DAYS1 -2- 『おはようございます寝坊助さん』

 とりあえず部屋の中は安全で外から開ける術は無いのだろうと高を括って、俺は開ききったドアを急いで締めドアノブから手を離した。

それと同時に施錠音が聞こえる。であれば、このドアは自動的に施錠を行っているのだろうか。


 ともあれ、驚異に対して対処してくれた人間がいたという事は分かっていた。

こちらの方に駆け寄る音は聞こえていたし、その声からまだ大人に成りきっていないであろう少女程の声だとは想像していたが、警戒して損は無い。

だが、助けてくれたというのは事実に他ならない。


 覗き穴の向こうは何ともグロテスクな状況だったが、すぐに少女の顔が映り込み、ピョンピョンとドア前で跳ねているのが分かる。

「もう大丈夫ですよー。開けてくださいぃー」

 気楽な声というかふにゃりとした声を出す少女の声に少しだけ緊張が解け、俺は思わず警戒心も薄まってドアノブに手を伸ばしてしまう。触ると同時に、またカチャっとドアから音がした。どうやらやはり、このドアは部屋主がドアノブを触れる事で解錠を行い、離す事で施錠を行っている。やけにハイテクな技術に少し驚きながらも、何度か確かめてみて確認した。とにかく、俺がドアノブを握っている間だけ、このドアは開けられるようになるみたいだ。


「ちょっとちょっと! 開けたり閉めたり! 閉めないで閉めないで! 大丈夫ですから入れてくださいいよー!」

 少女の焦った声が聞こえる。あんな光景を見た後だと言うのに彼女のその声は妙にコミカルに聞こえた。

「でも、ちょっと状況が飲めなくて」

「大丈夫ですよ、ねぼすけさん! ノッカーは私が倒しました! だから安心して開けちゃってください!」

 ノッカー? と思いながらもその声を聞き、おずおずとドアノブを掴んだ俺は解錠を確認しドアノブを回す。すると俺がドアを開けるよりも早く向こうからドアを無理やり押し開けられ、少女が部屋の中に入りこんで来た。そうして俺の顔をしばらくじっと見た後に、彼女は笑った。

「生きててよかった! セーフでしたね!」

 その笑顔がヤケにキラキラしていて、思わず見惚れてしまいそうになる。だが、彼女のその表情はすぐに膨れ面に変わった。

「でもですね! 慎重なのは偉いですけど入れてくれないのはひどいですよー! 私、一応あなたの命の恩人なんですからね! それにあなたが起きるのずっと待ってたんですから! もう! もう!」

 頬を膨らませながら部屋に入ってきたのは十六歳くらいの小柄な少女だった。

容姿こそ幼さは残っているが可愛らしい顔立ち、だが服装は年頃に似合わずラフな格好だった。手入れの努力が伺えるような栗色の肩くらいまで伸びた髪を後ろで結びポニーテールにしていて「もう!」と言いながら腕を振る度にその毛先が揺れる。

その目の色が少しだけ茶色がかっているのが印象的だった。


 服装はラフなパーカーにジーンズ、パーカーは少しほつれており、左側がめくれ上がって、何かの入れ物が付いている。怒っている素振りを見せている割には、顔はそこまで険しくなく、むしろ嬉しそうなくらいに見えた。


 おそらく純粋に少女と呼ぶ程の年齢は多少越えていそうだが、その背丈やその頬を膨らます仕草や動きのあどけなさから成人しているようにも見えなかった。


 何より、そんな彼女の手にはその少女性に似つかわしくない拳銃のような物――ではなく先程の発砲音から考えた通り、本物の拳銃が握られている。つまり、腰の左側についていた入れ物は、拳銃のホルスターだろう。たった今、外で俺の部屋をノックしていた何かを殺害したであろうその凶器に目にし、この状況に全く適応出来ていないままに狼狽を隠そうとしている自分。


 そんな俺を安心させるように彼女はゆっくりと微笑んでからすぐに表情を砕けた笑みに変えて、あっけらかんとした声で「あ、そういえば挨拶忘れてましたね、大事大事!」なんて事を言い出した。

「おはようございます、ねぼすけさん。それと、はじめまして! 私は四十三番です。あなたの番号は?」

「お、おはよう。それと、ありがとう……? でいいんだよな。状況はいまいち掴めていないけれど……、その番号っていうのは?」

 四十三番と名乗るこの少女は頬で感情を表現するのだろうか、お礼を言った事で頬を緩ませて照れ笑いを浮かべている。

「えへへ……、ありがとうでいいんですよ! どういたしまして!! えっと、この施設の名前とかそういうのは私も分からないです。私がさっきやっつけたのはみんな『ノッカー』って呼んでます。伝承に出てくる妖精みたいなかわいいもんじゃないですよ? コンコンってノックされたでしょ? 見えてるヤツなら皆開けないからいいんですけど、見えないヤツの時は皆開けちゃうから、すぐ殺されちゃうんです」

 大人しく聞いてはいたが、なんてこともないように言う彼女の"殺す"だのという物騒な言葉の連打に面食らってしまう。

「あとは、うん。とりあえずあいつらとやってく為の事はマニュアルに書いてますけど……、まぁほとんど意味の無いこと、かなぁ」

 遠い目をしながら、俺がいつの間にか床に落としていた生きる為とやらのマニュアルを彼女は拾い上げる。

「おにーさんの番号も多分そこに、でも中に書いてあることは基本嘘っぱちですけどね! 一年間だなんて序文が、そもそも嘘ですし。この施設にいる人は全員部屋が割り当てられていて、その部屋にはそれぞれの見慣れた物が集められてるんですよね」

「これとか」と笑いながらジャラジャラと奇妙な首の短いキリンのキーホルダーがついたキーケースを見せられた。


「基本的には見慣れた物というか、その人の私物の寄せ集めで出来ている部屋なので落ち着くはずです。でもその中に見慣れない物があるはず、それがそれぞれの部屋主がするべき役割を教えてくれると思いますよ。すっごく大事な物です、所謂キーアイテムってヤツですねー。武器の事が多いんで私達は基本的には固有武器って呼んでます」

 武器があるのは分かったけれど、固有というのはどういうことなんだろう。そんなことを思いながら部屋を見渡す。


「きっとあなたにしか分からないはず、なんか変なのありません?」

 そう言われて、部屋中をくまなく見回すと、確かに一つ見慣れない物があった。持ち運びしやすそうなサイズの銀色のアタッシュケース、あれに俺の武器があるのだろうか。俺の視線の先を察したのだろう、少女は説明を続ける。

「あ、ありました? 一応、説明すると私の場合はこの拳銃です。何が固有武器か何か教えてくれない人もたまにいるんですけどね、私の場合は射線上に人がいると間違えて撃っちゃうといけないので、始めて会った人には最初に説明しておくことにしているんですよねー」

 彼女は少し胸を張りながら手に持った拳銃を一度掌の上に乗せ、銃口の先を俺から外しながら腰のホルスターにしまう。


「あと、この施設には定期的に敵意を持った存在が送られてくるんです。さっき言ったノッカーってのがそれですね、頑張らないとすぐに殺されちゃうんですよ。何なんでしょう、常識みたいなのが吹っ飛んじゃう感じですよ。爪で引っ掻いてきたり、すごく大きかったり、すごく早かったり、見えなかったり」

 身振り手振りで説明されるが、殺されるという言葉がどうしても引っかかってしまい後の言葉が上手く頭に入ってこない。彼女の口からはあまりにも簡単にも殺されるという言葉が繰り出される。


「とにかく、俺らはそのノッカーってのと戦わなきゃいけないと」

「そうそう、簡単に言えばそういうことです。生きる為には戦わなきゃですね。さっきのは見えないヤツ、ステルス型ってやつです。実はアレすごく殺りづらいんで丁度良かったんですよね! 凄く脆いから何かしら当てさえすればノッカーとしては弱い部類なんですけど見えないってだけで大変で……。でも弱いって言っても人殺すくらいの力はあるのであいつに殺されちゃう寝起きの人はほんっっとーに多いんです。ヤツラって理性とかは無さそうなのに妙な使命感みたいなものに準じて動いているっぽいので、ねぼすけさんのおにーさんは危なかったんですよ!」

 言っている事は何となく理解出来るものの、繰り返す寝坊助という言葉が気になった。目覚めこそ気分は悪かったが、精神の覚醒は割と早かったはずだ。


「さっきから俺、寝坊助寝坊助言われてるけど、そんなに起きるのが遅かったのか?」

「そうですねぇ……すんごく遅いです。皆さんがいつ起きるのかはバラバラで、まぁおにーさんも最後の記憶に残ってるでしょうけれど、数週間眠るってことで薬かなんか打たれたじゃないですか。けれど、起きるタイミングは全員バラバラだったんです。今までに開放された部屋は沢山ありましたけれど、残念ながら死んじゃった人がほとんどです。まだ開いて無い部屋はこれで残り二部屋ですね」

 苦笑しながらも淡々と情報を並べていく彼女の目が急に鋭くなる。

「それとですね……」

 少しだけ言いづらそうにしてから、彼女は有り得ないような言葉を口にした。それは寝坊助と言われても十分仕方ないと思う程に、残酷な現実だった。

「私がこの施設で目覚めて三年、経ちました。外からの音沙汰は無し、何かあるとすれば残った部屋が開き切るのを待つのとノッカーを倒すだけ。つまりはまあ、その部屋に備え付けのマニュアルに書いてることが嘘ってのはそういう理由からです。何が生き残るんだって話ですよ! 此処にいる人は大体みーんなバカを見てます。だから番号だけ見て捨てちゃいましょ」

 彼女は少しぶっきらぼうに言い放ち、俺からマニュアルをひったくると表紙を残してビリビリと破り捨てた。

「それじゃ、三年間生き残る為に必要だった事を、これから教えてあげますね! 二十三番のおにーさん!」

 彼女は目をギラリと輝かせながら、マニュアルからちぎり取った番号の部分だけを俺に手渡し、少しだけお姉さんぶって笑った。

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