DAYS1 -4- 『働かざる者、餓死です』
歳はいくつか下に見えるが、この施設では先輩であるところのヨミ大先生の授業は、分かりやすい上にウィットに富んでいた。というよりも中々にブッ飛んでいる。
「ほら、ヨミ先生直伝の生き残り講座開始ですよ! 話の腰を折るのは一回までですからね!」
いつぶりだかは覚えていないが、学校でこんな風に勉強をしたことがあるような気がした。勿論、教鞭を取っていたのはこんな女の子では無かったのは間違い無いが。
「ちゃんとメモっといてくださいね!」
相変わらず説明をするヨミはヤケに前のめりで、少し気迫を感じる程。険しい顔こそしていないが話口調は至って真面目で、何となく彼女の中にある二面性を感じた気がした。
「なぁ、こんな仰天話を忘れる事なんて無いと思うんだけど、メモ書きっているか?」
「もう、おにーさんは分かってないなあ! メモは重要だって誰かに習いませんでしたか!? あと、私が死んだら二度目の講座は無いんですからね」
"私が死んだら"
その言葉に、自分がやはりまだ現実を飲み込めきれてないことに気付き、ペンを強く握る。
「あぁ、申し訳ない。そりゃ、そうだよな……」
「そうですよー? もし私が駄目になっちゃって、それでも運よーーくおにーさんが生き延びられたら、次の子にはおにーさんが教えるかもしれないんですから。でもまぁ、開いてないのは残り二部屋だけなんでアレですけどね! じゃあ、まずは簡単なことだけ話していきますね」
ヨミの説明が続く。
出入り口だと思われるドアの存在が未だに見つかっていないという事。
次に、この施設内には自分達に敵意を持つノッカーと呼ばれる化け物と自分達被験者しか生物はいないであろうということ。
おそらく『ノッカー』という名前は単純に"ノックをしてくる者"という意味での表現なのだろう、確認も込めて改めてノッカーの名前の由来を聞くと「ヤツらは部屋が開く度に決まってノックしに現れるんで!!」と強めに返された。確かにあのノックは、ボウっとした時にやられるとすんなり開けてしまう人間も多いだろう。
そして、この施設にいる人間は皆、自身の記憶が曖昧だということ。特に名前については誰一人として記憶していないらしい。更に一人に一部屋、見慣れた家具が配置された部屋をあてがわれている事などを改めて矢継ぎ早に説明してくれた。
固有武器については、説明の最中に彼女がまたホルスターから銃を取り出して見せてくれた。
「さっきも見せましたけど、私の場合はこの銃でした。正式名はピースメーカーだったかな? 何だか特注仕様らしいんですが、それにしたって扱えるようになるまでは苦労しました。今は大事な相棒の"ぴーちゃん"です」
ピースメーカー、平和を作る為の銃。そんな名前の銃は何処で使ったとしても皮肉が聞いているように思えるが、事この施設に於いては正しく平和を作る銃なのだろうと思った。安直なネーミングセンスは如何なものかと思ったが、真剣な顔で見せてくるので茶化さずに"ぴーちゃん"を見つめる。
「気になるなら試しに触ってみます? 大丈夫、暴発なんてしませんよ。でも間違いがあったらアレなんで!」
そう言いながら彼女は銃弾を抜き取り銃を手渡してくるが、流石に遠慮したいと思い受け取るのを拒む。すると「いいからいいから! どうせ弾が入っててもおにーさんには撃てませんよ!」なんて笑いながら彼女は撃鉄を起こした銃をこちらに渡してきた。それを恐る恐る手に取ると「引き金を引いてみてください」なんてことを言い出す。
「いやいや……、俺はこんな実物始めて見たし、触ったのも今が始めてで……」
そう言って銃を返そうとすると彼女は変わらずニヤニヤと笑いながら俺の右手を掴み銃を持ち直させた、そして俺の人差し指を引き金にかけさせてくる。
「ちょっ!!」
抵抗する間も無く俺の指に思い切り彼女の指の力が込められ、弾倉が回るのかと思ったが、引き金はびくともしなかった。さっき銃弾を抜き取ったのは見ていたので勿論発砲されるはずもないのだが、引き金すら動かないのだ。撃鉄を上げるのも見ていたから、引き金自体は引けるはずだ。尤も引きたくは無かったが。俺の指を押し込んだ彼女の力もある程度は強さを感じた事から、やはり引き金が引けないなんて事は無いはずだ。
弾丸が入っていない銃であっても引き金が引かれ撃鉄が落ちる事くらいは想像出来ていたはずなのだが、彼女の力が無くなった後、試しにもう一度軽く力を込めてみても引き金は微動だにしなかった。
「ちょっと意地悪しちゃいましたね。この子の引き金、実は私しか引けないんです。多分他の人の固有武器も似た感じですね。亡くなった人の物については、試した事こそありますが……、使える物があったとしても何だかしっくりこないんですよね。指紋認証? 生体認証? どういう仕組みかはわかりませんけど」
彼女は俺の手から銃を受け取ると、そのままそれを天井に向けていともたやすく引き金を引く。
カチッという小気味良い音が部屋に響いた。
亡くなった人の固有武器がしっくり来ないというのはなんとも言えないが、このような生体に関するギミックが含まれているならそういう事も可能なのかもしれない。それに、それらを固有武器と呼んでいる程なのならば尚更だ。
「つまり、人の武器を借りたところで意味は薄いってことか」
「そこで"奪う"って言わないあたり、おにーさんの善人さが見えますよねぇ……。そういうの嫌いじゃないですよ。仲良くしましょうね」
なんだかよく分からない事で褒められてしまったが、彼女は少し憂いを帯びた表情で話を続けた。
「というのも、人の武器が使えないのが分かったのは、自分だけが生き延びようとして人の武器を奪った人がいたからでしたし……。まぁそんな悪い事をした人から死んじゃうような所なんですけどね、此処って」
彼女は改めて銃に弾丸を詰め直し、銃口の先を俺から外しつつホルスターにしまう。危機管理が徹底しているように思えた。やり過ぎにも見えたが、彼女なりのマナーのような、ルールのようなものなのだろう。
「成る程な……。でも、それにしてもぴーちゃんって……」
うっかり、思わず、つい、とうとう聞いてしまった。
「今更名前に突っ込みます?! いいじゃないですか! ピースメーカーのぴーちゃん! ここではね、こういうのに一々名前をつけたり楽しい事考えて無いとすぐ死んじゃうんですから!」
思った以上にもっともらしい理由が返って来て驚く。死んじゃうというのは言い過ぎのような気がしたが、要は気の持ちようが大事だという事だろうか、それにしたって中々独特な限界状況だという印象を持ってしまった。
「それはまぁ分かるけど……」
「大事ったら大事なんです! あぁ……、でも死んじゃうって言っても実際に死ぬんじゃなくて……。いや結局は実際に死んじゃったりもするんですけど、とにかくまず心が死んじゃうんです。おにーさんもなんか大事な物を見つけたら名前を付けてかわいがってあげたらいいですよ!」
彼女が言う"心が死ぬ"という言葉に、改めて限界状況の気配を読み取ってしまいげんなりとする、この施設での状況の悪さが垣間見えた気がした。
此処では常に本物の死と隣合わせなのだ、ならメンタルケアだって重要なのは間違い無い。
尤も、この名前を付けるという行為がそのメンタルケアになるかは分からないが。
「これ重要!って書いといてくださいね!」と言うヨミの言葉に苦笑しながら、ペンで殴りがいたメンタルケアという言葉を文字をペンでぐるぐると囲んで、顔を上げると丁度ヨミの後ろに俺専用の固有武器が入っているであろう銀色のアタッシュケースが見えた。
これが俺専用のノッカーと戦う武器であるなら、一体何が入っているのか。
話が終わったら確認しようと思い視線を前に戻すと「ちゃんと聞いてます?」と言わんばかりのむくれたヨミの顔が目の前にあった。
「ねーえー、おにーさん。ほんっとーーに死んじゃうんですからね! 駄目なんですよ、集中してくださいよう。もうちょっとなんで、武器もあとで一緒に確認しましょうね」
アタッシュケースを見ていた事がバレていたのだろう、あやすように言われ、俺は素直にノートに視線を落とす。
すると彼女は分かればよろしいとばかりに話を続ける。
「これも重要な事なんですけど、部屋を開けられるのは部屋主だけです。ドアノブ触るとビリビリってして触っていられないんですよね。だから死んじゃうとその人の部屋には入れなくなるんでちょっぴり大変になったりするんですよね。だから基本的には物の貸し借りとか禁止です」
個人主義の徹底が凄いことになっている気がした。
わざわざそこまでする必要があるのかと思いながら、ふと今になって気になった事があった。
「なあ、ちょっと話ズレるかもしれないけれど、一つ質問良いか? 結局今の年月日って?」
「それが、わっかんないんですよねえ。此処だと常に過ごしやすい温度が施設の機械でキープされているので季節の概念も無いです。とりあえず時計はあるので、昼と夜と、それとコンテナが来る一週間刻みで数えてはいますね。本当は睡眠時間を分けて見回りとかも必要なんですけど、最近気にかけてるのは私くらいで……。もう開く部屋も少ないので、ちょっと気が緩んでるかもって思っていたところにおにーさんの部屋が開いたわけでした!」
エヘンとあまり無い胸を張るその仕草に少しだけ彼女の言う気の緩みを感じたが、それは言わない事にした。
「あと、今も言いましたけど食料品は一週間に一回ペースでコンテナに入って色々届きます。ついでにノッカーもおまけに付いてくるんで、そいつらは殲滅します。まるでコンテナを運んできてくれるみたいに毎回ついてくるんですよね。ヤラないとヤラれますんで、今後はおにーさんも頑張らなきゃですねー」
メシを食うにも命賭けとは、徹底して被験者とノッカーをやりあわせたいように思える。
「なんか種類がいるみたいな事言ってたけど、見えないヤツとか」
「そうそう! おにーさんも私も運が良かったんですよ、ステルス型は普通に出てこられると凄く殺りづらいんで、最初の一匹目のノックに気付けると楽なんです。音のするドアの目の前にいることが分かるんで後は撃ったり斬ったりで大体一撃です。 他のは、一番多い通常型は単体ならそんなに強くないかなあ……。でも最近あんま見なくなっちゃったんですよね……。あ、大型は見てすぐ分かるとは思いますが逃げた方がいいと思います。殴られたら一撃か、いいとこ数発で」
目が一瞬鋭くなる、ということはつまりこの大型ノッカーにやられた被験者は多いということなのだろう。
ステルス型に通常型、そして大型。
どれだけの種類がいるのかは分からないが、とにかく俺達の敵には複数の種類がいて、定期的に対峙する必要があることだけは分かった。
まだ俺自身はそのステルス型とやらの死骸しか見ていないが、アレは歪ではあるものの人型だったように思える。
それでも、人間とは程遠い赤を基調とした肉体が、目に焼き付いている。
銃弾が当たったであろう傷からは赤い血液、というよりも体液が流れ出していて、その歪な口は何かを呟くようにパクパクと動いていたのを覚えている。
「ヤツラは、なんか喋ったりするのか?」
「いーえ、唸り声を上げるくらいで、言葉までは。基本はゾンビって感じですね、身も蓋もないですけど。でもなんていうのかな……、理性は無いけど知能はあるような、気持ち悪い頭の良さを感じるんですよね。目的意識で動いてるっていうか。なんとなくですけど、ホラー映画であるようななんでもかんでも倒せ壊せ食えーって感じじゃないんですよ」
雑な説明に聞こえるが、それは言い得て妙だった。
「それに、新しい部屋が開く度に出てこいってノックしてきますしね。
それが習性なのか、そもそも何処から来るかさえ、未だに分からないんですよ。
このトンチキ施設め……」
そう、ドアを選んでノックなんて出来るのは、人間くらいの物なのだから。
「いっそ、開けずに引きこもればいいんじゃ?」
「ごはん! 餓死! 餓ー死!」
冷蔵庫を指で差しながら「がーし!」という彼女の言葉を受け、部屋の冷蔵庫を開けてみたが、ペットボトルの水が数本くらいしか見当たらなかった。飲める事を祈りたいところだ。
「なるほど……」
「働かざる者、餓死です」
物凄く端的な事実だった。
ある程度話を紙にまとめたところで彼女は「とりあえず今日はこのくらいでいっかな!」と大きく伸びをしながら言った。彼女の説明は所々雑で内容の重さと矛盾する気安い口調も多かったが、それが妙に安心感を誘った。
たまに頭をはたきたくなるようなテンションの高さは置いておいて、それでもとりあえず積み重なる情報達に揉まれて少しずつ頭が冴えてきた気がした。
しかし、説明に出てきた言葉達、ゾンビという言葉にすら聞き覚えがありイメージが沸いたのに、自分自身の事を未だにハッキリ思い出せない気持ち悪さが、胸の中にいつまでも残っていて消えなかった。
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