第2話 絶望と出会い

「うう、まだお腹がたぷたぷだ」


「キュ……げぷ」


 クラウと一緒に、この辺の果実をお腹が破裂しそうなくらい食い散らかした。

 ほとんどが果汁の果実だったのもあって、ちょっとお腹が気持ち悪い……。お腹いっぱい食べたおかげで、体は少し元気になった気はするんだけど。


「でも、ちゃんとした、お肉とか魚とかも食べたいな」


 動物を狩るのは僕には無理だろうし、植物は食べられるかどうかの区別がつかないからな。

 クラウはさっきの果実に迷いなくかぶりついてたし、そのへんの区別がついてるのかもしれないけど。


「よし、ちょっと休憩したら少し探検でもしてみようか」


「キュイ!」


 なにかちゃんとした食べ物があれば、僕とクラウだけでもこの森で生きていくことができる。

 案外そっちのほうが簡単だったりして。

 食料も見つかったからか、今はこの状況も少しだけ楽しい。クラウがいてくれてるからというのもあるかもしれないけど。本当に最初に一人ぼっちじゃなかったのは大きい。


「キュンキュイ!」


「どうしたのクラウ」


 なんだかクラウが言いたげにしている。またなにか見つけたみたいだ。でも、果実を見つけたよりも随分慌ただしくしているように見える。


「煙?」


 クラウのいる、少し先の方の空を見ると煙が上がっているのが見えた。火事っぽくは見えないし、もしかすると人がいるのかもしれない。


「クラウ、行ってみよう!」


「キュ!」


 早く行かないと煙の下にいる人がどこかに行ってしまうかもしれない。そう思って少し急ぎ足で煙の昇る方に向かった。

 まだ万全じゃない体に鞭打って歩いていると、あることに気がついた。


「あれ? さっきまであんなに煙立ってたっけ?」


 いつの間にか、空に昇る煙の数が三つに増えてる。どれも細い煙だけど、なんだかおかしな感じがする。


「クラウ、ここからは少し様子を見ながら進もう」


「キュ」


 初めの煙のもとまで近づくと、最初見たときよりも煙の勢いが増していた。それに、また一つ遠くの方に煙が増えている。

 これはもう間違いなく誰かいる。こんな森の中で、同時にいくつも火がおこるのはおかしい。


「あれって……」


 ようやくたどり着いた場所の茂みから様子をうかがってみると、一本の木が燃えていた。隣のいくつかの木にも火が燃え移っていて、煙が目に染みる。

 この火の原因は多分、木に刺さっているあれだ。


「矢……だよね?」


 どう考えても自然じゃない。やっぱり、この近くに誰かいるんだ。

 でも、火のついた矢なんて持ってる人に近づいても大丈夫だろうか。どんな人なのかもわからないし、そんなものを向けられたら、絶対に無事では済まないと思う。

 ここまで来てるのに、近くにいるかもしれない人間が怖い。


「キュウ……」


 クラウが心配そうに僕の手を握った。震えていたのか。こんな小さな子に心配されるなんて、この先が思いやられる。


「…………行こう」


 どの場所も近いけど、あっちの煙が一番近いな。

 ここまでの半分もない距離で行けそうだ。

 その場所へ向かおうと、茂みを出たとき————。


「キュッ!!」


 クラウの声と、危機心地の悪い鈍い音が耳元に聞こえた。

 頬に生暖かい液体が飛び散った。

 なんだこれ………。

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 触った手には赤い液体。地面に倒れた白い獣。血の滴る混紡を持つ子供のような生物。


「クラウ!!」


 僕はすぐにクラウのもとに駆け寄って、抱きかかえた。


「もしかして、僕をかばったのか…………!」


「キュ……キュウ…………」


 まだ生きてる! よかった。とにかくここから逃げないと……。

 でも、あいつが。なんなんだあれは…………。


 血色の悪い緑色の肌と、子どもみたいな小さな体。尖った耳と鋭い牙。

 そんな化物が黄ばんだ唾液を滴らせて、血走った赤い瞳で僕たちを睨んでいた。


「人じゃないよね、どう見ても…………」


 とにかく、急いで逃げなきゃ!

 そう思ってはいても、足が震えて今にも崩れ落ちてしまいそうだ。


「グルルルルァァ!!」


「うわああ!」


 化物の叫び声に僕は思わず走り出した。

 よ、よかった! 足動いた!


「はぁはぁ…………」


 さっきまでよりも全然体が動いてる。果実をお腹いっぱい食べてたおかげかな。

 化物は興奮気味に鈍器を振り回している。その姿はまるで悪鬼だ。

 背後から叫び声と足音が聞こえてきて、全然生きた心地がしない。


「ぐあぅっ!! 足が!」


 まだ体が万全じゃないのに、油断した! 何かに躓いて、転んだ拍子に片足を捻ったみたいだ。


「くそっ! クラウ!」


「キュッ…………」


 このままじゃクラウが死んじゃう! いや、その前に僕もやばい! どうしよう、どうすれば!

 化物は倒れた僕たちを見て、不気味に笑っている。


「!? 待て、なんで…………」


 化物は目の前で倒れる僕を素通りした。そして、なぜかクラウのもとへと歩いていく。


「やめろ! お前、クラウから離れろ!」


 化物が混紡を振りかぶる。それを振り下ろせばクラウは…………。クラウは僕を庇って、あんなに傷だらけになったのに、そんなの許せない。


「僕が、見捨てられるわけないだろ!!」


 腫れ上がった足で、痛みに耐えながらなんとか立ち上がることができた。

 なにも考えられない。とにかくクラウを助けないと!


「うわあ!」


「グルァ!?」


 背を向けた化物に、渾身の体当たりでぶつかる。

 ふらつきながら、僕も化物もそのまま地面に倒れ込んだ。


「や、やった!」


 運よく、化物の落とした棍棒も僕の目の前に転がった。それを拾い上げて、僕は化物に向き直った。


「グルルル……」


「はぁはぁ、どうする、逆転したぞ……!」


 表情を見れば、化物が余裕をなくしているのがわかる。

 このまま去ってくれ! 頼む!


「グアァァ!!」


 そんな願いは届かず、化物がこっちに向かってくる。


「クソぁ!」


 向かってくる化物に全力で混紡を振り下ろした。

 攻撃が化物の左肩に当たり、化物は膝をついた。


「やった!」


「グヒッヒッヒ…………」


 そんな! 当たっていたはずなのに、効いてない!?


「ぐはっ!」


 混紡を掴み、化物は軽々と僕を蹴飛ばした。

 僕の力は、そんなに…………。


「ごほっごほっ!!」


 そしてまた、化物はクラウのもとに歩き始める。

 なんで、クラウばっかり!


「やめろ……お願いだから、やめてくれ!」


 化物は言葉が通じないのか、止まる気配がない。


「誰か、助けて! 友達が、死んでしまう!」


「グルァ……」


 化物が混紡を振り上げる。

 背中越しでも化物が笑みを浮かべているのが伝わってくる。


「誰でもいいから! お願い! 助けて! 頼むから! お願いだから…………」


 僕はどうしたら! 僕じゃ何もできないのか! このままじゃクラウが! くそ!


「!?」


「グルアァァアッ!!!」


「————やめろおぉぉっっ!!!!」











「………………」


「…………なんだ?」


 なぜか、化物は腕を振り下ろすことなく、その場で固まっている。

 何が起こったのかわからない…………。

 そして、その後に倒れたのは化物の方だった。


「なにが…………」


 よく見ると、倒れた化物の背に二本の矢が刺さっていた。


「た、助かった?」


 それを理解して、思わず安堵のため息が漏れた。

 全身の力が抜け落ちて寝転んでやっと、生きてるということが実感できた。


「僕、まだ生きてる……」


「君大丈夫?」


「うわああ!!」


「ご、ごめんなさい!」


 突然、寝転んだ僕の顔を一人の女の子がのぞき込んできた。

 びっくりした……。さっきの矢、もしかしてこの子が……。


「う、うん大丈夫。それよりさっきの君が?」


「うん、そうだよ」


「あ、ありがとう。おかげで、た、助かったよ……」


 まだ混乱してるのか、なんだかうまく口が回らない。それとも、久しぶりの人との会話だからかな。

 それを目の前の子が気にする様子はない。


「ううん、気にしないで。魔物に襲われてる人がいるのに見過ごすことなんてできないからね」


 そうやって笑うと、その子の綺麗な黒髪が揺れた。


「あ、ありがとう……って、クラウ! クラウ、大丈夫!?」


 足を引きずり、倒れたクラウのところに這いよる。


「…………」


 ………………うん、まだ息はある。でもどうすれば、こういうときすべきことなんてわからないよ。


「見ない生き物だね。この子、君の友達?」


「うん。でも、どうしたらいいかわからなくて…………」


「ん〜、私もあんまり詳しくないんだけど、でもできることはやってみるね!」


「ほんと! ありがとう!」


 すると少女は、肩から下げていたカバンをおろし、中から布や、緑色の液体の入った小さな小瓶を取り出した。

 見た感じだと、歳は僕と同じくらいかな。

 ボロボロの赤い服は、いたるところに破れ箇所を縫い直したあとがある。


「とりあえず応急処置くらいのことしかできないけど、私の村まで来ればちゃんと手当してあげられるから」


 村があるのか。そこまで行けば、クラウは元気になる。


「それって遠いの?」


「すぐそこだから、急いで出発しよ。じゃないとこの血の量は、この体の小ささだと危ないかもしれないから」


「わかった」


 まだ体が本調子じゃない、なんて言ってられない。足が捻っていようが関係ない。友達がいなくなるよりずっとましだ。


「よし、じゃあ行こっか。歩ける?」


「歩くよ」


 足の怪我に気づいているのか、少女は少し飽きれたように笑った。


「痛かったら無理しないで言ってね」


「うん、ありがと」


「君、名前は?」


「ソラ」


「ソラくんだね。私はミルよろしくね」


「こちらこそ、よろしく」


 僕たちはミルの住む村に向かうことになった。

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僕の知らない物語〜ゼロからの冒険〜 シスイ @sisisis824

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