだけ緊張が走った。この施設は今はもう女所帯なので、男性と話すのなんて久しぶりだ。けれど私の方がこの人よりも三年も先輩なのだから余裕を持たなくてはと思い、あくまで気楽な雰囲気で話しかける。

「大丈夫ですよねぼすけさん! ノッカーは私が倒しました! だから安心して開けちゃってください!」

 数秒の沈黙の後、解錠音が鳴ったので小さくガッツポーズをして、部屋が開くのを待つ。なんといったって、部屋開きは本当に久しぶりなのだ、半年ぶりくらいだろうか。しかも男性……、そもそもあまり施設に男性がいなかった事もあってか少しドキドキする。どんな人がいるのか待ちきれずに開きかけのドアを手で掴んで強引に部屋の中に割り込んでしまった。


 部屋の広さは私達と同じくらい。それは経験で分かっている事だ。そして隣には困惑した表情を浮かべる痩身だけど大柄な男性、ちょっとボサボサで長めの髪に無精髭。

まぁ髪と髭はきっと、ねぼすけさんだったから仕方ないのかななんて思った。ちょっとだけ不機嫌そうな顔、これが普段の顔なのかなと思いながら顔を見つめる。

でもそこそこ二枚目だ。いやこれは少し不純かもしれない、いや不純かもしれないぞ私。なんて思いながら顔をじっと見ている自分が急に恥ずかしくなってしまい、笑顔で誤魔化しながら、それでも本当に心から思った事を口にした。


「生きててよかった! セーフでしたね!」

 救えなかったとしたら、それはこの施設じゃ仕方ない事。けれど救えたのなら、それはこの施設じゃ本当に嬉しい事だ。だから私は思わずニヤけるのを抑えてから、見れる笑顔であることを願いつつ、心から笑った。

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