第26話 誤解されようよ
「……あれ、旭って俺のこと好きになりたいってことはもう俺のことを好きってことなんじゃないか?」
その事に一心が気付いたのは夜鶴と抱き締め合った余韻に浸り、バイトに行くのを忘れて店長から電話で心配と怒られた後だった。
夜鶴は一心を好きになりたいと言った。一心に好きにさせられるの待っているとも言っていた。一心の耳も脳もはっきりと覚えている。
そうなれば、じっとしていられないのが一心という男である。
すぐに夜鶴に告白をしようとしてスマホで連絡を取る。
しかし、夜鶴は出ない。一心はそのままスマホの電源を落として布団に仰向きで倒れ込んだ。
今日は色々なことがあったから、夜鶴はもう寝てしまったのだろう。それに、改めて告白するならちゃんと顔を見ながら伝えたい。
「それにしても、旭……柔らかかったな」
夜鶴を抱き締めた感触は今も覚えている。
そんなに身長は一心と変わらないはずなのに両腕の中にいる夜鶴は小さく思えたし、ふわっとしていて抱き締めていて気持ちが良かった。力を入れると痛めてしまうのではないかと怖くもあった。
「しかし、あれでも旭の鼓動を早められないとは……俺はかなりドキドキもしたし、びくびくもしてたってのに。先は長そうだ」
次に夜鶴を抱き締めることが出来るのは恋人になってからだろう。そうでもないのに頻繁に夜鶴を抱き締めるような状況はないだろうしあってほしくもない。嬉しいけれど、そういうことはちゃんと恋人になってからがいい。
そんなことを考えながら一心は眠った。
「あ、旭」
「……日野? どうしたの?」
翌朝、一心は早く家を出て通学路の途中で夜鶴を待っていた。
昨日、痛めている足で走ったせいで悪化してしまったのか、庇うように歩く夜鶴の姿を見つけた一心は手を振りながら走って迎えに行く。夜鶴は一心が待っていたことを不思議に思ったのか小首を傾げた。長い黒髪がふわりと揺れる。
「旭に会いたくて待ってたんだ。おはよう」
「包み隠さないでくるね……おはよう」
「足は大丈夫? 昨日はちゃんと親御さんに迎えにきてもらった? あ、カバン持つよ」
「ちょっと待って。ゆっくり順番にして」
「あ、ごめん。旭の姿を見かけたらつい」
本当は朝から夜鶴に告白をするために待っていた。
けど、足を庇って歩く夜鶴の姿を目にしてしまえば心配の方が強くなり、一心はいてもたってもいられない。
しかし、あれもこれもいっぺんに聞かれても夜鶴も答えられないに決まっている。一心は反省した。
「まったく日野は……足は痛いけど大丈夫。お母さんからは叱られたけどちゃんと迎えにきてもらったよ」
「そっか……足、酷くさせてごめん」
「日野が謝ることじゃないから。私が勝手に走ったせいだし」
そうだったとしても、一心は気になってしまう。一心が木陰に嘘の告白をされ、それを目撃してしまったからこそ夜鶴は無茶ぶりをしてしまったのだ。
そこに、誰が悪いとか悪くないとかは関係ない。
「……旭。何かしてほしいことない?」
「ないよ。カバンだって自分で持てる」
「そう……」
「……あー、もう。そんな残念そうにしないでよ」
夜鶴は堪えきれなくなったように言うと手を出してきた。カバンではなく、手を出してくる夜鶴に落ち込んでいた一心は目を丸くする。
「……えっと?」
「……手、繋ご」
「お手じゃなくて?」
こくりと頷いた夜鶴に一心はますます困惑した。
いったい、手を繋ぐ行為がどのように夜鶴を学校まで楽に行かせられるというのか。一心には夜鶴の考えが及ばない。夜鶴と手を繋げるのなら嬉しいことに違いはないのだが。
「ほら、バランスが崩れて転んじゃうかもしれないでしょ……だから、バランス取るための杖になってほしいわけ」
「なるほど。杖になるよ」
そういうことなら、と言われた通り夜鶴の手に一心は自らの手を伸ばす。夜鶴が包み込むように一心の手を掴み、一心も同じようにする。夜鶴の手は一心よりも小さくて柔らかくて、一心は意識せざるをえない。
足踏みを揃えて歩き始める。一心も夜鶴もぎこちなく。
「……旭の手、冷たいね。どれくらい待ったの?」
「ほんのちょっとだよ。今日はいつもより冷えるから冷たくなってるだけで、体温は高い方だから」
嘘である。体温が高いのは本当だが夜鶴のことを一心は三十分ほどは待っている。夜鶴とは何度か登校中に会うことがあったが正確な時間は知らなかった。
それに、早く夜鶴に告白したくてじっとしていられなかったのだ。
「ふーん。まあ、日野は体温高そうだよね。なんか、暑苦しいし」
「暑苦しいの、俺!?」
「あ、ごめん。間違えた。熱い人だ」
「ほんとに間違えたんだよね!? 悪意はないよね!?」
「さあ、どうかなあ~?」
「あさひぃ~」
熱い人はいいけれど、暑苦しい人は嫌で泣きそうになりながら一心が夜鶴を見れば夜鶴は楽しそうに笑う。
夜鶴の笑顔を見ていれば、不思議となんでも受け入れてしまうのだから一心は自分で心底弱いよな、と思った。
「……日野が熱い人っていうのはほんと。だって、あれだけ私に親身になってくれるんだもん。今だって、そう。一生懸命、杖をまっとうしようとしてくれてる」
「そりゃ、旭に怪我の一つでも負わせられないからな」
「……あんがと」
学校に近付くにつれて、学校を目指す生徒も多くなり、一心は一つ気になることがあった。
「……それにしても、こんなに堂々と手を繋いでいたら誤解されるかも。あの二人、付き合ってるんじゃないかって」
男女で手を繋いで登校する。
それは、高校生ともなれば二人がどういう関係なのかは誰でも察することが出来るだろう。
二人は友達ではなく、恋人同士だと。
それが、当事者からは違っていても周りは自分の考えが正しいと思い込み、鵜呑みにする。一心が夜鶴の杖になっているとは誰も考えもしないはずだ。
「日野は嫌なの?」
「まさか。誤解するなら存分にしてほしい」
別に、夜鶴と付き合ってないのに手を繋いでいる、という背徳感を味わって楽しみたい訳ではない。
ただ、夜鶴には一心という恋人がいる。だから、告白をしたところで夜鶴とは付き合えない。
そういう風に勘違いをしてくれれば、夜鶴に近付こうとする男子が少しでも減るのではないかと一心は思っているのだ。
――旭が俺以外の誰かとこうして手を繋ぐところなんて見たくもないし。
でも、夜鶴がどう思っているかは分からない。まだ付き合っていないのに彼氏と仲良く登校している、と勘違いされたくないかもしれない。
「それじゃあ、存分に誤解されようよ」
その途端、夜鶴に指と指を絡められ、一心は手から腕、腕から体へと力が入るのを感じた。
「あ、あああ旭?」
「なに?」
「なにって……これ、なに?」
手を繋ぐと恋人繋ぎに大した差はない。どちらも手を繋ぐ行為なのだから。
けれども、一心の中では大きく違う。どう違うか説明が難しくて上手に言えないが、夜鶴に恋人繋ぎをされてさっきまでの何倍も緊張するようになったし、鼓動が速くもなった。心なしか、手汗がダラダラと出てきた気がする。
「こうした方がより信憑性高まるでしょ?」
夜鶴はニヤリと得意気に言った。
「そうだと思うけど、これは、なんか、その……凄く恋人っぽい」
「誤解させるんだからいいじゃん、これで。ほら、堂々としてないと疑われちゃうよ」
「無理だよぉぉ……ぎこちなくなるよぉぉ」
「しゃきっとしてよ。情けないなあ」
「だって、好きな子とこんなことしてるんだよ? 平常でいられるはずないじゃん」
「そんなので彼氏になった時に平気?」
夜鶴の言う通りだった。ただ恋人繋ぎをしているだけでこんなにも緊張して不自然になってしまえば、付き合い始めてから身が持つかどうか不安になる。
付き合えばもっと色々なことを夜鶴とするのだ。その度に変な動きをして夜鶴をリード出来ないのは彼氏として嫌だ。
未来のためにも今は練習だ、と言い聞かせ一心はいかにも夜鶴の彼氏だと主張するように胸を張る。
「そうそう。それでいいよ」
「大丈夫かな? ちゃんと彼氏に見られてるかな?」
「見られてるよ。ていうか、見られてないと困るし」
「なんで?」
「だって、日野には彼女がいるって思ってもらわないとまた誰かに告白されるかもしれないでしょ」
あっさりと言ってのけた夜鶴の言葉を一心は噛み砕く。
夜鶴はまた一心が誰かに告白されるかもしれないということを嫌がっていて。つまり、それは一心が他の女の子のことを好きになってほしくない、と言っているようなもので。
――例え、昨日みたいに誰かに告白されたって同じように俺の心は変わらないのに……可愛いなあ。
夜鶴が狙ってやったのかは夜鶴の変わらない表情からは分からない。それでも、独占欲みたいに思ってくれていることに一心は口元が緩んで仕方がなかった。
――こんなの確実に俺のこと好きじゃん。
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