DAYS1 -5- 『君じゃなくて、ヨミですよ』
説明を終えたヨミはコホンと咳払いをしてから、微笑みを浮かべながらこちらに向き直る。
「本当はもっと一杯教えたいことあるんですけどね。でもとりあえず簡単な事だけです。"ヨミ先生の授業は今日を生き延びた者にのみ与えられる!"って感じですね! とりあえず一番大事な事は死なない事、そして死なない為には部屋から出る時に油断しない事、勝てそうに無い相手なら一旦急いで自室に逃げかえる事ですかね。まぁ新しい部屋が開いた場合は急いで対策しないと次のが来ちゃうわけですが……」
流石に長く話し続けているとヨミも疲れたように見えて、ふぅっと大きく息をはいた。三年以上もこの施設が放置され続けている理由や、この施設内で生き死にが日常的に起きている理由、ノッカーが何処から来るのか等、まだまだ知りたい事はあったが、きっとそれらは彼女も知らない事かまだ俺に教えても仕方が無いと彼女が判断したのだろう。
それでも始めて会ったばかりの俺に対して、ここまで真摯に向き合ってくれた事がとても嬉しく思えた。
「ありがとな。とりあえずの状況は分かった。それでこれから俺がやることだけれど……」
俺がそう言いかけると、不意にドアが二度強くノックされた。思わずドアに目線が行き、その後に机を挟んだ向こう側に座っていたヨミの顔に視線を戻すと、それまで疲れ顔で笑っていたはずの彼女はもう既に立ち上がり、その右手はホルスターの拳銃を取り出す所だった。
「あはは……、楽しくって忘れてました。私もバカだなぁ。最初の一体目があまりにも上手く倒せたんで浮かれちゃってたや……。それに部屋の中に入ったから安心しちゃってました。久々にねぼすけさんが死んじゃう前に間に合ったし、それにヤツらはノック出来ても自分から入って来れませんしね」
呟きながら彼女はその細い指、よく見ると俺よりもずっと小さな手で、少し大きすぎるくらいの拳銃の弾倉を開けて中身を確認している。
「けれど、やらなきゃ餓死ってわけなんで! 今、ドアの外に一体。そして運が悪ければそれ以外にもう一体か二体、この部屋に迫ってきてますね」
俺に拳銃を見せてくれた時に彼女はその中から一旦銃弾を抜いていたが、ホルスターに仕舞う前に改めて詰め直していたはず。それでも彼女は落ち着く為なのか、それとも焦っているからなのか分からないが、丁寧に銃弾の数を確認して、左掌を三度開閉した後、こちらを向いて笑って見せた。
「うん、大丈夫、大丈夫です。次のコンテナまでは時間がありますし、一日に何度も何度も新しい部屋が開くなんて事も今まで無かったので、とりあえずこれから外にいるヤツを含めて最大三体以上にはなりません。けど、敵さんの目的地は此処なんですよねぇ……、出る為には殺らないと」
「待っていたら諦めて何処かに行くってことは?」
「今まで通りだと絶対に無いですね……。さっき言った通り、ヤツらって何らかの目的意識を持って動いているみたいなんで。それこそコンテナが届けられる時に一緒に出てくるヤツはコンテナを守るように動くし、何処かの部屋が開いた時に出てくるヤツはその部屋主を殺すように動きます。この施設の部屋開きで一番多かった死亡原因は "ステルス型に気づかずドアを開ける" ですけど、次に多いのは"寝起きの散歩"ですよ。ノックされる前に部屋に出てそのまま出会い頭に……って感じです。だからおにーさんは起きてすぐに外出なくてほんとーーーに良かったんですよ?」
ヨミが話している最中にもノッカーのノックは続き、不規則なリズムを刻んでいた。弾倉の確認を済ませた彼女が早足にドアへ近づいて覗き穴から外を見た瞬間、息を呑むような音が聞こえた。振り返った彼女の顔は暗い。
「あー……、とりあえず一体ですけど、大型ですね。早めになんとかした方が良いです。経験上、部屋開きの時に出るノッカーの数は一体から四体。どんな種類のノッカーが出て来るかはその時によってまちまちですけど、ステルスが何匹も来たことは無いかな? ってそんな話をしてる場合じゃなくて、早く何とかしないと……」
冷静に話しているようにも見えるが、表情は依然暗く、更に強張ったままの彼女が急に年相応の少女に見えた。
「仲間の救援とかってのは?」
「多分……、待てば来てくれる人はいるかもしれないです。けれど人に期待して生きていくのは、此処での生活ではオススメ出来ないかもですね。人任せは迷惑もかけちゃいますし、とりあえずは現場に居合わせた人の力でなんとかするってのが基本ルールです。それに今外にいるのがデカいヤツなんで、待つにはすこーし分が悪いかも。のんびり救援を待っている間に、運悪くこれから最大数の二体が来て、それも大型だとすると流石に救援に来てくれた人にも危険が及びかねないですしね……」
仄めかされた仲間の存在に一瞬ホッとしかけたがそれは期待すべきではないと知って俺は少し落胆する。だが彼女が言わんとすることも分かる気がした。さっきこの部屋で目覚めたばかりの俺はともかく、俺を助けに武器を持ってやってきた彼女が部屋に閉じこもって救援を待ち、外にいるノッカーを他人に処理してもらうなんてのは、顔が立たないし、人によっては不和にも繋がる。
つまりは、今打開しなければいけないのだ。
「何か、手伝えることは?」
何が出来るわけでも無い俺だったが、戦う覚悟を持った彼女に対して意を決して聞いてみる。
「――ドア」
すると、彼女は小さい声で呟いて、左手でドアノブを指さした。
「ドア?」
「開けてください。ほら、部屋主以外はドア開けられないって言ったでしょ? アイツは私がやります、だから思いっきりドアを開けてください。それで、私が部屋から出たらすぐに外からドアを閉めます。あとは、そうですね……」
彼女は俺の部屋にあるアタッシュケースをチラリと見てから、俺の目を見て頷く。
「一緒には確認出来そうもないですけど、おにーさんの武器、急いで確認してみてください。もし、もしですよ、すぐに使えそうな凄く凄く大当たりな武器を引いたら、それで助けにきてくれたら嬉しいかなーなんて……。でも期待はしてませんよ。私が殺るつもりで行きます。中身がよく分からない物だったり使いこなせ無さそうな物なら飛び込んで来ちゃ絶対ダメですからね! せっかく最初の一匹にヤラれずに生き延びられたのに、すぐ死んじゃったら死んでも許しませんよ!」
緊迫した状況を和まそうと冗談すら言い放つ彼女の顔に、どうしても違和感を覚えてしまうが、言わんとしている事はおそらくどれも正論で、頷くしかなかった。
「分かった。ドアを開けたらすぐにアレの中身を確認する。それで、君は大丈夫なのか?」
彼女が先程から無理に作っているであろう明るい声色とは逆に、彼女の顔には全く自信の色が無かった。それに、説明を聞いた限りじゃデカいヤツは一人では逃げるべき相手のはずだ。
「だいじょーぶですよ。ま、なんとかなります。というか二体目がこのペースで来ちゃってると三体目がそろそろまずいんで、行きますね。あと行く前に一つ! 君じゃなくて、ヨミですよ! おにーさんのその風体で君だなんて、ちょっと似合わないです。おにーさん、身長でっかいんだからもうちょっとふてぶてしい方が似合いますよ!」
急いでる割に、彼女はどうしてか話を引き伸ばす。まるでこれが最後の会話のように、名残惜しそうに。
「いや、そういう話じゃなくて……」
「そういう話なんです。少しくらいふてぶてしくないと、優しいとすぐ死んじゃいますよ。きっと私は大丈夫、大丈夫です。でも駄目だったら、一人で頑張ってください。此処では死ぬ前に誰かと話せただけ幸せなんですから、私に感謝してくださいね。いや、私も感謝すべきかも? まぁいいや! あと、心配だからってだけで出てこられたら本当に邪魔になるので、無意味に飛び出すのだけは無しですからね!」
そろそろ自分よりも幼いであろう彼女の説教じみた発言にも慣れてきた。それと同時に、時折垣間見えるこの少女の少しだけ厭世じみた雰囲気と、それに抗うように沸いて出てくる希望的観測を交えた笑顔の言葉とのギャップが、永遠に混ざりかけのまま渦を作り続けるブラックコーヒーとミルクが入ったカップの中身を眺めているようで、その渦が妙に自分の心をかき乱しているような気がしていた。
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