第9話 陰陽制約③

 リノが事務所に戻った後もルオジェンは一人鐘楼に留まり、何度も地上を見ては何かを待っていた。

 しばらくすると月旦廟の外にいくつかの車両と、クレーン車やトラック数台がやってきた。車両から人員が降りると、あっというまに月旦廟の敷地内をところせましと龙卷风ロンジュエンフォン(竜巻)の隊員、100名ほどが埋め尽くす。

 間もなくして一人の隊員が鐘楼に上って来た。ルオジェンの前で敬礼すると、現在までの作業の進捗を報告した。

「ルオジェンチーフ、虚物はほぼ完全に破壊されているのを確認。これより虚物の後処理に入ります。無傷の虚物はどうしますか?」

「ああ、そうしたらまた埋め直してあげて。誰かの思い出が詰まっているだろうから。あ、でも、何かしらないとあの頭にすぐ血が上る、ハリウとかいう彼がここに来てしまうかもしれないな……。うちの倉庫からここと似たようなものをリノの事務所に送ってあげて」

「了解しました」

「それより例の行方不明者は見つかった?」

「それが……まだ見つかってません。全隊員で敷地を隅から隅まで探したのですが……。ただ、虚物は埋葬品だけじゃないことがわかりました。あれだけの虚物があるのはおかしいとしか言いようがないですね。種類が混ざっているとはいえ、可燃不燃の分別はされてましたから」

「分別されてた?ということは誰かが意図的に虚物をここに集めてたって事だよね?」

「恐らく……」

「わかった。後でに伝えておこう」

 隊員は再びルオジェンに敬礼すると、地上へと戻って行った。

 ルオジェンは目を細め、鐘楼から虚物回収にせっせと動く隊員達の姿を眺めていた。

 破壊された虚物はどんなに小さな破片なども丁寧に集められ、敷地内がみるみる片づいていく。それと同時に、爆発でえぐれた地面や吹き飛んだ植木などを元通りにし、ここでように元の景色に戻していく隊員。

 龙卷风は常に陰に潜み、目立つことを良しとしない。

「人が虚物にここに引きずり込まれたというから来たというのに。どうしていないんだろう?陰の気に当たって死んだのだとしても遺体も見つからない」

 ルオジェンは手袋をはめたままの手を顎に当て、険しい顔をしながら隊員たちの動きを追う。だが、実際は違うことを考えていた。

「虚物は廃棄されているにも関わらず分類されている……。それは誰が分類した?人。人がここへ集めたということ。つまり、まだどこかにいる」

 何かがおかしい。陰の気に関しては自分が良く理解している。今までの虚物現場ではこんな変な感じはしなかった。

 湿気を帯びた、どこか重苦しくも淀みのない静の空気。と、同時にどこか酔いが回るような心地良さ。

「気が乱れている……?」

 ルオジェンは鐘楼のコンクリート床ギリギリまで歩くと、すぐ真下を見下ろした。

「誰かが虚物を集めていたのだとしたら、むしろそうあって欲しい。でも、もし人が集めてなかったのだとしたら……まさか」

 ルオジェンは何か思い立つと、鐘楼の壁にある錆びた梯子に手を掛け急いで地上へ降りて行った。

 そして出会う隊員に次々と声を掛けていく。

「誰か、何か、箱のような虚物を見かけなかった?」

「箱……いえ、見かけてません」

「食洗器なら見かけましたが、破壊されて箱と言うよりは…」

 箱。箱。何か入れることのできる箱。

 ルオジェンは処理に動く隊員たちの間を縫って、箱を探し歩く。

 大きくても小さくてもいい。何か、入れることのできる箱。

 と、目の前の二人の隊員に目が留まった。

「いくぞ、せーの!」

 ギルンが目をつけていた化粧箪笥だった。それを今、まさに隊員二人掛かりで運び出そうというところだった。

「君たち、ちょっと待って!」

「あ、チーフ!」

 ルオジェンに声を掛けられ、二人の隊員は持ち上げた化粧箪笥を地面に下ろした。

 化粧箪笥は古風な木製で、四つ角には金属の美しい細工ついている。引き出しは全部で五段あり、そのうち一番上の段には三つに分かれた引き出し。それぞれの引き出しの取っ手にはいい感じで使い古された、これまた綿密な細工が施されたものがついていた。

 ルオジェンはぐるりと、化粧箪笥を見て回った。先の処理で多少の汚れは付いているものの、傷はほぼ皆無だ。

「君たち、どこか向いててくれる?見たいならいいけど、あまりいい物じゃないと思うよ」

 ルオジェンは二人の隊員にそう声を掛けると、二人の隊員は言われた通りくるりとルオジェンに背を向けた。

 ルオジェンはどこから開けようか、というように引き出しを順に、人差し指を指していく。

 一番上の左、真ん中、右。

 次に二段目……。

 ルオジェンは引き出しの三段目の取っ手に両手をかけると、ギギ……と引き出しを開けた。

 引き出しを全開に引き出すと、中に入っていたのは妙にリアルな人の顔がついたインスタントカメラだった。そのカメラには、さらに手と足の形をしたものもくっついていた。まさに人面カメラだ。

 醜いというよりも、不気味さが強い。

(やっぱり……。乱れた陰の気に晒されると人が虚物になってしまうとは)

 ルオジェンがあっけに取られていると、カメラにくっついた口が動きだした。

「た、助かった!さっきまで外ですごい音やら振動があって、気を失ってたみたいだ。ここから出たくても出れなくて困ってたんだよ。ほんとうに助かったよ!」

「あなたが、虚物にさらわれたという瓶屋のミョウさんですね?誰にここへ連れてこられたんです?」

 手足を動かし、引き出しから這い出て来ようとするカメラの男に、冷静に話しかけるルオジェン。

「わからない。でも、そいつは、虚物だった!手鏡の形をした人だったよ!!それより早く俺をここから出してくれ!なんだか力が入らなくて、ここから出られない。それに、なんだかあなたはずいぶん大きく見えるな」

「……残念ですが、虚物の姿になってしまったあなたを救う方法は……」

 ルオジェンの言葉に、虚物男は目を丸くした。

「なんだって?俺が虚物の姿になってるだって?!」

 ルオジェンは、黙ってうなずく。

 それまで勢いよくばたつかせていた手足の動きが、ぱたりと止まり、うなだれた。

「もしかして……俺はカメラになってないか?実は、なんとなく、自分にレンズがついているような気がするんだ」

「……はい。インスタントカメラになっています。何か心当たりでも?」

「俺は……カメラが嫌いだった。家族は何でもカメラで写真を撮りたがったが、俺はとにかく嫌いだった。二日前の事だ。あまりにしつこく家族写真を撮ろうっていうから、ついカッとなってカメラを投げて壊しちまった。嫁が子供の頃から母親が大事にしてたカメラをな……」

「物を……思い出が詰まった品を壊してしまった罪悪感でいっぱいなんですね」

「俺は、カメラになって家族を見守るとするよ。家族が撮りたかった写真をいっぱい撮ってやろう」

「そこにあなたが映ることがないのは、なんとも皮肉ですね……」

 後ろを向いていた隊員の一人が、寂し気にポツリと呟いた。

 ルオジェンはカメラ男を引き出しから救出すると、自分のハンカチに包み誰の目にも触れないようにした上で、二人の隊員に手渡した。

「瓶屋のミョウさんのところに送ってあげて」


 ルオジェンは再び鐘楼へ上り、隊員の処理活動を見守った。ほぼ片づけは終わり、最後の仕上げに入っていた。

 生暖かい風がルオジェンの顔を撫でていく。

姐姐ジエジエ(姉さん)もジーレイキャプテンを騙すつもりが、まさかすべて仕組まれてたとは思わないでしょう。これも悪徳廃棄業者の情報を追うため。恐らくここは廃棄業者の廃棄所。皆の思い出が詰まった品をこんな風に扱うなんて……」

 地上に視線を向けていると、先ほど鐘楼へ上ってきた隊員がルオジェンに向けて処理完了の合図を送って来た。

 ルオジェンが鐘楼を降りて地上へ到着すると、隊員が駆け寄って来た。

「処理はすべて完了しました。それと、手鏡を見つけましたが、鏡が割れていました」

「また手掛かりが途絶えてしまったか。キャプテンに報告したくないな……」

「ジーレイキャプテンはいつ戻りますか?」

「あの二人は太極の力を持つというのに、姐姐ジエジエ(姉さん)はキャプテンを手放してくれないいみたいだ。困ったね。キャプテンも音が出る玩具が苦手なくせに、よく小物の墓守りに入ると言い出したものだよ。リノ達に気付かれてなければいいけど……。キャプテンが音を上げて戻ってくるのを待つしかないか」

 ルオジェンは一人、口元を緩めた。

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地陰天陽是制約(ちいんてんようこれせいやく) 花鳥風月 @kachofugetsu-2022

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