DAYS1 -10- 『約束って大事なんですから!』
とりあえず俺の固有武器についての説明は終わったが、相変わらず妙なテンションのヨミに今度は俺がノッカー戦前の彼女がしていたように丁寧に説明を始める。
とにかく彼女の衣服を破ったヤツはあの大型ノッカーで、俺はなんら関与していないという事をまず最初に言わなければ話は始まらなかった。理解はしてくれたものの、納得はしていないというような顔。だからこそなるべくあらわになっていた彼女の太ももは見ないようにしていたし、彼女自身も俺が言うまでもなくしっかりとその部分は毛布で隠していた。
「それにしたって、流石に少しは覚えてるだろ?」
「いやー……、私も必死でしたからね……。あはは、お恥ずかしい」
空笑いで済むのが今は幸いだった。話の内容で言えば妙な噛み合わせの悪さだった事は否めないが、それでも二人共とりあえずは生き残ったのだ。
気絶している間にヨミを抱えてベッドまで歩いたという話もしたが、それについては特に言及されなかったので劣情を抱く暇も無かったという事実は言わないでおいた。お姫様抱っことはいえ、出会って一日目にするというのはいかがなものかという話だ。よくある憧れのシチュエーションというのは妄想の世界の話で、彼女がそれに憧れているなんて事は分かりもしないが。
とにかく話をして分かったのは、結局の所ヨミは本気で怒っていたわけでもないのだろうという事だ。確かに混乱こそしていたが、誤解を解ききった後は真面目な顔をして素直に礼を口にしてくれた。
「つまりは、助けてくれたんですよね。ありがとでした。っていうかこれ最初に言うべきでしたよね、すみません……」
彼女は俺が机の上に置きっぱなしにしていたアタッシュケースの方をチラリと見て、毛布に包まれながらこちらに頭を下げる。
「副作用とかは正直分からない。けれど死ぬよりかは、俺のせいで死なせてしまうよりは、ずっとマシだと思ったんだ。エゴに、付き合わせた」
これは言うべきか迷ったが、言及されないとしても言うべきだと思った。何故ならば未知数の話なのだ。許されるなら許されたいと思う自分のエゴと、許されないなら償いをしたいという自分のエゴではあったが、正直に副作用の可能性についてはこちらから打ち明けた。
「ん……、副作用は、多分あるんでしょうけど。でもお兄さんの言う事は半分当たりで、死ぬよりはマシです。でもエゴなのは違います。私だってきっとそうしましたから。しかし……うぅ、まさかこんなに早く借りを返されるなんて……」
彼女は左手で頭を掻きながら、少し困ったような顔で笑う。不意にその手がピタリと止まると彼女は自分の目の前に両手を出し、開閉する。一瞬副作用がもう既に始まったかと不安になるが、彼女は手を見せてニギニギとして笑う。
「ん。とりあえずはまあ、大丈夫みたいですね、良かった」
何か含みのあるような言い方だったが、先程の落ちた毛布を拾う速さから考えても、少なくとも運動機能には問題無さそうだ。
「なら良いんだ。何かあったらすぐ教えて欲しい。とは言っても何が出来るかという話か……」
「たとえばー、目が赤くなるとか?」
クスリと笑いながら彼女は俺の目を覗き込む。ノッカーとはうんざりする程に対峙してきただろうに、俺の目の色に嫌悪感は抱かないのだろうか。だがむしろ何度も対峙してきたからこそ慣れているのかもしれない。しかしその無邪気さに少し照れてしまい、俺は直面している問題に話を戻した。
「と、とりあえず聞いた話では一番多くて残り二体のノッカーがいる可能性があるんだよな? 眠っている間にノックされていた可能性は……」
俺達の眠りはかなり深かったはず、であればたとえノックをされていたとしても気付けていなかった可能性が高い。だが、今現在ノックの音は聞こえていなかった。
「ノックはされていたのかも。ただ運が良ければ、おにーさんが倒してくれたので今回は最後ですね。運が悪ければドアを開けたら二体と鉢合わせですけど……。でももしもいるなら未だにノックの音がしていると思うんですよねぇ……」
彼女はドアの方に耳をそばだてている。同じようにして俺もドア付近の音に集中するが、やはりノックの音は聞こえなかった。
「誰かが倒してくれたとか? 壁の時計がちゃんと動いているなら多分俺達、半日近くは寝てたんじゃ……」
「初対面にして同衾、初夜を迎えて二人共ねぼすけさん……。ロマンチックじゃないですねぇ……。でもまぁ生きていたなら御の字か……」
「何度も言うけれども、俺はベッドに頭を載せていただけだからな……」
溜め息混じりに言うと彼女は「分かってますよぅ冗談ですよぅ」と毛布を頭からかかぶった。
「もしかしたら、誰かが処理してくれた可能性もありますね。または、あんまりに私達の反応が無いんで部屋の前でノッカーも立ち往生とか……? まぁそれは無いか……」
ベッドから立ち上がった彼女は毛布を掴んだまま「これ、よければ貰ってもいいです?」と聞き、俺が頷くやいなやソレを破いて腰の所で結んだ。少し驚いたが、太ももを出しっぱなしにされるよりはこちらも目の置所が増えて助かる。
「動きづらくないか?」
「それよりも乙女としての恥じらいですよ。そういうのを失くした人から死んじゃうんです。部屋に戻ったら少しはお洒落しますよ。せっかくですしね」
何がせっかくなのか分からないが、とりあえず女性として見られたいのであろう事は分かる。とはいえ俺の目から見るとその銃さえ無ければ見た目は可憐な少女そのものなのだが。
「そういうのあってもさっき死にかけてただろ……」
「さっきまでしょげてたのになんて意地悪な! まあ確かに死にかけましたけど違うんです。何度も言いますけど、心が……心が死ぬんです」
彼女は少し寂しい顔をして、拳銃を取り出して弾倉を確認する。一発だけ撃たずに残っていた弾丸を取り出し、悔しそうに握った。
「もう、六発撃つ前にヤラれちゃうなんて、かっこ悪いなあ。どうせなら弾切れまでは頑張りたかったんですけど」
「そもそもアイツは逃げるべきだって言ってたじゃないか。立ち向かってくれただけで、俺は感謝のしようもないよ」
「それはそうかもしれませんけど……、あれだけ偉そうに先輩面した後に助けられるなんて……。あー!! ほんとに格好悪いなぁ私」
少しだけ低くて小さい声、その後に彼女の後悔がそうさせたのであろう少しだけ低くて、だけれど大きな声。その声を聞いて、少しだけ心の生死の話に実感が湧いた気がする。
きっと、彼女はこの施設で過ごす多くの時間を明るく振る舞おうとしているのだ。それこそが生きていく為の大きな力になると信じているのだろう。だからこそ今回の件について彼女は自責の念を振り払おうと苦心しているように見えた。落ち込んでばかりでは、やはり彼女の言う通りに、きっと心が死ぬのだ。
ウンウンと唸る彼女は年相応に見えて、頭でも撫でたい衝動に駆られたが、出会ったばかりで何を考えているのだとすぐに手を引っ込める。
そんな事をしていると彼女の方から右手がグっと伸びてきた。その右手は何かを握っているようで、ギューっと強めに力が込められているように見える。
「あの……。手ぇ広げてください」
俺は少し首を傾げながら恐る恐る右手を出すと。彼女の手が俺の手の上でパっと開かれ、彼女がさっき撃てなかった弾倉の中の最後の弾丸が俺の掌の中へと落ちる。
「これは私のペケの証です。だから預かっててくれませんか? 死にかけちゃった分、私の方が借りは多いんで……」
真剣な顔の彼女に、うんとしょげた声でひょんなお願い事をされてしまった。死にかける前に助けられた分、逆に今回の事でやっとイーブンではあると思ったが、今はそれを言うよりもこの銃弾を受け取った方が彼女も満足するのだろうと思い、手を閉じる。
「いつか、おにーさんの事をまた助けられた時に返してください。ほら! こういうことしてる人って生き長らえるんですよ。約束って凄く大事なんですから!」
無理やり奮い立たせるように明るく笑って言い放った彼女に、思わず俺も苦笑する。所謂フラグという物を掴まされたとも思ったが、物は言いようで、思い方次第で強さにも変わるのだと思った。
そうして、フラグなんてのはなんとなしに状況を結びつけているだけの話で、死ぬ時は死ぬし、生きる時には生きるなんてことは、当たり前の話なのだ。それでも彼女は願掛けとしてその銃弾を俺に手渡した。その気持ちが、何だか妙にくすぐったいようで嬉しく思った。
「ああ、そのうちにまたすぐ返す機会があるさ。なんせ、俺はまだ一日目が終わったばかりなんだから。そっちは何百日目かもしれないけど」
「とはいえすぐ返されちゃうのもちょっとアレですよ……。だから強くなりましょ、一緒に。生き延びましょうね」
彼女は何百日――千日近くをこの施設で生き抜いている。生き延びましょうという言葉の力強さを感じながら、弾丸を握る右手に力を込めると、ただの金属から少しだけ熱を感じたような気がした。彼女の掌の熱が伝わったのだろうか。それとも彼女の心の熱に浮かされたのだろうか。
「ああ、よろしく頼むよ。ヨミ」
その暖かさの理由は分からなかったが、とにかく心地よい暖かさだった。
こうして、彼女の数百日目と、俺の一日目は脅威を残したまま終わり、脅威の可能性を案じた後片付けの時間が始まる。銃弾を握る俺の右手の中はまだ暖かく、ふとヨミの顔を見ると彼女の頬もまた少しだけ赤く見えた。妙な照れくささを感じたのはお互い様だったのだろう。それでも俺は、銃弾の熱をもう少しだけ感じていたかった。
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