僕の知らない物語〜ゼロからの冒険〜
シスイ
第1話 ソラとクラウ
————僕は誰だ。ここはどこなんだろう。
そう口にしたつもりが、どうやらその子には聞こえていないらしい。
街を見渡せる小高い丘の上。崩れ倒れたいくつもの石柱。そのうちの一つに、少女は腰を下ろしていた。
街を見下ろす少女の髪は、炎のように赤く揺れている。顔も名前も知らないのに、その子が隣に座っていることが不思議と当たり前のように感じた。
「またたくさん人が死んだね」
「戦争だからね」
自分の意志とは関係なく、少女の言葉に僕はそう返していた。
戦争? どういうことだろう。
自分の言葉を不思議に思って、思わず自問した。身に覚えのない話だったからだ。だけど、そう思ったのもつかの間。
ああそっか、今は戦争の真っ只中なんだっけ。そう思うとそれは驚くほどあっさりと受け入れられて、不自然なくらいに自然と自分の中に馴染んでいった。
「戦争なんてなくなってしまえばいいのに、なんて思うのは私がまだ子供だからなのかな」
なんてことを言いつつ、きっとこの子にはわかっていたと思う。ずっと見てきた世界は、平和を夢見て生きて、けれど平和なんてものは所詮夢でしかないと突きつけてくるような、そんな世界だった。
争いのない世界なんてものはありはしないんだって、さんざん思い知らされて、とっくにわかっていたはずなんだ。
だからこそ僕には、彼女の気持ちが痛いほどよくわかった。
「この戦争に終わってほしいの?」
「終わってほしいよ。でもそんなの無理。この戦いは終わらない。その時が来るとしたらそれは…………」
目を閉じた少女は寂しそうだった。
「じゃあ、僕がこの戦争を終わらせるよ」
口をついて出たその言葉に、少女は目を見開いていた。真っ直ぐで綺麗な空色をした瞳は、僕だけを映し出していた。
「あると思うんだ。無駄に命を奪うことのない、戦争のないそんな平和な世界が。この世界の神様はそんなに意地悪じゃないと僕は信じてる」
「どうして、そう思うの?」
「君に逢えたから、かな?」
時が止まったように固まる少女。そしてみるみる頬を夕空のように赤く染め、少女はまんざらでもなさそうに笑った。
「あはははっ、なにそれおかしい。そんなこと言うなんてあなたらしくないわね。でも、もしも本当にそんな世界があるなら、一度でいいから見てみたいかも」
「僕が見せてあげるよ」
「どうしたの? 今日のあなた、ほんとにらしくないわよ?」
少女の頬がさらに赤みを帯びる。
「なんでだろ、なんだか今日は気分がいいんだ」
ふうんと機嫌よく体を揺らす少女の髪が、赤く太陽の光を反射させている。
「じゃあ、約束ね。あなたが私のためにこの争いの絶えない世界を救ってくれるって」
「約束するよ」
「じゃあもしその約束を守ってくれたら私、その時はあなたに――――――…………」
振り向いた少女の顔がぼやけていく。視界も、だんだん狭くなって…………。
◇
————なんだろう。何かに頬を撫でられたような。…………まただ。このふわりとした感触、前にどこかで。
ゆっくり目を開くと、視界いっぱいの緑色の景色が広がっていた。
「ここは」
頬にまださっきの感触が残っている。
「キュウ!」
「なんだ、これ、動物?」
小さな体と大きな耳をした真っ白い生き物がそこにいた。見たことのない生き物だ。背中には小さな羽があるけど、とても飛べそうには見えない。
「君も迷子?」
「キュキューン!」
撫でてやるとなんだか嬉しそうに身を寄せてきた。この森の生き物なんだろうか。昔どこかで見たことがあるような気がするけど、どうにも思い出せない。
というか、ここがどこなのか、どうしてこんなところで寝ていたのかもわからない。うん、間違いない。
…………僕には記憶がないみたいだ。
見ず知らずの場所に一人と小さな獣が一匹。おまけに記憶もないんだから、普通は絶望してもおかしくない状況だと思う。
多分、長いこと眠っていたせいか、頭がまだ少しぼーっとしているおかげかもしれない。
「気持ちいいな」
「キュー」
ここは風が気持ちいい。少しだけ湿っぽいけど、とても優しい風だ。ただの風。それすら僕にはすごく懐かしく感じた。
「どれくらい眠ってたんだろう」
地面に触れた手に広がる土の感触も懐かしい。
そう思えるということは、きっとまだ僕の中に過去が残っているということかもしれない。
記憶は完全には消えてないということだ。
「これからどうしようか。こういうときはむやみに動かないほうがいいんだっけ」
その知識もどこから得たものなのか。もし間違った知識があったとしても気づけそうにない。たとえ自分であっても疑っていかなければいけない。
「まあどっちにしても、この森を出ないと状況はなにも変わらないか」
このまま一人で生きていけるほど、今の僕の身体の調子が良くないことはわかる。
森を出ればきっと人が見つかるから、そのあと体調を整えればいい。でもそのための体力も今はないし、しばらくはここに残って休息をとるしかない。
ただ長居できるほど今の僕の身体は…………。
「ってジレンマじゃん! これじゃなんにも進まないよ!」
「キュイキュイ!」
そんな風に頭を抱えていると、少し離れたところでさっきの小さな獣が僕を呼んでいるみたいだった。
何か見つけたんだろうか。とにかく行ってみよう。
「うっ、思ってたよりきついかも」
ほんのちょっとの距離なのに、それを歩くだけでもかなりしんどい。予想よりも随分と身体が弱っているみたいだ。
なんとか呼ばれたところまで歩いてみると、木の上に赤く光るものがいくつもあった。
「これって、果物?」
「キュキュイ!」
突然走り出した小さな獣は、短い手足で器用に木に登り、赤い果実にかぶりついた。
「キューン」
なんて美味しそうに食べるんだ。溢れ出る果汁を見てるだけでよだれがが止まらない。
我慢できずに早速木の下まで来てみたけど、全く手が届かない。というか、今気づいたけど、視線が少し低いような気もする。
「いてっ!」
なんて思っていると、木の上から大きな果実が一つ落ちてきた。
「キュイ!」
僕のために果実を取ってくれたらしい。この子はなかなかいい子みたいだ。
果実を持ってみるとずっしりと重たい。果汁がたっぷり含まれていそうだ。
早速かぶりついてみる。
「にがぁ……」
なんだこれ、全然美味しくない! というか皮が厚い。果肉の方は柔らかくて甘い果汁が含まれているみたいだけど、厚すぎる皮が苦すぎてよくわからなかった。
もう一度、皮をむいて、かなりむきにくい……。よし、今度は果肉の方を。
「いただきます…………。んん、甘い!」
さっきはよくわからなかったけど、やっぱり果汁が甘い。それで少しの酸味もある。中身はほとんど果汁で食べ物というより飲み物だった。
あまりの美味しさに、残りは一口でいただいてしまった。
気がつくと近くにまだその実が落ちていた。どうやらまた果実を取ってくれたらしい。
「ありがとう!」
「キュイー!」
あの子にも何か名前をつけてあげないと不便だな。でも名前なんてつけた事ないし、うーん、どんな名前がいいんだろう。
「ねえ、君に名前を付けたいんだけど、どんな名前がいいかな?」
「キュイ!」
すると、目を輝かせながらその白い獣は木から降りてきて、僕の前で身振り手振り何かを伝えているようだった。
「全然わからない……。えっと、キュイとか?」
「キュー……」
違ったらしい。
流石にこの子の考えを読み取るのは難しいか。
「白くてふわふわしていて、丸っこいもの……」
ふと考えながら見上げると、木の隙間から空高く流れる雲が見えた。
そうか雲か。雲、クラウ……。
「クラウ」
「キュイキューイ!」
そう呼んでみると、その獣は僕の前で嬉しそうに飛び跳ねて見せた。
喜んでくれてよかった。よし、この子の名前はクラウで決まりだ。
「キュイ!」
「そうだ、僕の名前も教えないとか」
クラウの名前は決まったけど、僕の名前もまだない。多分忘れているだけだと思うけど……。
でもそこも一応考えはある。夢の中の少女が僕を呼んだ名前。最後の夢が終わる瞬間に一度だけ、その子が呼んだ名前は確か————。
「僕はソラ。よろしく、クラウ」
「キュイー!」
僕はその小さなもふもふの獣と握手を交して、そしてまた赤い果実を一緒に分け合った。
クラウ、全てを失った僕の最初の友達だ。
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